第49話49
僕は家に帰ると早速、2階に行き『人間プロデュース』を聞いてみる。
僕はオーディオにCDを入れ、再生を押した。そうするとまず、爆音が鳴り響く。
僕はびっくりする。こう言うのがロックかと思い、聞いた。最初の曲は『万年の夜』だった。歌声も、歌手もその悲痛な叫びに耳を澄ませつつも、僕はこういうロックに慣れていないのか、どこかしっくりこなかった。しかし、そんな僕にもすごいアーティストというのはすぐに分かる。テレビとかで出ているバンドとは破壊力が違うし、それに破壊力だけにかまけているバンドとは別物だと言うことが分かるのだ。
そして、次の曲を聴く。
今度はダークネスと言うような曲調から始まる曲だった。そして、そのまま、ダークの中でもがきつつ、月の光を探している、そんな曲のように感じた。
これは『ムーンライト』って言う曲か、『万年の夜』より、僕にとっては好感が持てれる曲だな。
そして、次の曲を再生する。『ペスティズム』という曲だ。最初の曲調はまるで何かのひずみがあって、それが大きくなりすぎてはき出しているような曲調だった。それで、何かの屈折した状況に追い込まれ、出口を求めて一気に突破しようとするが、それは無理かも知れない、と言うあきらめの米を食べ諦念(ていねん)という血肉になって自分の体の中に沈殿していくような曲だった。
僕はしばらく、『ペスティズム』の破壊力に心がかき回された。そして、しばらく呆然(ぼうぜん)としていた。これはすさまじい曲だな。なんだか『ペスティズム』の破壊衝動(しょうどう)と自分の衝動(しょうどう)が一致するような感覚を覚える。これはやみつきになるな。
そう僕は思って、さらに『ペスティズム』を聞こうとしたときに康子さんの声が聞こえて、僕は下に降りていった。
食卓に着くと、和也さんとおばさんがいた。ご飯を見ると今日の料理はご飯と味噌汁とショウガ焼きにキャベツの千切り、豆腐がついた料理だった。
「一樹くんも来たことだし、それじゃあいただきますをしようかな」
そう、和也さんは言って、僕たちはいただきますをしてからご飯に箸をつけた。
そして、僕たちはご飯を食べていると和也さんが話しかけてきた。
「どうだ、一樹くん。学校に慣れてきたかな?困ったことはないか?」
そう言ってきたのだ。僕はこの事にどう返事をすればいいのか迷った。確かに、学校にはいけれているんだけど、それとは別の問題が浮上してきたからだ。
しかし、僕はこう言った。
「大丈夫です。ちゃんと学校にはいけれてます」
「そうか、それはよかった」
おじさんは安心した笑顔を見せた。僕はそれを見ておじさんに心配させてしまったんだな、と思う。それについては少し胸が痛んだが、今はそれよりも村田のことをどうするかを考えないといけない。
「まあ、よかったわ。一樹くんがちゃんと学校にいけれて。ねえ、あなたよかったわね」
「ああ、全くだ」
二人は僕がちゃんと学校にいけれていくことを喜んでいるようだった。まあ、確かに学校に行くことは大切だが、いじめられた場合はどうなんだろうな?
