序 ある軍人の凋落
〇一 泥棒ども
三人組の木登りには、いつも決まった順がある。
もっとも慣れた一番手が、自分にとっての近道ではなく、残るふたりに合う手順でするすると木を登っていく。刀を
二番手はどうか、
例外もある。三番手は股を開いて座ることになるのを嫌うのだ。今回はそれにあたったので、二番手はどちらかといえば安定する方、立派な枝に跨がることになった。そこに落ち着いて陣取る直前、やはり上から示された場所――陣取るべき残るひとつに、麻の布を敷いてやりつつ。股を開くことを嫌うならば、服が汚れることはさらに
三番手は、先のふたりに示された手順に
三番手はどうにか上まで辿り着き、敷かれた麻布の上に腰を落ち着ける。すっかり腹が立っている。やはり、自生する樹に登り、何ひとつ服が汚れずに済むという話にはならないからだ。結局は
ともかくも、
それが、十分足らず前のこと――
「ありゃあ、
木登りの一番手の少女、
「どうせこのままなら風は
もっとも遅れて木に登った少女、
「まぁったく、さぁ、
髪を整えるのをやめないまま嘆く
「泥棒が泥棒に文句を言うのは、お門違い」
いくら正しい理屈だろうが、捺に言われると芽は腹が立つ。思わず指に力が入り、髪を直すどころか乱れた。合間、取り成すこともせず、
「違いないねぇ。けちな大泥棒に文句つけられちゃ、野盗さんも、官憲さんだって、たまったもんじゃないよ。で、捺が見るに、これは助けに行かなくちゃならないんだろ。とはいえだよ、荷を守るだけってのも泥棒の
捺は冷静に、野盗側の戦いぶりについても見定めている。評価としては否だ。
「だとしたら私兵。私に心当たりはないし、流派もばらばら、我流も多すぎる」
話の流れを
「あぁっと、いけないなぁこれは。見覚えあるんだよなぁ。
思わず、紬の顔が渋くなる。
ただ、それと同時、好ましい閃きも湧くのだ。ふと、くまなく包帯が巻かれた腕が曲がり、やはり包帯を巻かれた手のひらが
「
紬の視界には入っていないが、捺は薄く笑んだ。
「なるほど。こりゃあ決まりだ。やっぱりね、単なる人助けってえならともかくだよ、泥棒が荷を守るなんてのは格好がつかないよ。私兵連中をさっさとのしちまって、
取るべき行動は定まった。以降の段取りのおおよそなど、とうに三人ともに知れてはいる。わかりきっている。が、確認することがないではない。紬は頭上、捺を見上げた。
「で、結局は捺が出張るんだけどもね、
本来、
捺は姿勢を整えつつ、木から飛び降りる順を考える。すとんと落ちられる高さではない。ただ、どこぞの枝葉なりで勢いを殺しつつであれば、それに近いことはできる。紬への注文の内容はすでに決まっていた。
「腰から下は、むしろ護衛に振り分け。終わるまで。下手な味方がいる方がやりにくい。動かれたりしないよう。残り、必要なら芽を経由する」
それを聞けば、もはや確認することは何もない。
そして、耳にすべきことは何らない。
三人組の泥棒には、木登りの他にも、順番が決まっているものがある。
言う順番だ。
木登りとは全くの逆になる。
もはやすることはないと、
「
言ったにせよ、それは芽を除いて、この世の誰にも聞こえてはいない。聞こえず、書かれたとて認識できない、ただひとりにのみ、背負う者にのみ、許されることば。
しかし、音として聞こえぬからと、紬は芽の
次いで、田舎娘でも多少の行儀はあると、紬は芋の包み紙であった瓦版をそこから放らず、帯の隙間にとりあえず押し込んでから、自分の番が来たと芽から伝わり、言う。自分のみにしか、紬の他、
「
すぐさま、護衛たちの動きが満足ではなくなる。捺の注文通り、護衛のそれぞれ、腰から下のどこかだ。上半身でばたばたもがこうとも、およそまともに動きが取れない。脚全体でなくていい。部分部分、抑えるべきところを抑え、縛ってやれば、人体というのはそれで歩くこともままならなくなるもの。同じところには重ねられずとも、動く
最後、ついに音としては、仲間の声を何も聞かぬまま、聞こえることのないまま、捺は自分の番が来たと伝えられ、
「
跳ぶ、目星をつけていた枝にいったん手をかけ、勢いを殺してから、また別の枝にいったんは足を置き、即座、さらに跳ね、鮮やかに、瞬く間に、地に、街道に、戦闘の行われている
しかし、誰からも、どこからも、誰にとっても、何の音もしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます