第2話:八鏡
花ヶ岡で賀留多を打つ際、大きく分けて「公式」「非公式」の場がある。
前者は校内通貨の花石を賭ける事の出来る《金花会》、加えてあらゆる紛争を解決する手段としての《札問い》を指す。一方、後者は教室や喫茶店、或いは友人の家で座布団を囲み、気軽に楽しむ「遊技」の場を指す。
当然の如く――前者の場では一切の、例えば邪魔が入ってはいけない。最も注意すべきは、「楽して勝ちたい」「何としても花石を増やしたい」と邪念を募らせた打ち手が用いる《
卑怯千万な邪技から、大多数の正々堂々と賀留多を打つ生徒を守護するべく組織されたのが《目付役》である。
花ヶ岡高生たる素養を持ち、賀留多の種々技法に明るく、何より
無論、三人以外の目付役も一般生徒よりは忌まれる技術に詳しいし、一定以上の観察眼を養ってはいる。問題は……「熟達した
自分の受け持つ打ち場に参加する生徒は、多い時には一〇人以上となる。供出される花石の個数は勿論、それぞれが別の倍率で増減する為、瞬時に計算して適当な個数を返還する必要がある。同時に打ち手達へ札がキチンと行き渡っているか確認し、更に「怪しい動き」をしていないかと目を光らせる。
打ち場の規模が大きくなれば、その分目付役も一人、二人と増やしていったが……裏の熟練者からすれば幾ら目付役が増えようとも「烏合の衆」に変わり無く、むしろ油断を誘いやすくなるのが常だった。
即座にではないにしろ、放置すればいずれは「無法地帯」になりかねない打ち場を、不断の努力と類い希なる才能によって浄化する一人が――。
気怠げな表情、常に六割程閉じた目が特徴の彼女は、一日の大半を椅子に座るか、もしくはキャスターの付いた椅子で器用に移動するかして暮らした。
吐息混じりのゆったりとした声で喋り、「前世はナマケモノ」と友人に評される三古和は、しかしながら
大抵は受付でキャスター付きの椅子に座り、来訪者に挨拶をするか、水筒に淹れたアイスティーを飲むか(自動販売機に出向くのが面倒だった)、知人が創ったという一人打ち技法(彼女曰く、《のこのこ》といった)で遊ぶかであるが……。
今にも閉じてしまいそうな瞳は、常に打ち場全体をキョロキョロと見渡し――「招かれざる客」を捜索していた。
三古和が椅子から立ち上がる条件は、次の三つとされていた。
一、トイレに立つ場合。
二、別の椅子に移る場合。
三、
三つ目の条件を満たした時に限り、眠たげな三古和の双眼はギロリと剥かれ、温厚そうな印象を一挙に打ち払ってしまう。
受付という打ち場から遠方にあり、死角だらけの場所からどのようにして
三古和は以前、新人の目付役達にこう語ったという。
受付で挨拶をする時、私は次の点を重要視している。
表情、声、視線の三点である。これらの内一つでも疑義を感じたのなら、その生徒の動向は金花会から出て行くまで見逃してはならない。
勿論返事をしなかったり、当たりの強い、「眉をひそめたくなる」生徒は沢山いる。まずは本当に怪しいのか、元からそういう性質なのかを見分ける事が肝要だ。
一つ、簡単な判断方法を教えたい。
目付役の顔を真っ先に確認する生徒は、とりあえず疑ってみる価値がある。おおよそ五割の確率で「今日の目付役は欺きやすいか」を考えているからだ。
見ていないようで何もかもを見抜く女――三古和乃子は金花会内外からこう呼ばれていた。
由来は閻魔大王の座する場、閻魔庁にあるという九面の「亡者が生前に行った善悪全ての行い」を映す鏡から来ている。内一面は有名な
普通の目付役が一面分の警戒力ならば、三古和は加えて八面分の警戒力を持っていた。故に「八鏡」と称され、一般生徒からは信頼を、裏の打ち手達には強い忌避感を与えていた。
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