第341話 笑っても泣いても大楽!
城の門を開ければ先頭に護衛、その後ろにロートリンゲン公爵ご夫妻、宰相閣下、国賓の方々、二人の皇子殿下と第一皇子殿下の婚約者・ゾフィー嬢、そして皇帝陛下と妃殿下が入場される。
この時、私はずっとお辞儀しっ放し。
お言葉もなく頭を上げるとか不敬だもん。
私だけでなくユウリさんやエリックさん、ロマノフ先生やラーラさん、ヴィクトルさんもそう。
因みにこの日のレクス・ソムニウムの衣裳の色は淡い緑。武闘会の時は黒だったから、巷では私はレクス・ソムニウムの衣裳を山ほど持ってる事になってるそうだ。そんな訳ないし。
この千穐楽が終わったら、数日後に国賓を招いての最後の晩餐会があるそうだけど、そっちは夜遅くまで開かれるから子どもには厳しいだろって事で免除。
後こなさなきゃいけないスケジュールは、皇子殿下お二人が主催の合同お茶会だけだ。
頑張れ私!
皆様方が入城したのを確認して私は顔を上げると、次は観客席に不具合がないかを確認。
菊乃井の職人さん達は期待通り、凄く座りやすい席を整えてくれたようで、和やかで満足げな雰囲気が伝わってきた。
掴みはイイ感じ。
それに安心していると、ふと視線を感じた。
何だろう? 何か不足があったろうか?
見回すと、宰相閣下のお隣に案内された北アマルナの国王陛下と妃殿下のお顔が私の方に向いているような……。気のせいかな?
北アマルナって多分だけど、夏のコーサラで出会ったネフェル嬢のお国だ。
彼女、今、どうしてるだろう?
奏くんやレグルスくんと、忙しい中で遊びながら調べてたんだけど、祖母の書斎から彼女のような羊っぽい角は北アマルナのノーブルとかロイヤルな人に多いらしい。
逆に、南アマルナはラシードさんみたいな山羊角がノーブルとかロイヤルな人に多いそうだ。
そうこうしている間に、開演のブザーが鳴る。
客席の事はロマノフ先生とラーラさん、エリックさんに任せて、私とユウリさんは舞台袖へ。
客席の灯りが緩やかに絞られ、一瞬だけ暗くなった。
すると舞台にかけられた緞帳に、フワフワと色とりどりの花が降りしきる。
これはユウリさんの魔術。
ユウリさんも本格的に幻灯奇術(ファンタズマゴリア)が使えるようになったらしく、彼の中にある美しい風景が緞帳に映し出された。
ゆっくりと花びらの雨の中で舞台の幕が上がり、徐々に一人の女性の姿が浮かび上がる。
音楽コンクール優勝者、帝国の一の歌姫マリア・クロウ、その人だ。
形のいい、潤いのある唇から飛び出すのは研ぎ澄まされた高い一音。
緩やかに、されど華やかな旋律に乗った麗しい歌姫の奏でる音に、皆聞きほれてる。
「ハードル、爆上がりだな」
ユウリさんが不敵に笑う。
その顔は自信に溢れているから、多分歌劇団のお嬢さんたちも負けてないってことかな?
視線でユウリさんに問いかければ、今度は苦く笑われた。
「あのお嬢さんより手強い相手がいるからな」
「へ? そんな歌の上手な人いました?」
「何言ってんの? オーナーの歌で神様が降りて来てるの、うちのお嬢さんたちは皆見てるのに。そんな凄い歌い手がいて、へこんでられる子はうちにはいないな」
「えぇ……」
いや、うん、私はお嬢さんたちの歌のが好きだけどな。華やかで可愛くて素敵じゃん。
まだ褒められるのは慣れない。照れ臭いっていうか、なんか戸惑ってしまう。それを察してくれたのか、ユウリさんはそれ以上何も言わない。
美しい旋律が途切れる。マリアさんの歌が終わった。
耳に痛い程大きな大きな拍手がマリアさんに贈られ、それを彼女は満面の笑みで受け取る。それからすきっと伸びた背筋で客席に一礼すると、舞台から堂々とはけた。
「お疲れさまでした!」
「ありがとうございます。私も歌劇団の皆さんを見守ってよろしいかしら?」
「どうぞ!」
私が頷くと既にそう言う手はずになっていたのか、エリックさんがマリアさんをエスコートして客席の方へ。
一度明るくなった舞台が、再び暗くなる。今度は花ではなくて、色鮮やかな星が瞬いては流れていく。
星の煌めきがゆっくりと消えて、そしてパッと舞台に光が戻ると同時にオーケストラが音楽を奏で始めた。
曲は皇妃殿下のお名前と同じミュージカルから「エーヤン」というのを選んだ。歌詞は元のままだと不穏な感じなんで「帝国万歳!」って感じにアレンジ。
白いドレスの清楚な娘役さん達が、軍服に似た衣裳の男役さん達と、華やかに帝国の栄華を誇りながら優雅に舞い踊る。その姿は可憐な妖精のようだし、男役さんは帝国の強さを表すように清廉で精悍だ。
そしてその華麗な舞踊が終われば、今度は娘役さん達だけの歌、そしてダンスと続く。
ここは美空さんが歌をリードして、ステラさんがダンスをリードするんだけど、少しだけお芝居のような会話が挟まれる。
何か悲しい事があって泣いている少女を、彼女の友人の少女たちが歌と踊りで慰めるって感じなんだけど、とあるミュージカルで孤児の女の子が「明日がある、明日が大好き」と、両親が迎えに来る明日を願い歌う曲だ。
友達の幸せを願う乙女たちの優しい歌声と、手を取り合って輪になって踊る愛らしさに、観客の顔にも笑顔が浮かぶ。
