三章 地下牢と冒険、それに……恋?4



「おい、このあいだに逃げるぞ」

 リンデさんの声が、ちっちゃく、どっかからしました。が、姿は見えません。

 あの黒猫が、ひらかれたままのドアのほうへ、ぴゅうっと走っていきます。


「あたしたちも行きますよ。エイリッヒさん」

「どうしても行ってしまうのか? 白薔薇。私を愛していると言ったのは偽りか?」


 んもう。また、ダメなモードに入ってるですねぇ。

 起きあがろうとすると、両手で抱きついて阻止するんですよ。


 しょうがないので、あたしはエイリッヒさんの背中に手をまわし、えいやっと立ちあがりました。しくしく泣いているエイリッヒさんを抱きかかえ、礼拝堂の外へむかって歩いていきます。

 うたたねするご主人さまを、よくこうやって寝室まで運んであげるので、このくらい、へっちゃらです。

 それに精霊の男性は、人間の男より、はるかにかるいですから。


 王さまは戸口に背をむけて、お祈りに集中しています。

 あたしたちが出ていくのに、まったく気づきません。


 姫さまや侍女さんも、そろっと、はいだしてきました。

 礼拝堂を出たところで、なかをふりかえって、姫さまや侍女さんが言いました。

「お父さま……」

「王さまは、やはりお妃さまのことが忘れられないのですね。各国から王女や女王との再婚の申し出があるのに、王さまは全部、ことわっておられるんですよ」


 あたしは、たずねてみました。

「じゃあ、デルトリーネというのは、亡くなったお妃さまの……」

「さようです」

「亡くなって何年もたつのに、夜な夜なお祈りに来るなんて、よほど強い悲しみなんですね」


「陛下はお妃さまのことを、それはもう何ものにも代えがたく愛しておられましたから。

 デルトリーネさまは、たいへんお美しいかたでしたし、ムリもありません。その美貌をたたえて、近隣諸国では、ローズクィーンと呼ばれていたほどです。

 民間のご出身ですが、気高く教養もあり、そのうえ貴族や王族のお姫さまとは異なり、きさくで思いやり深い、素晴らしいおかたでした。わたくしたち侍女や召使いも、みんな、お妃さまにあこがれたものですわ」


 ウットリしている侍女さんのよこで、姫さまのようすは沈んで見えます。やっぱり、お母さまの話を聞くと、悲しみがよみがえるんでしょうね。


「ああ、白薔薇。気高く美しいおまえに心をうばわれない者はなかった」

「そうです。白薔薇の君と、わたくしたちはお呼びしていました」

「優雅なその香りまで、夢心地をさそう」

「そうそう。いつも薔薇の香水をつけていらっしゃいましたねぇ」


 なんか、変な会話が侍女さんと誰かで成り立ってますねぇ。

 誰かって……誰ですか?


「白薔薇……」と、胸元から声がします。

 あ、ここだった。あたしにピッタリひっついた、エイリッヒさん。


「おまえも、いつまでも女の子に姫だっこされて、気持ちよくトリップしてるなよ!」

 いつのまにか、そばに立っていたリンデさんが、パコンとエイリッヒさんの頭をはたきました。

 ハッとして、エイリッヒさんが、あたりを見まわします。

「ここは、どこだ? おれを何をしてたんだ?」

「ああっ、イライラする! 親とも兄とも慕うおまえの、そんな情けない姿、おれは見たくない!」


 まあ、そうですよね。同情しますです。

 あたしだって、頭からフトンかぶって被害妄想におちいるご主人さまの姿は、あまり見たくないですからねぇ。


「忘れてました。じゃ、正気にもどったみたいなので、自分で立ってください」


 エイリッヒさんは、あたしにおろされたあと、そのまま地面に両手をつきました。

「……屈辱。このおれが、逆姫だっこ……」

「しょうがないじゃないですか。白薔薇ぁ、白薔薇ぁって、離れないんですから。吸盤みたいでしたよ」

「おまえなんか白薔薇なものか。ミニローズで充分だ。気品で、ぜんぜん劣ってるんだよ。怪力チビ娘」

「ああ、失礼な。ぷんぷん、ですよ。プンプン」


 あたしは怒り心頭だったんですけど、リンデさんがポリポリほっぺをかいて言いました。

「エイリッヒ。シャルランのこと、もうおぼえたんだな」

 エイリッヒさんは、あたしを見て、うなずきました。

「ああ。そういえば、記憶がなくなっても忘れてない」


 そのあと、姫さまを見て、「これ、誰?」と言うので、姫さまには申しわけないけど、嬉しくなっちゃいました。


「怪力チビ娘はシャクですけど、おおらかな気持ちで暴言はゆるしてあげますですよ。だって、シャルランのこと、気になってるってことですもんね」

「ふん。男のプライドを根こそぎ破壊していくような強烈な個性の持ちぬし、忘れたくても忘れられないんだよ」

「なんですか、それ。ふたたび、むっとしましたよ」

「むっして、けっこう。怪力チビ娘。ミニミニミニローズ。つぼみが小さすぎて花に見えん」

「くうっ。くやしいです。今度は肩にかつぎあげてやるですよ」


 あきれて、リンデさんが口をはさみました。

「おまえら、仲がいいのはいいけど、早く逃げるぞ」

 あたしとエイリッヒさんは思わず、同時にふりかえり、声をそろえました。

「仲よくない!」

「仲よくない!」


 はあはあ……気をとりなおして。

 あたしたちは小さな森くらいはある庭園のなかを、城壁のほうへむかいました。


 その道すじのことです。

 庭木から庭木へ、見張りの目をかいくぐりながら走っていきます。

 あまりの暗さに、あたしは木の根っこにつまずいて、思いっきり、ころんでしまいました。

 ああ……お洋服も顔もドロだらけ。

 ここぞと、エイリッヒさんに笑われてしまいました。


「ドジだな。ミニローズ。ほら、使え。いちおう女だろ」

 ハンカチをさしだしてきます。

 今さら優しくしたって、ゆるさないんですからね。でも、ちょっと嬉しいけど。


「気をつけろよ。シャルラン。足くじいたら、シャレになんないぞ」と、リンデさん。

「すみません。でも、ここに根っこが。急に、根っこ——」


 それは、根っこではありませんでした。

 う……ウソですよね?

 なんか、人の足に見えるんですけど……。


「きゃあッ。人間でした! 人の足です!」


 木のかげに、女の人が倒れています。キレイなドレスの胸には、深々とナイフが……。

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