第7話 笑止! そして事件は解決へ……

「先生、それじゃ犯人を立件できない。予備のテーブルナプキンから、毒物は検出できなかった。証拠がないんじゃ無理だ」


「今の時代。殺人を計画しようと思い立てば、インターネットで情報を閲覧できます」


 丙馬刑事はこめかみに指を当て、今の話を精査する。 


「なるほど、容疑者のネットの検索履歴を調べればいいのか? それなら、通信業者に捜査協力を依頼して、情報を提供してもらえばいい。本庁のサイバー犯罪対策課にも協力を要請して、ネットパトロールから容疑者の閲覧情報につながるモノを調べてもらう」


 悪くない見立てだ。

 それの線で調べてみるのも、悪くない。


 話が区切りの良いところで、丙馬には別の疑問がフツフツと湧いてきた。

 

「解った。その話を捜査本部へ、進言してみる。ところで乙先生? さっき犯人は、おケツ……」


 彼女は拳で口を塞ぎ咳払いをして、言い直す。


「犯人は墓穴を掘ったと言ったが、どこが落ち度だったんだ?」


「それは”イタズラ電話”です」


「イタ電? それが犯人の落ち度?」


「青酸カリを小瓶から移して、テーブルナプキンに乗せて客間へ持ち込むところまでは、予想できました。ですが三人の目がある中で、どうやって混入させたのかは解りませんでした」


 桃色のスーツを着込んだ、ジェンダーが読み取りづらい男は、一拍置いてから付け足す。


「マネージャー宛の電話が犯人による誘導なら、青酸カリをナプキンに乗せ持ち込んだ後、夫婦の目を盗む方法までつながったのです」


「つまり、乙先生は現場の状況を聞いた時、テーブルナプキンを使った混入方法に、気付いていたのか?」


「えぇ。ですが決め手がなかったので、思い付く限りの方法を列挙いたしましたの」


 かなり前から気付いたというのか? とんだ猫かぶりだ。

 臨床心理士サイコロジスト、あなどれん。


「乙先生。本当は気付いて事件を楽しむ為に、わざとトンチンカンな推理を言ってたんじゃないか?」


 探偵役を終えた臨床心理士、乙丑いっちゅう氏は、眼鏡越しに片目を閉じてウィンクしながら、人差し指を自分の唇に当て、静かに返す。


「それは、秘密です」


 ……………………やはりキモチ悪い。


§§§§§


 その三日後。   


 捜査一課は念密な検証の元、青酸カリの混入された経緯を特定。

 仲居の酒井を任意で聴取。

 揃えた鑑定結果を突き付けて自白へ追い込み、緊急逮捕へとつながった。


 芋づる式で、マネージャー宛に旅館へイタズラ電話をした、協力者も連行される。

 金で請け負った地元の不良高校生だが、本人は「ドッキリの為にするサプライズ」というふうに吹き込まれたそうだ。

 それがまさか、殺害計画に組み込まれていたとは、思いもよらなかったであろう。

 

 仲居が殺人に至った動機は、主人である神蛇かんじゃとの不倫。

 神蛇から誘い、そのままズルズルと男女の関係に。


 だが、女将である妻の春姫が、情事に気づかれることを恐れた主人は、仲居との関係を一方的に切り、彼女を捨てた。


 その後、主人は夫婦仲を取り戻す場として、今回の花見を設けたのだ。

 従業員を労うという名目は、あくまでも、夫婦関係を修復しやすい場を作る口実。


 当然、それは捨てられた仲居にとって、鼻持ちならない。

 この夫婦仲を取り持つ、花見を忘れられない、悲劇に変えてやろうと考えたそうだ。

 女の怨念のようなものは恐ろしい。


 それが実を結び、殺害計画は成功。

 まさか、夫婦の仲を取り持つはずだった花見が、殺人事件の場になるとは、誰しも夢にも思わなかったことだろう。

 女将である妻には、忘れられない傷として深く残った。


 取り調べを受ける仲居は、計画の成功で気持ちが高ぶっていたのか、庁舎に響くほど笑ったそうだ。


 しかし、その笑いは引きつり、計画を終えて疲れ切った彼女の目に、生気はない。

 見開かれた瞳は濁り、どことも知れぬ明日を眺めた彼女の心に、今、何が思い描かれているのだろうか。


 ちなみに青酸カリの入手ルートは、仲居が殺害を思い立った時、ネットで毒物の種類を調べていた際、闇サイトで販売していた物を購入したそうだ。


 ネットの普及で見えずらい犯罪が増えているとはいえ、通販で毒物が買えるとは、世の中どうなっているんだか…………。


 翌週、カウンセリングを受ける日になり丙馬刑事は、一応事件解決に貢献したカウンセラー乙丑いっちゅうへ、事の顛末を話した。


「ありふれた事件……なんて言うと、不謹慎だな」


 取り調べを受けた犯人の様子を話終えると、カウンセラーは主張の強い桃色のスーツと裏腹に、黙りこくってしまう。


 握った拳が岩のように硬直し、わなわなと震えだす。 


 あーぁ、来るぞ来るぞ……。


 カウンセラー乙丑は吐き捨てるように言う。


「笑止! 笑える罪など、この世にありません」


 毎回、この締めくくりでズッコケそうになる。


「乙先生の気持ちも解る。殺人事件に、気持ちのいい終わり方なんてない……しかし、神蛇かんじゃに酒井が毒を盛るとは、まるで日本神話に出てくる蛇に酒を持って、根首をかく話のようだな? これも、本人の素行が招いた結果なのか……」


「そうですね…………さぁ! お事件も解決しましたし、それでは気持ちを切り替えて。丙馬さん? 今日のカウンセリングを始めましょう」


 女刑事は溜息をついた。

 それは、一仕事終えたことによる安堵からか、わずらわしい診療に、まだまだ付き合わされる面倒くささへの落胆かは、解らない――――――――…………。

 






 サイコロジスト・乙丑いっちゅうさん ~ありふれた殺人事件~


                 ~終~


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サイコロジスト・乙丑《いっちゅう》さん ~ありふれた殺人事件~ 「ちょっと、アタクシのことオネェとか言うのやめて下さいます?」 にのい・しち @ninoi7

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