第4話 最初の街と銀髪少女
【4】
大きな川に沿って一時間ほど歩いただろうか。遠くになにやら都市らしきものが見え始めた。
よかった。どこに向かえばいいのか全くわからなかったが、人が生活するなら水がある方が便利では? という単純な考えから川沿いを進んたのは意外と正解だったのかもしれない。
近づいていくと人の姿も見え始めた。人の姿を確認できたことに少し安堵を感じる。
というのも学校の屋上からこの見知らぬ地へ来て以降、俺が出会ったものといえばドラゴン二体のみ。もしかしたらこの地には人間がいないのでは? という疑念も全くなかったわけではなかった。その疑念がなくなったことでまずかばかり心に余裕ができた。
綺麗な街だった。決して大きな都市ではないものの、街はそれなりの活気に包まれている。整備された石畳の通りの両側には明るい赤土色の屋根を被った二階建て、三階建ての建物が並び、雰囲気は中世ヨーロッパに近いものがある。街の中央には大きな川が流れており、そこにかかるいくつかの橋、その橋の下を通る舟も見られた。
人々は麻や羊毛で作られた簡素な服装の者から、絹で細かく編み込まれたいわゆる上級貴族のような服装の者まで様々な層の人々がいた。馬に荷車を引かせている商人のような人も見かけることがあった。
現実の日本とはかけ離れた雰囲気にRPGの世界か何かに迷い込んでしまったのではと錯覚を起こしてしまいそうだ。
しかし俺の服装は学校の屋上から飛ばされてきたままのため学校指定のブレザー型の制服である。さすがにそんな制服をまとっている者はいないため、すれ違う人々からは物珍しそうな視線を向けられた。
少しの間、街を歩いて見ていると一つ不可解なことに気づく。
所々にある看板や標識は俺が今まで見たことのないような文字で書かれている。漢字でもひらがなでもなく、かといってアルファベットでもない。なんとも形容しがたい文字が並んでいる。当然、俺には読むことはできない。
だがしかし、どういうわけか人々が話している言葉はほぼ完全に理解できる。というか普通の日本語に聞こえる。どういった仕組みなのかが全く理解できない。読むことはできないが聞き取ることはできる。となると次に疑問となるのは、俺のしゃべる言葉は通じるのか? ということだ。
「あの~、すいません」
思い切って近くを通りかかった五十代くらいのおばさんに話しかけてみた。
「なんだい?」
やはりこの人も俺の服装を珍しそうに見ながら返事を返してきた。
「あ~、え~と、ここはなんという名前の街ですか?」
「なんだいあんた、異国から来たもんかい? ここはプラネだよ」
言葉は通じるようだ。
しかし‥‥‥プラネ‥‥‥聞いたことがないな。
明らかに日本の地名ではない。俺は海外の地理には詳しいわけではないがそれでも一般教養程度の知識はある。その知識をもってしてもプラネという地名に心当たりはない。
──やはりここは現実世界ではないのか? とすると異世界? それとも漫画やゲームの世界にでも飛ばされたか? はたまたただの夢?‥‥‥
「それだけかい? 悪いが今忙しい時期なんだ、それだけならもう行かせてもらうよ」
俺が一人で悩んでいるとおばさんがしびれを切らしたように言った。
「あ、すいません。急いでたんですね」
「ああ、最近どうも物の動きが活発でね。暇がありゃ観光案内でもしてやるんだが」
「いえいえ、忙しいのありがとうございました」
丁寧に挨拶を済ませおばさんを見送る。
異世界だろうがなんだろうが言葉が通じることがわかったのは大きな成果だ。言葉が通じるならこの街でもある程度はやっていけそうな気持ちになる。
街の散策をしていると十歳くらいの少年三人が路地裏で何かをしているのを発見する。一体何をしているのかと思い近づいて見ると三人の少年の輪の中では一人の少女がうずくまっていた。
「外から来た悪者だぁ~」
「どっかいけぇ~」
どうやら少女は少年たちから嫌がらせを受けているようだ。
少年たちは少女に低レベルな罵声を浴びせながら細い木の棒で叩いたり小石を少女に向かって投げたりしている。
「や、やめてくださいっ」
そう声をあげた少女はこの街ではあまり見かけないような真っ白なローブを纏い、輪の中で小さくなっている。
俺は、ふうっ、と一息吐く。
いくら俺の全く縁のない地で全く縁のない子供が全く縁のない少女に嫌がらせをしているからといって、この状況を見て見ぬ振りをするのは心苦しい。
「おい、やめてやれ」
そう言って俺は一人の少年の肩に手をかけた。
すると少年はビクリと体を震わせ、驚きの表情でこちらを振り返る。
「うわ、なんだおまえ!」
「うげ、もしかしてこいつの仲間か⁈」
「やべ、逃げろ!」
わかりやすいやつらだ。俺もこの街にとっては珍しい服装をしているためか、どうやら少女の仲間と勘違いしたらしい。とにもかくにも絵に描いたような反応で少年たちはその場から逃げて行った。
残ったのは俺とうずくまっていた少女だ。
「大丈夫か?」
少女はローブをパタパタとはらいながら立ち上がった。
改めて見るとファンタジーから飛び出してきたかのようなかなりの美少女だ。歳は十五~六くらいだろうか。肩にかかるくらいのきれいで整った銀髪、白い艶やかな肌、目は澄み切ったサファイアのような青色をしている。体格はローブで隠されているためあまりわからないが、ローブの間から見える服の胸元はかなり布が張り、主張をしてきている。
「すみません、ありがとうございます」
少女は深々と頭を下げた。
「あっ──」
ん?
少女が状態を起こし俺と目が合った瞬間、急に彼女は驚いたような顔を見せた。
「どうかしたか?」
少女の反応に俺は首をかしげる。
「い、いえ。なんでもないです、本当にありがとうございました」
そう言うと少女は身を翻し路地の奥へ駆けて行ってしまった。
一体なんだったんだ?
少女の反応からするに俺とあったことがある? だが俺は彼女を知らない。というかこの街に来て初めてこの世界の人間と出会った。というかあんな銀髪の美少女、一度見たら一生忘れられるはずがない。
となると向こうが俺のことを誰かと見間違えただけ?
彼女の行動にいくつか可能性を考えながらも相変わらず今の俺には答えを知る手段がない。そろそろ日も暮れてきたため泊まる場所も考えなければならない。
まぁ、縁があるならいつかわかるだろ。
そんなことを思いながら俺は宿探しのためにまた近くの人に声をかけた。
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