反応は上々。
歌だってマリアさんのそれに勝るとも劣らない。
優しい友人たちの慰めに、泣いていた少女も前を向いて歩き出す。そう言う感じで美空さんとステラさんの率いる娘役さん達が舞台袖へと返って来る。
それと交代にシエルさんと男役さん数名が、楽し気に肩を組みながら舞台へ。
ここも芝居仕立てで、いつまで立っても浮名の一つも流さない純情な少年とその悪友がとあるパーティーに行って、そこで少年は運命の出会いを果たす。
とても美しい彼女、でも彼女は少年の家門とは不倶戴天の敵同士の家の娘だった……。
この彼女を演じるのはシュネーさん。
劇的な出会い、彼女に惹かれる少年は、乙女の部屋の真下に忍び込む。するとそこで惹かれ合った運命の彼女が歌うのだ。「貴方はどうしてロミオなの?」と。
堪らず少年は彼女のいるバルコニーへ忍び込むと、名前を棄てて彼女と恋人になりたい、薔薇は名前を変えたってその香りの高さは変わらないのだからと歌う。
二人は周囲の反対を物ともせず二人だけの結婚式を挙げ、永遠を誓い合った。愛の成就はけれど二人に幸せを齎さず、敵対する運命が二人を引き裂き、そして色々なすれ違いの末に若い二人は命を棄てることで結ばれ、残された親たちに憎み合う事の愚かしさを示す。
二人は歌う。仮令命尽きようとも、二人の愛は永遠なのだと……。
本当ならもうこの話だけで一つの舞台を作りあげられるんだけど、コンパクトに纏めたお芝居でも客席からすすり泣く声が聞こえる。
ユウリさんと視線を合わせると、二人で「やった!」とガッツポーズだ。
それでだ。
そんなしんみりした空気を吹き飛ばすように、凛花さんとリュンヌさんが快活な、でも少しセクシーなショートパンツ姿で「歌え!」或いは「歌おう!」と叫ぶようなタイトルのジャズの名曲に合わせて、女役さん男役さん入り乱れての、一糸乱れぬラインダンスを披露する。
ジャズなんてまだ帝国にはない旋律で、凛花さん達の寸分の狂いもない振り付けと相まって、劇場の中に新しいものに対するドキドキとワクワクが拡がっていくのを感じた。
中にはリズムに合わせて身体を動かしたりしてくれたり、全員で揃えて交互に足を上げる振りの時には客席から大きな拍手が起こったくらい。
きっとこの乱れの無い見事なラインダンスは、菊乃井歌劇団の名物になること間違いない。
そして。
「オーナー、準備して」
「了解です」
ユウリさんの声がかかると同時に、オーケストラピットの中に作られた影ソロ用の席に身を滑り込ませれば、第一バイオリンのイツァークさんと目が合った。指揮のヴィクトルさんとも。
どっと歓声と割れんばかりの拍手が起こっては、静まる。きっとラインダンスが終わったんだろう。
次はシエルさんと男役さん全員の群舞だ。
ゲネプロでは、エルガーの威風堂々の導入に合わせてシエルさんが踊りながら舞台の中央へ。
元々威風堂々には歌詞があって、私が歌うのは日本語の歌詞の方だ。
その歌に合わせて、辛い旅に出た少年・シエルさんを励ますように男役さん達が集まり、時に戦い、時に笑い合い……苦労の末、仲間たちと安息の地を見つける。ダンスの振り付けはそんなイメージになっていた。
歌詞の方も、迷ってもくじけないで、夢を信じて歩いて行こう……そんな感じ。
緩やかに、語り掛けるように。
そう言えば観客席には第一皇子殿下がいるんだ。
揺るがないで、自分を信じればきっと見えてくる物もある。それに気が付いてくれればいいな、なんて思いつつ私は歌う。
音の終わりが群舞の終わり。
一音も外さなかったし、各席が揺れなかったから、ダンスの方も美しく終わったのだろう。拍手が響いて、また一瞬舞台が暗くなった。
ラスト、リュンヌさんとシエルさんの二人だけのダンスが始まる。
私は大きく息を吸う。
前世、「愛は深い川のよう、全てを押し流す」という歌詞の、花の名前を冠した歌があった。原曲は英語なんだけど日本語の歌詞もついていて、「俺」はどちらかといえばその日本語の歌の方が好きだった。
人は惑(まど)い、恐れ、傷つく臆病(おくびょう)な生き物で、だからこそ誰かに寄り添われ、優しくされたことが希望になって、やがて愛を花開かせる。
歌詞の内容に沿うように、傷つき蹲(うずくま)るリュンヌさんに、シエルさんが手を差し伸べ、優しく立ち上がらせて。
それから励ますように抱き寄せて、二人手を取って穏やかに優雅に踊る。
終わりに向かって歌詞は希望をはらむんだけど、シエルさんがリュンヌさんをリフトしてくるくると回るのが見事に決まったのか、大きな拍手が舞台に向かって降り注ぐ。
希望を胸に寄り添う二人を見る観客は、その胸に愛の花が開いたのだろうか。
バタバタと椅子が動く音がしたと思ったら、観客が総立ちになっていて。
「皇帝陛下も、スタンディングオベーションとかするんだ……」
いつの間にか影ソロブースにやって来ていたユウリさんの声が、驚きと喜びに満ちていた。
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