第48話


「あれは! あれは何ですの!」


「加工肉を売っている店ですねぇ」


「じゃああの人は何ですの!」


「大道芸人か何かじゃないですかねぇ」


「パンがたくさん並んでおりますの!」


「パン屋だからじゃないですかねぇ」


 瞳をキラキラと輝かせ、あれは何! これは何! と大はしゃぎするマリナの姿は、本来彼女が持つ容姿と合わさってそれはそれは大層可愛らしいものなのであるが、同行しているディアナの顔はこの世の終わりよ早く来いいますぐ来いむしろ来させてやろうか、とまで落ち切っていた。


 結局、マリナの攻撃に惰眠を貪ることを諦めたディアナは、彼女と二人で城下町まで赴いていた。

 無論、こっそりと彼女たちから少し離れたところに護衛の方々が隠れていたりするのだが、そのことにマリナはどうやら気付いてはいないようでもある。


「気楽って良いよねぇ……」


「何か言いまして?」


「いえ、別にぃ」


 城下町に来ること自体は初めてというわけでもないだろうに、彼女は最初からクライマックスな如しのテンションを維持し続けている。


「デ、ディアナ!」


「はいはぁい……」


「林檎がたくさん並んでおりますの!」


「林檎の露天商だからでしょうねぇ」


「わたくし! 自分で林檎を購入してみたいですの!」


「良いんじゃないですかぁ」


「…………」


「…………?」


「も、もうちょっと近くに居ても良いですのよ?」


「…………はぁ」


 一人で買うのは初めてで怖いですぐらい言えんのか。とギリギリまで出かかった言葉を飲み込んで代わりにため息を吐く。

 ディアナが近くに寄ってくれたことに満面の笑みを見せた彼女は、威風堂々と(を装って)戦地露天商へと赴いていく。


「こッ! んにちはですの!」


 一言目が裏返っていた。


「おやぁ? これはこれは可愛いお嬢さん。いらっしゃい!」


「り、林檎が欲しいですの!」


「あいよォ! いくつ包みましょう!」


「一つですの!」


「まいどありィ!」


 彼女の見るからに質の良い服装と、そばに護衛らしき人物ディアナが居ることでそれなりの身分であることを確認した露店のおじさんは、丁寧にそれでいて出来る限り商売を行っていく。


「(察しの良い店主で良かったぁ……)」


 下手なトラブルが舞い込んでこなかったことを心から喜びつつも、のへぇとした顔でそれはそれは嬉しそうに林檎を受け取るマリナを見下ろしていた。


「ディアナ!」


「はいはぁい」


「買えましたの! わたくしも一人で林檎を購入出来ました!」


「そうですねぇ……、すごいじゃないですかぁ」


「これでもうわたくしも外で立派にやっていけるということを証明出来たはずですの!」


「それはどうかとぉ」


「何か言いまして?」


「いえ、別にぃ」


 初めて一人でディアナも居たけど購入した林檎をまるで宝石のように大切に抱きかかえる。まるでいますぐにでもスキップをしてしまいそうなほどの上機嫌だ。


「それじゃぁ、あれですねぇ」


「何ですの?」


「帰りましょうかぁ」


「どうしてですの?」


「うへぇ」


 きょとん、と首をかしげる彼女に、まじかよ。とディアナは露骨に嫌な顔をする。


「いやぁ、買い物出来たんですしぃ、もう帰りましょうよぉ……、ぶっちゃけ寝たいですし」


「何を言っているのですの! ここからが本番ですの!」


「……何をするんですかぁ?」


「衣服店で普通の方々に人気のファッションを探るのですの! レオ様はとても素晴らしくかっこよい方ではありますが、それでも現在の御住まいは城ではありませんので、ファッションの好みなどもわたくしのそれとはズレている可能性が高いですの!」


「まぁ、そぉでしょうねぇ……」


「だから! 行くですの!!」


「いってらっしゃ~い」


「貴女も行くんですの!!」


「うへぇ」


 Uターンしようとしたディアナの背後に回り込んだマリナは、嫌がる彼女の背中を押して無理やりに目的地へと向かっていくのであった。



 ※※※



「っ、づがれだァ…………」


 ぼすん。

 自室に戻ってきたディアナは何をする前にまずベッドにその身をダイブさせる。

 結局、あれからマリナと服飾系の店をはしごすること全六件。ディアナ自身そういう買い物が嫌いなわけではないが、今回は自分のためではなく100%他人のため。自分が欲しい服を見るでもなく、しかも怪しい人物が近づいてこないか気を張りながら、それでいて意見を求めてくるちびっこマリナに出来るだけ彼女の意向に沿うように意識しながら軌道修正をかけるという。

 つまりはひたすらに面倒くさかったのだ。


 城に戻ってきても、すぐに自由になれるわけもなく。お偉い方々に今日のことをご報告させていただくというなんとも名誉ある誇らしいお仕事をさせて頂いていらっしゃった。


 窓から差し込み日差しはオレンジ色に染まっており、一日の終了を告げ始めている。せっかくもぎ取った久しぶりの休日。

 加えていえば、ここから約半年はまともな休日は彼女にはない。勿論、要所要所でサボるので本当にないわけではないが。

 だが、堂々とぐぅたらしても怒られない貴重な一日がこんなことで終わってしまったことを、どこに怒れば良いか。もうなんというかかんというか。といっそのこと城に向かって最大魔法でもぶち込んでやろうかなんて考えまでよぎってしまう。


「……アドラたち、今頃どこで何してんのかなぁ……、きっと美味しいものとか色々食べてんだろうなぁ……、ああぁぁぁ…………、ウチも旅に出たい……、さっさとレオくん探しの名目でもう全然関係ないリゾート地にバカンスに行って五年くらい行方をくらましたいぃ……」


 ――バン!


「ディアナ!」


「居ませぇん」


 布団に隠れる気力も残っていない彼女は、どうどうとベッドの上に突っ伏したまま宣言する。


「何を言っているのですの! はやく起きてくださいですの!」


「もぉ、何ですかぁ? そもそもぉ、ウチは今日休みなわけでぇ、これ以上ウチの休みを妨害するって言うならこっちにも考え……」


「プレゼントですの!」


 あとで記憶を改竄するとしてこのガキまじで一発、いや十発ぐらい顔面殴ってやろうと心に決めて、拳を握りしめながら起き上がったディアナの前に差し出されたのはほかほかと美味しそうな湯気を出すアップルパイ。


「…………」


「今日購入した林檎でわたくしが作ったんですの」


「……ウチにぃ?」


「そうですの! ……、今日は、一緒に来てくれて嬉しかったですの……、だから、そのお礼ですの!!」


 照れくさそうに、それでいてどこか嬉しそうに頬を紅らめる彼女の様子に。


 ああ、これだから。

 こいつのことが苦手なんだ。


 と、肩を落とすディアナであった。

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