暗殺術
明日香が少しばかり色気づいてきた15歳の時、学校から戻ると母の寝室にこっそり侵入した。留守中に化粧をしてみようと思い立ったからだった。
鏡の前に並んだ数多くの化粧品にわくわくしながら、もっといいものはないかと引き出しを漁りまくった。そこには数々の装飾品や、なぜか文房具やゲームソフトまで入っていた。
(なんでもありなの?)
明日香は苦笑しながらその中身を一つ一つ見ていった。
と、最後の引き出しを開けたところで、古いものなのか少し茶けた紙が目に入った。それは20枚程の縦書きの便せんのようだった。頭をクリップで止めてあり、その1枚目は白紙のままだった。
こんなになるまで取っておかなくても必要になったら新しいのを買えばいいのに、と明日香は思いながらその便せんを手に取って気付いた。よく見ると2枚目にはなにか書いてあるのが透けて見えたのだ。
何も考えず1枚目をめくると、そこには大きく『秘伝の書』と書かれていた。
その癖のある字体には見覚えがあった。これは間違いなく母の母、つまり祖母が書いたものだと明日香はすぐに分かった。遠く離れた土地にいる祖母には6歳の時以来会っていなかったが、毎年明日香宛てに年賀状を送ってくれていたからだ。
仰々しいタイトルに緊張しながら、明日香は一度窓の外を確認した。突然母が帰ってきてこの事がばれたら怒られるんじゃないかと思ったからだった。窓を開け通りの左右を見てみたが、母親どころか近所の人さえも歩いてはいなかった。
明日香はその場で続きを見てみた。すると3枚目の冒頭にこう記されていた。
『この暗殺術は最終手段であり、出来る事なら使われない事を望みます』
その一文を見ただけで、明日香は急に怖くなった。祖母は、そして母は殺し屋なのかと。それが勘違いだったことは後々分かるのだが、この時はそう思い込んでしまっていた。見てはいけないものを見てしまったのだと思った明日香は、それを元通りにして、元あった場所に同じように戻してすぐに部屋を出た。
その日の夜は気が気ではなかった。この事が母にばれたらどれだけ怒られるんだろう。いや、怒られるだけですむのだろうか・・・
翌日の朝、いつも通りの笑顔でお見送りしてくれた母に少しだけ安堵したが、しばらくの間は母の顔を見る度に心臓が高鳴った。
1学期も終わろうかという7月初旬、明日香は再び母の寝室に足を踏み入れた。言うまでもなく、今回は化粧への興味からではない。暗殺術というものがあるなら使ってやろう、あの五人を殺した後でなら警察に捕まっても構わない。明日香の精神状態はそこまで追い込まれていた。
躊躇することなく少し埃臭いその便せんを取り出すと、クリップを外して最初の2枚を後ろに送る。
始めの数枚には暗殺法などは記されておらず、この術に関する注意書きの様なものが延々と続いていた。しかし、はやる気持ちを抑えつつ一から読み通すことにした。
読んでいくうちに、母も祖母も暗殺者などではない事が分かった。これは、伴侶を無きものにするための書、もっと言うなら夫をこの世から消し去るための手段というものだった。
ただし、あくまでも夫のDVに耐えられなくなった時、それによって自身の命が危うくなった時、もしくは子供への虐待が目に余る時、ぎりぎりまで耐えてもう限界という時でない限り使ってはならないとある。
母が父にこの術を使わなかったのは、彼が直接自分たちに手を出していなかったからなのかと、妙に納得しながら明日香は先へと読み進めると、この書の成り立ちについて言及されていた。
これは明治時代初期に、明日香のご先祖様がまとめたもので、いわゆる一子相伝の書である事。また、女人にのみ継がれるものであるため、〇○家代々といったような仰々しいタイトルもつかない事。この血筋は、昔から何故か必ず初産は娘であるため、その母親が自らの手でこの書を書写し、娘が二十歳になったら伝承する事。次女以降には口伝もしない事。書写した後は原本を破棄する事など。
読んでいくうちに明日香はその内容に引き込まれ、本来の目的を忘れていた。
しかし、次の一枚で我に返った。
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