第27話 Peace Island is strange.
月夜と並んでベンチに座り、登未は海を眺めていた。
言葉はあまり交わさない。
だからと言って、窮屈な感じはしなかった。
月夜の肩が登未の腕に触れているが、嫌な感じも緊張もしない。
苦に思わないことを疑問にも思わないまま、登未たちは打ち寄せる波を見ていた。
「……人」
ぽつりと月夜が呟いた。登未は手に握っていた缶コーヒーを唇に当てる。
海と砂浜ばかりの景色の中に動くものが増えていた。
缶の中身をぐっと飲み干して、登未は口を開いた。
「人、増えてきたな……」
「うん、もうお昼なんだね」
上着のポケットに入れていたスマホを見れば、あと30分もすると正午となる時刻だ。
今日は気温も高く、天気も良い。午後も好天に恵まれることは疑いようがなく、行楽日和でることは間違いない。せっかくの天気だからと、子供を連れてきた家族の姿が多かった。
月夜と共に、周囲の芝生の上にいる家族やカップルを見る。
「最近の家族連れって、テント張るんだね……」
小さなテントが、其処彼処に並んでいる。テントが所狭しと乱立する、キャンプ場でも中々拝めないような光景に月夜は驚いていた。
「ああ。日よけとか休憩所とか、あと周りから隔離できる空間作成に便利なんだろうな」
「荷物置いていても、入り口見張るだけで良いから便利そうだね」
「それに虫からも逃げれる」
「いいことずくめだね」
しかし人が増え、賑やかになるということは、穏やかな時間の終了を意味した。
どこか名残惜しい気持ちを心の隅に押しやり、登未は腰を上げる。
「いこっか」
「うん。そうだね」
月夜は頷くと立ち上がった。登未は月夜の手元を見る。飲んでいた空き缶を持っていた。
登未は月夜の手から、缶を引き抜く。月夜と目が合ったが、文句も感謝も言われなかった。
ただ、微笑みを向けられた。登未は肩をすくめて、歩き出した。
「しかし、子供って元気だなぁ」
「ちょこちょこ走るの、可愛いよね」
波打ち際に突撃していく子供たちの歓声に、登未は思わず感想を言葉にする。
なぜ膝を上げずに走ろうとするのかと、今にも転びそうな子供の走る姿に登未は冷や冷やしてしまうが、月夜は微笑ましく見ていた。
「走るのは良いんだけど、子供ってこんなに周りが見えてなかったっけか」
「どうだろうね? 楽しいことに夢中って感じじゃないのかな?」
子供が目の前を横切る度に、歩くのを止める。後から続いてきた親御さんから謝罪の会釈を受け、いえいえと会釈を返して歩行を再開する。行進速度がまったく上がらない。たかだか、空き缶を捨てに行くだけで、こうも時間がかかるものかと、登未は思わず笑ってしまう。
「なんか、登未くんってさ。子供とか好きそうだよね」
「まあ、嫌いではないかな。見てて面白いし、わくわくが止まらないし。可能なら欲しかった」
「過去形なんだ」
「不能さんがやる気を取り戻してくれないと、子供なんて作れませんし」
その前に、まず相手を得て結婚という問題があるのだが。途方に暮れそうな問題である。空を見上げて、乾いた笑みを浮かべていると、月夜もぼんやりと口にした。
「わたしも欲しかったなぁ」
「そっちはまだ可能性がある。過去にするには早いぞ、ファイトだ」
「相手の問題がありましてー」
その面で何を言ってやがる、登未はそう言おうと、月夜の顔を見た。
しかし顔を向けた瞬間に目が合ってしまい、動揺した。
月夜は登未を見ていたのだろう、だから直ぐに視線が合った。それは良い。
だが、くすくすと笑う月夜の顔に、怪訝さを覚える。
どこで笑う要素があったのだろう。
(単に、俺がわかりやすい反応したから、かな?)
