第17話17

 4章 夏休み。




 夏休みが来た。ついに来た。

 夏休みの初日、ぼくは心の中で独りごちをした。それほど、この日を待っていた。

 もう、あんないじめを目撃しなくてもよい。期間限定だけど。

 居間に寝そべりながらこんな事を考えた。もうあんな日は終わったのだ。もう解放された。確かに期間限定だけど、今はこの休息のときを楽しもう。

 そう、思いごろごろしていたが、やらなければならない宿題を思い出した。結局休めないな。

 そう思い、勉強に取りかかろうとしたが、そのとき携帯電話が鳴った。見ると寺島さんからだった。

 ぼくはこの気持ちをなんと言ったらいいのだろう。寺島さんからの電話はうれしいけど、居間は心理的にたくさんの陰鬱(いんうつ)な気持ちが重なって、居間、あまり寺島さんの元気100%な人にあまり会いたくないけど、やっぱり寺島さんには会いたい気がする。もう少し日をおいてから電話をして欲しかった。

 そうは思っていてもやっぱりぼくは寺島さんの電話を取った。

「はい、もしもし」

『ああ、笹原君、元気だった?』

 寺島さんは今日はおとなしめな声で言ってくる。何だろ、4人だと元気になるけど、二人っきりだなんだかおとなしめだ。まだ、自分を友だちと認めていないのだろうか?

「ああ、はい。元気です。寺島さんも調子はどうですか?」

『ううん、大丈夫、私は元気だよ』

 僕たちは簡単な社交辞令をしてから、本題に移った。

「それで用件は何ですか、寺島さん」

『ああ、うん。あのね、これから私たち3人で勉強会をすることになったんだけど、よければ笹原君もどうかな、と思って。あ、無理にって訳じゃないのよ来たくなければこなくていいのよ。どう?笹原君』

 そうか、勉強会ね。考えたことなかった。自分に勉強会の申し出がくるなんて………。

「わかったよ。ぼくも参加します。それで、どこに集まればいい?」

『ああ、参加してくれる?よかった〜。やっぱりさ、笹原君もいないとなんか、ダメなのよね〜。私は参加してくれてうれしいよ。あ、そうだ、場所ね。場所は光の家だよ。でも、笹原君にはわからないね。ふじうらのところで待ち合わせたらいいかしら?』

「ええ、いいですよ」

『わかった、それじゃあ、私が迎えに行くから待っていてね』

 それで電話が切れた。ぼくはリュックサックに筆箱と教科書と問題集とノートを入れて出かけることにした。

「あら、一樹君。でかけるの?」

 洗濯物を干していた。康子さんが聞いてくる。

「あ、はい。友だちと一緒に勉強会をしようかと思って」

 そう言うと康子さんは目を細めていった。

「そう、それじゃあ、車に気をつけてね」

「あ、はい」

 それで出かけようとすると、また電話がかかってきた。何だろ?

「はい、何ですか、寺島さん?」

『あ、これ忘れてたんだけど、何か、お菓子を持ってくること!これ、絶対必要だからね!』

「ああ、はい、わかりました。寺島さんて案外(あんがい)食いしん坊なんですね」

 そう言うと寺島さんがものすごくまくしたててしゃべってきた。

『違う!違う、違う。あのね、これはね、友だちでお菓子を持ち合うのは乙女の流儀なの!それを食いしん坊だなんて言っちゃダメよ!食いしん坊じゃないんだから!』

「ああ、そうなんですか?いや、すみませんでした」

『そうそう、わかればいいのよ。わかればね、ともかく何かお菓子持ってきてね!』

 そう言うと電話が切れた。僕は携帯電話をしまい、自転車に乗り家を出る。

 やれやれ、菓子だと言っていたっけ。ふじうらの前にまず、セブンイレブンに行くか。

 そんなことを考えながらセブンイレブンに行く道をこぐ。真夏の日照りが僕を容赦なく照りつけた。




 セブンイレブンで菓子を買い、そのままふじうらに行く。そして、両社はものすごく近いのですぐついた。

 自転車置き場に止めようとすると寺島さんがそこで手を振っていた。本当にここは小さいスーパーだからすぐわかるのだ。

ーしー、じゃり。

 自転車を寺島さんのすぐ隣に置いた。

「おはよう、笹原君」

「ああ、おはよう、寺島さん」

 寺島さんは白のTシャツとブルーのジーンズをはいていた。すごくシンプルでこざかしい華やかさとは違った、シンプル故の美がある。今日何が起きるのか、寺島さんに聞いた。

「寺島さん。今日の勉強会は何を勉強するんだ?」

「あ、うん。そうだね。それまず、話さないといけなかったのに、私何を言ってたんだろ。ごめん、数学と英語を勉強しようかと思っているの。笹原君はそれ持ってきた?」

「ああ、持ってる、数学と英語と世界史と化学つっこんだから」

「そう、よかったー」

 そう言って寺島さんは微笑んだ。こういう微笑みの時は夏の体力が絞られる気候が、一瞬(いっしゅん)で春風に変わったような気がする。でも、本性はニワトリだから、もう恋をすることはないだろう。

「よし、じゃあ、行こうか。笹原君」

「はい、行きましょう」

 



 僕たちはふじうらから、まず瀬野駅方面の道を行って、そこで瀬野駅には行かず南西方面の国道220号の道を少し進んでそこに小道があってそこに入る。それから、その小道の沖に入る道に寺島さんは進む。そして、住宅街のある細々とした道に入ってその一角に真部の家があり、僕達はそこに到達した。ずっと、寺島さんのあとをついてきたのだが、改めてみると寺島さんの体は華奢(きゃしゃ)さを感じさせた。

