二章 伝説と予言の青い薔薇、そして殺人鬼6


 すると、リンデさんが平然と、こんなことを言いました。

「ああ。おまえの主人って、あの青い髪の花の精か。それなら、ありうるかもな」

「ええッー! なんでバレてるんですかぁ?」

「昨日、ちょっとな」


 ニッと笑って、リンデさんは、エイリッヒさんと肩を組みました。

「安心しな。おれたちも精霊だ」


 あ、やっぱり。


「じゃあ、ほんとに、ご主人さまのお兄さまなんですね? そうだと思いましたぁ。結晶化の魔法は、ミダスしか使えないんですよ」


 でも、エイリッヒさんは暗い顔。


「ミダス? 花の精? わからない。何もわからない。おれは何者なんだ? どこで生まれて、何をしてきたんだ? 教えてくれ。弟がいるというなら会いに行こう」

 外へとびだそうとするエイリッヒさんを、リンデさんが抱きとめます。

「だから、今はダメなんだって。外に出たら、役人に捕まるだろ」


 そうでした。


「ほんとに、マチルダさんを殺したんですか?」

 たずねますと、リンデさんは困惑げにエイリッヒさんを見ます。エイリッヒさんは首をふりました。

「おぼえてない。というより、マチルダって誰だ?」

「酒場のお姉さんですよぉ。エイリッヒさんの恋人でしょ?」

「おれに恋人がいるのか?」


 ああ、ダメですぅ。ようやく、シャルランにもリンデさんの気苦労が、ちょっとだけ理解できました。

 エイリッヒさん、うちのご主人さまより、手がかかります……。


「もう……話が進みませんねぇ。この人、なんで、こんなポンコツになっちゃったんですかぁ」

 目に見えて、エイリッヒさんは落ちこみました。

「ポンコツ——」


 リンデさんは爆笑です。

「すげぇ。この色男にポンコツって言った女、初めて見た」


「おれだって、好きで、こうなったわけじゃない!」

 エイリッヒさんが必死に反論します。

「何かが、おれから失われたんだ。今のおれは失ったあとの不完全体。ほんとのおれのバラバラになった残骸をよせ集めた、あまりものにすぎない」

「はいはい。でも、おれは、今のおまえも好きだよ」


 エイリッヒさんは赤くなって、そっぽをむきました。


 ぷぷぷ。てれてますよ。この人。ちょっと可愛いです。


「でも、そういうことでしたら、ご主人さまなら何かわかるかもしれません。こんなときこそ、ミダスのあの技を使うべきです」


 エイリッヒさんとリンデさんは、顔を見あわせました。

「あの技?」と、たずねるエイリッヒさんに、あたしは答えました。

「記憶の結晶化です」


 記憶を宝石にするミダス族。

 でも、ご主人さまたちに結晶化されて、とりだされた記憶は、その人のなかから消えてしまうんです。

 だから、ふだんは結晶化はしません。

 結晶化せずに、見ることだけもできるんですね。


 ただし、ご主人さまたち花の精が見たり結晶化できるのは、愛や優しい心に由来した、美しい記憶だけなんです。美しい記憶であればあるほど、きれいな宝石になるんです。

 憎悪や妬みみたいな、みにくい心を見るのは、ご主人さまは苦手です。結晶化もできません。


「ご主人さまに見てもらえば、何かわかるかもしれませんよ」


 エイリッヒさんは考えこみました。

「そうだな。あの技は自分にだけは使えないが、他人にやってもらえば、おれが過去に何をしたのか、わかるかもしれない。どうにかして、その弟というのに会ってみたいな」


 リンデさんが首をひねります。

「君のご主人に、ここに来てもらうわけにはいかないの?」

「ええと、今日はムリです。お姫さまのために人形を造ってますから。シャルランが呼んでも気づいてくれないと思います。仕事中のご主人さまは、鬼ですからね」


 精魂こめて造ってるんだよと、ご主人さまは言うんですが、まちがいありません。あれは鬼です。


「では明日以降か。忘れないうちに記しておこう。おれには弟がいる。おれと同じ魔法を使うミダス族……と」

 黒革の手帳に、チマチマと羽根ペンを走らせていたエイリッヒさんが、途中で止まりました。


 あっ、また忘れちゃったんでしょうか?

 白薔薇ですか? また白薔薇?

 でも、今回は違いました。


「誰か来る」


 えっ? こんなところに誰が?

 ご主人さまでしょうか?

 いえ、違いました。やってきたのは、大勢の兵士をひきつれた、フローランさんです。


「ヤバイぞ。エイリッヒ。役人だ。かくれろ」

 リンデさんがささやいたときには、すでに遅く、フローランさんはカギがかかっていないのをいいことに、勝手に扉をあけて、なかへ入ってきました。


「断崖の魔術師どの。国王陛下の命により、貴殿をお迎えに——」

 言いかけて、フローランさんは絶句します。

 むりもないです。

 ものすごいような金髪の超美形——それは、おたずねものの連続殺人犯の特徴です。エイリッヒさんは、まさに、そういう美青年ですもんね。


「あっ、お、おまえは——!」

 フローランさんは気をとりなおし、兵士たちに命令しました。

「この男をとらえろ! 殺人犯だ!」


 なぜか、あたしとリンデさんまで、いっしょに、ひっくくられてしまいました。

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