自殺ぐらいなら登校を止めるべきなのか。それとも、我慢していき続けるべきなのか、それか、いじめに対して抵抗すればいいのか。
僕はやはり死ぬぐらいなら登校を止めた方がいいと思うな。なぜ、いじめなんか受けてまでも登校するのかがよく分からない。とにかく、死ぬぐらいなら登校は止めた方がいい、と僕は思う。
これは当時の考えであった。今の自分もこの考えとだいたい一緒だ。高校は過ぎ去るところだし、今は大検があるから、大検で大学を目指せばいい、と言うのが今のぼくの考えだ。つまり、だいたい今と一緒だが、微妙なところは違う。それはあとで話す。
ともかく、僕たちは僕の内面を除けば仲むつまじい団欒をしていた。外は冷厳(れいげん)なる世界がますます深まる中、僕たちは温暖(おんだん)な世界を享受(きょうじゅ)していた。
「ち!マジむかつく!」
女子生徒が机を蹴った。金村さんのグループについている。千早という女子生徒だった。千早は身長が高く、男勝りな言動をして、それでいて運動が抜群な女の子だった。
その子が机を蹴ったのだ。理由は彼女が、いや彼女たちがいらだっていたからなのだ。
「これで3回目だよ。私らが成田のゴリラに捕まったのは、どう考えてもおかしいよね」
里見という金村についている女子生徒が話す。それに千早も大きく肯く。
「ああ、おかしい。誰かがちくってるとしか思えない!だれがちくっているんだ!」
また千早が吠えた。昼食時、彼らはまた村田を連れて行こうとして、僕がまたメールで成田先生に知らせたのだ。それで彼らのいじめが阻止されたのだ。
しかし、また彼らに誰かが密告をしているという事実を何か確信させてしまったようだ。
「ち、だれがちくってんだ。ただじゃ、おかねえ」
そう千早は毒づいた。もう、授業が始まる10分前だ。そのとき、僕は便意がもう要してきたので今度こそ、トイレで用を足すべくトイレに向かった。
僕が金村さんのグループにすれ違うとき、そのとき、僕に千早が呼び止めた。
「おい、笹原」
僕は心臓がびっくりした。だが、なるべくそれを出さずに振り返る。
振り返ると疑わしそうに見る千早の顔があった。
「何ですか、千早さん」
僕がそう言うと千早が追求するような目をしてこう言った。
「お前、ちくってんじゃないだろうな?」
ついに来たか。
そのとき僕の胸に到来したのは衝撃ではなくてあきらめだった。いつかは聞かれるんじゃないかと思ったが、実際にそう来たのだ。そう、すとんとした感覚を僕の臓腑に落とされたのだ。
「違うよ」
そう僕はダーツ投げのように素っ気なく、軽く言った。
僕の言葉に千早はぽかんとした表情をしていたが、何かを言う前に僕はその場から出た。まだ、便意があったので。
「いやー、来てくれてありがとう。笹原。お前のおかげでこちらは大助かりだよ」
そう、快活(かいかつ)な様子で成田先生は言った。僕は今、職員室に来ている。あまり、来たくなかったけど、成田先生が僕を呼んだので、僕はついてきたのだ。
「先生、用件は何ですか?できれば、ここに来たくないのですけど」
僕は先に懸念(けねん)があって、不安そうな表情で言ったが、先生はそんなことはお構いなしで話し始めた。
「いやー、笹原のおかげで、またいじめを阻止することができたよ。ありがとう、笹原。これは感謝しても仕切れないくらいだ。ほんと、ありがとうな」
そう言って先生はこちらに手を合わせて仏様を拝むみたいに、感謝の言葉を口にした。
僕は先生の悪気がない態度に僕は少しいらっ、と覚えて一つのことを言った。
「それで、先生。用件は何ですか?今、ぼくの状況を分かっていますか?今、金村達は度重なるいじめの妨害に密告者がいると言うことを確信している状況で、それで今日の昼、僕も疑われたことがあるのです。そのときは大丈夫でしたが、近いうちに僕が密告していたと言うことも分かるでしょう。だから、今僕が職員室に行くことは危険なんです。これはおわかりいただけましたか?」
そう僕は一気にまくし立てると成田先生はカメムシのように黙った。どうやら、成田先生にも事の重大性がようやく認識できたようだ。
成田先生は顔を凝固(ぎょうこ)した表情で言う。
「それで、ばれたのか?」
「いえ、まだです」
そう、僕が言うと、彼は張り詰めた空気を一息抜いた。
「そうか、でも油断はできないんだな。分かった、この件について後で考えておく」
そう一息入れて、それで先生は身を微妙に乗り出していった。その態度は何か今までとは違っていた。ハッキリと何かはわからないが、居間までは問題に向かって突進するような態度だったが、居間はその問題を置いて何かをつかむために迷走するような態度だった。そんな僕の困惑をよそに、先生は気づかず言葉を言った。