月夜のツッコミ待ちのような発言に、脊髄反射の域で動いてしまったのが、面白かったのかもしれない。もう少し、捻りを効かせた方が良かったかと、登未は唇をへの字にして唸った。
すると、月夜は更に笑みを深くした。
(……なんだかな)
意図はわからなかったが、月夜の機嫌はとても良いらしい。
下心のある男が苦手とか、色々と臆病で慎重な月夜の姿は見えない。
ただ楽しそうな様子に、登未は口元を緩める。
それはそれで、いいことだ。
登未は、そう思うことにした。
◇◆◇
お子様の進行妨害をなんとかクリアし、登未と月夜は海浜公園を脱出した。
しかし2人を待ち構えていたのは、次なる公園だった。
「なんで!?」
「あー、なんかこの辺って公園が続いてんだわ」
驚く月夜を登未はくっくっと喉を鳴らし、説明する。
公園の先に公園が続き、道路を挟めば運動場や夏にはプールが開放される一帯だった。
「しかも、こっちの森の公園はでけえ」
海浜公園が海を満喫する公園だったが、次に来た公園は木々に溢れている。
広大な面積にアスレチックやテニスコート、噴水や池などバラエティに富んでいた。
「……知らなかった。知らなかったけど、なんでこんな公園ばっかり作るんだろう」
「まあ、散歩する場所がいっぱいでいいじゃん」
月夜が首を捻っていたが、登未は背を押して歩くよう促した。
月夜は両腕を組み考え込みながら歩き始めた。
「絶対なにか、無駄な気がする」
「海もあって森もある。観光にわざわざ行かなくても四季を味わえるぞ」
「なんだかなぁ」
「……真似すんな」
登未の口癖を真似た月夜の頭を小突く。月夜は舌を出して、子供のように笑った。
何をやっているんだろうな、と登未は呆れつつ、しかし顔には笑みが浮かぶ。
まさに自分の口癖の披露場なのだが、言葉にはせず心で思うに留める。
「こっちはこっちで匂いが違うよね」
「そりゃ、木がいっぱいだからな」
深呼吸をすれば、樹木が発する成分のフィトンチッドで肺が満たされる。
森林浴をしている、そんな健康的なことをしている気分になった。
「こういう場にいると、何故だろう煙草が吸いたくなる」
「歩き煙草はダメだよー」
煙草が恋しくなった登未だったが、今度は月夜に背中を押される。
踏ん張れば留まることも可能だったが、そんなことはせずてくてくと遊歩道を進む。
池や広場には、様々な人が思い思いの行動をしていた。
やはり家族連れが多いが、カップルあるいは夫婦の姿に目が行ってしまう。
(なんだろうな、普段は欠片も気にならないのに)
不思議と目を向けてしまうのは、普段は独りで歩くのとは違い、真横に人が居るからだろうか。しかも女子だ。更に言えば、可愛い女の子と歩いている。だから、周囲からどう見えているのかと考えて、カップルを見てしまうのかもしれない。
(しかし、なあ)
遊歩道は登未たちの貸し切りではない。対面から歩く、あるいは走ってくる者は多い。
とびきりの美少女を連れて歩くというのは、存外に隣の人物にも視線が向くのだと実感する。
「……なんか、この、隣を見て驚き、その後に俺を見てもっと驚かれるのって、申し訳ない気分でいっぱいになる」
「更にその後わたしを見て、『なんでっ!?』って顔するの、本当止めて欲しいよ」
口にした言葉とは裏腹に、通り過ぎる人たちの視線が面白い。皆同様の反応だった。
こうも同じ反応が続くと、楽しくなってくる。
「なんだろね。登未くんが横に居ると、じろじろ見られるのも楽しいかもと思って来た」
「奇遇だな。俺的にはそろそろツッコミを入れたくなる」
状況的には顔をしかめても良いはずだ。しかし、やはり顔に浮かぶのは笑みだ。月夜もずっと笑っている。ただ散歩しているだけだというのに。なんとも不思議なものだと思ってしまう。そうこうする間に、遊歩道を抜け、大きな広場に辿り着いた。
「すご。広いね」
「ごくたまに訳のわからない集会とかしてる気がする」
「へえ、登未くんって良く来るの?」
「まあ、それなりに、かな?」
「すごい。健康志向だね」
「違う違う。目的があるんだ」
大きな広場の中央を突っ切り、突き当たれば公園の出口が見えた。
登未は出口に向かって歩みを進める。
「公園を抜けると、ごらんのようにデカい道路にでるんだけどさ」
「うん。唐突に都内だって気持ちに変わっちゃうね」
交通量が激しく、また大型トラックなどが走る中、歩道を進む。
横断歩道の前で立ち止まった登未は、腕を上げて角の建物を指さす。
「ここに、ドンキがあるんだ」
「…………うそでしょ? こんな近くにあったんだ……」
大型のディスカウントストアかつ総合スーパーを見て、月夜ががっくりと肩を落とす。
大抵の物が手に入り、かつ値段も安く、そして便利な物が売っている。4年も住んでいて、存在を知らないのは、かなり衝撃だろう。
「あと、上の階には色々と遊ぶところがあってな」
「色々って、何があるの?」
「パチンコにゲーセンに、ボーリングもあればカラオケもあるし映画館もある。そして何故か温泉もある」
「…………登未くん、わたしこの街がわからない」
総合アミューズメント施設となっているが、不思議なラインナップに月夜が困った顔をした。信号が青に変わる。月夜の背中をぽんと押し、登未は横断歩道を渡る。
「まあ、最大級に不思議な施設は、その対面の競艇場だけどな」
「競艇って?」
「あー。船に乗った人がレースをして、着順を予想するギャンブルかな?」
「競馬は聞いたことあるけど、船もあるんだ。登未くんってギャンブルするの?」
「たまに、かな? 6分の3を当てれば良いから」
「……それって2分の1じゃ?」
「おう。儲けは少ないけど、勝率は高いぞ」
精々買い物前の小遣いを増やす程度だが、色々助かる施設である。
夢を見すぎて倍率の高い単勝や連単に挑まなければ、大火傷をすることはない。
競艇場を眺めると、多くの人が出入りしている。大きなレースをやっているようだ。芸能人を呼ぶこともあるので、もしかしたら来ているのかもしれない。
「興味あったり?」
「ううん。どうだろ? 女の子で競艇場にいるのって浮かない?」
「割といるけどな。彼氏と一緒に来てるみたい」
「へー……」
興味は少しあるが、そこまででもない様子だ。
少なくとも今日の目的の一つは、月夜にディスカウントストアを教えることなので、無理に誘う必要はない。登未は視線を複合施設の建物に向けた。
「さて。ここまでやってきたけど、お腹の方はどんな感じだ?」
「んー……。すっごくぺこぺこだね」
月夜は腹部に手を当てて、真顔を登未に向けた。
言葉以上に空腹の様子だ。
「じゃあ、ファミレス、ハンバーガーにイタリア料理、寿司とか焼き肉とか。ちょいと微妙なフードコートのどれがいい?」
「また、色々あるんだね……」
月夜を連れて、レストランエリアのフロアマップを指さすと、月夜は少しだけ途方に暮れていた。割となんでもある。選べと言われれば困るかも、と登未は顎を撫でる。
「ね、登未くんは何が食べたいの?」
「俺? んー……。ぶっちゃけジャンクフード食べたいかな?」
昨夜も今朝も、少々ヘルシーが過ぎる食事だった。男たる登未としては、冒涜的な食事をしたくなる。それに、ここのファストフードは長い間食べてなかった。独りでは店内で食べるのは、難易度が高く、テイクアウトしても歩いて帰る間に冷めてしまう。久々に食べたいなぁと思っていると、月夜が驚いた顔で登未を見ていた。
「どした?」
「……なんか、あんまり食べなそうなイメージだったから」
「そう? 好きか嫌いかで言えば、大好きと答えるレベルでジャンク好きだけどね」
1人のときは手を抜くし、それにジャンクフードの味は家で作ろうとして作れるものではない。単に自分で作るとき、かつ誰かに食べさせるときは気合いを入れて美味しいものを作る。それだけだ。
「ん。今日はいっぱい歩いたし、帰るときもいっぱい歩くんだし……、大丈夫、大丈夫」
月夜はカロリーの計算をしているようだった。
おそらく決定したも同然だろう。登未はレストランガイドから、隣にあるハンバーガーショップの看板、そしてメニューの書かれた看板を見ながら、何を食べようか検討を始めた。
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