「笹原、俺がお前に聞きたかったことがある。単刀直入に言うぞ笹原、お前はいじめのことをどう思う?いじめはどうして起こると思うんだ、笹原?」
そう、先生は海の間際にある削り取られていく崖のような表情をして言ってきた。これには僕も予想外の問いだった。まさか、先生がそういうことを知りたかっていただなんて、予想外な問いだった。
「意外ですね」
僕はそうぼそっと言った。
「そうか?」
「ええ、意外な問いですね。先生がそんなことを考えていたなんて、僕にとっては意外です」
僕がそう言うと、成田先生は頬を指で掻いて、パスタをゆでる塩のような困惑をした。
「そうか、そんなに意外か?でも、俺は結構(けっこう)こんな事を考えたりするんだ」
「へー」
僕は改めて成田先生を見る。成田先生はそのがっしりとした体格と鋭い目、太い腕、しわもいくらかは得ているが、言い方は悪いがゴリラのような力強さがあった。
この人がこう言うことを考えているなんて意外だ。
そういうことを考えつつ、僕も自分の意見を整理したかったのでこれまで考えていることを述べることにした。。
「そうですね。じゃあ、僕の考えを言いますよ。僕はいじめはどこにでも起こりうるものだと思っています。なんか、僕たちの感覚だといろんな事にむしゃくちゃしているんですよ。だから、何というかいらいらしているんです。
学校のこと友人のこと親のこと将来のこと、もうこれら全部がいらいらしてしまう原因がこんなにもあって、だからむかつくんです。金村や村田は何を思ってあんな事をしたかというと多分、理由はないと思います。理由はさっき挙げたことだろうと思いますが、あまりに錯綜(さくそう)し、個々の悩み達が重層化して、底に溜まったものはどろどろとしているんです。とにかく、理由と呼ばれるはっきりしたものはないと思います。僕が言えるのはそれだけです」
そういうことを僕は言った。成田先生は黙っていたが、やがて口を開いた。
「…………。そういうものなのか?」
「はい、これが僕の考えです」
成田先生は風に吹かれる稲穂(いなほ)のように黙っていた。僕の風に成田先生自身揺らされているのだろう。だが、成田がまた口を開く。
「分かった。笹原の意見を聞かせてもらってよかったよ。いじめについても笹原のことについても何かいい案がないか検討してみるし、もうみだりに職員室には呼ばない。呼ぶときは学校の外で会おう。今日はわざわざ、足を運んでくれて、ありがとうな。笹原。じゃあ、また明日教室で会おう。さよなら」
「ええ、さよならです」
そうして、僕は先生にお辞儀(おじぎ)をして、出て行った。
僕は校舎を歩いて、下駄箱にいき、外に出た。そのときに署名活動をしていたフレイジャーにばったり会った。
「お願いします。冬の下衣服選択制の署名にご協力下さい」
フレイジャーは僕の目を見つめながら冬の冷気のような透き通った声で署名の表を持って僕に署名を勧めてきた。
冬の寒い中、一人でこの運動をまだしていたのか。
僕はその表に自分の名を書いた。フレイジャーはそれを見て氷の像のような冷たさを持って言った。
「ありがとうございます。結構(けっこう)集まったので、近いうちにこれを校長室に持って行くわ。どうなるかは分からないけど、まず、反応を見るつもりよ」
「そうか、どうなんだ。数は?結構(けっこう)と言っていたけど、何人ぐらい集まったんだ?」
フレイジャーは口ごもってこう言った。
「100人よ。ほとんどが女子だわ。署名してくれた男子は数えるほどしかいないわ。まあ、女子の中にも冬でもスカートがはきたいという子もいるから、一概に男子が口を挟むことではないかも知れないけど、でも、もう少しいてもよかったと思っている。これを元に女子の制服をスカートにするか、パンツにするかの選択制を提案してみるつもりよ。まあ、いきなりかえるというのは無理かも知れないし、制服だと手続きが面倒かも知れないけど、まず、一石を投じたいの」
フレイジャーは火鉢(ひばち)に火がついたように胸に秘めた熱さをその炎をちらちらと外に出していた。
僕はそんなフレイジャーに小春日和(こはるびより)のような光で言った。
「うん。そうか。まあ、スカートの選択制ができるといいよね」
それにフレイジャーがふっと微笑みをした。確かに笑ったのだが、僕にはその微笑みが孤高に山に登山する、登山家のように見えた。
「ええ、そうね」
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