 スタイルはきれいなのに、性格はあれだからなぁ。とにかく残念な女の子だ。

 それが僕の可憐(かれん)な寺島さんの体格を見た感想だった。ともかく、真部の家は屋根瓦(やねがわら)などがある古い日本の家だった。

「笹原君、こっち、こっち」

「あ、ああ」

 寺島さんに連れて行かれ、裏庭に行き、自転車を止めた。それから、真部の家に立った。真部の家は古い日本の住宅で瓦なんかがある、それは古い家だった。チャイムを押したら、真部がでて、すぐに開けると行って切れた。

 僕たちは二人で待っていたけれど、やがて、寺島さんがこう切り出してきた。

「どう?笹原君。光の家を見た感想は?」

「ええ、まあ、驚きましたね。こんな古風な家だなんて」

「でも、この辺じゃあ、こう言うのは別に珍しくないわよ。ほかにもこんな家は結構(けっこう)あるからね」

「へぇ。そうなんですか」

 そんなことを話していたら、真部がすぐ家の鍵を開けた。

「よく来たな。それじゃあ、上がって」

「おじゃましまーす」

「おじゃまします」

  それで僕たちは家に上がった。家は少し小さめな外観をしていて、入ってみるとやはり玄関は狭かった。玄関にはおそらくスリッパなどを置く戸棚の上に狸(たぬき)の置物とアロエの植木鉢が置かれてあった。そして、僕達は階段を上がる。階段を上がる最中に僕の鼻はキンモクセイのような香りを嗅いだ(かいだ)。部屋に入るともうすでに来ていたフレイジャーはこちらに一瞥(いちべつ)をして、すぐに問題集に取りかかっていた。

 布団とテレビとちゃぶ台と座布団が置かれてある、普通の部屋だった。

「さ、どうぞ」

「ほら、笹原君も入ろう」

「ああ」

 それで寺島さんはフレイジャーの隣の席に移動した。ぼくも寺島さんの隣に移動する。真部はぼくとフレイジャーの隣に移動して、みんなは座布団に座る。

 さて、まずは数学から解かないとな。

 そう言って、僕たちは勉強をし始めた。




 ぼくは数学の微分・積分をやっていたが全くよくわからなかった。教科書をよく読んでしようとしたが、やはりわからなかった。

「ああ、ダメだ」

「ん、何がだめ?」

 ぼくの言葉に寺島さんが反応してきた。しまった。

「ははーん、あれだ。微分・積分で止まっているんだ。しかも、初歩の極限で止まってるじゃん!笹原君、大丈夫なの?」

「ま、まあ、大丈夫ですよ。赤点を取ったら追試を受ければいいんで」

「もう、赤点なんか取らないように勉強してよね。いや、してるのか。まあ、いいや。それでね極限はね、このlim1|nでね。このnの単位が大きければ大きいほど、0に近いの。わかる?」

「……………だから、この答えはこうなる訳なの。わかった?」




 僕たちは一通り勉強を済ませて、あとはお茶会と言うことになった。

「じゃあ、みんなお菓子を用意した!?」

「ああ、したよ」

 寺島さんが大声で言っていた。よほど、この時がうれしいんだろうな。

「じゃあ、みんなだそうよ〜」

 それでみんなリュックやらバッグから物を出す。

 ばらばら。

「何々、リンちゃんはビターポッキーとダースのビター味。げげ、ビターチョコか〜。私ビターチョコ好きじゃないんだよね」

「人の好みにとかく言うつもりはないけど、甘いものばかり好きだと子どもっぽく見られるわよ」

 寺島さんはリスになった。

「は〜い」

「はい、次は光か〜」

「ああ」

 寺島さんはなじみの商店街の品を見たような表情で行った。真部もなんだかおなじみの光景らしい。

「ええと、トッポにポテチ。もう、ほんとあなたの好みは変わらないわね〜」

「そんなことはない。いつもはうすしおだけど、今日はのりしおだ」

「ああ、確かに」

 それで寺島さんも納得していた。

「でも、ほとんどポテチばかりじゃない、光、もっとバリエーションが欲しいんだけど」

 それに真部はうっとうしそうに言う。

「別にいいだろ。みんなとの菓子はこう言うものがないとダメだ。甘い物ばかりでは飽きるだろ(あきるだろ)」

「まあ、確かに」

 そう言って寺島さんは渋々(しぶしぶ)引き下がった。まあ、それはいいのだが、こっちとしては別のところで問題がある。

「じゃあ、笹原君はどんなのかな?」

 そう言って寺島さんはぼくに天使の笑顔で語りかけてきた。いつも、思うのだが普段とおとなしめのギャップがすごいな。

「ああ、ちょっと、人とかぶっているところがあるけど、いいかな?」

「そんなこと気にしないでよ。というか私たちそういうのよくあることだから、特に女子同士の集まりではね」

「じゃあ、出します」

 それでぼくはチップスターとトッポを出した。

「ああ、かぶってるね」

「ええ、かぶってるわ」

「まあ、こういうこともあるな」

 それぞれ、好き勝手に言っていたが、やがて収まった。

「まあ、まあいいじゃない、かぶっていても!私トッポ好きだし、もうこれでいいよね」

 それで次は寺島さんの物に移ったのだが。

「じゃあ、美春出して」

「うん!」

 寺島さんは元気よく頷いたあとお菓子を出した。

「え~と、なになに…………イチゴ味の沙羅とイチゴ味のきのこの山。おまえのほうがバリエーションがないぞ!」

 これを見た真部が怒り出した。それに寺島さんは口をとがらせてこう反論してきた。

「え〜、だっておいしいんだもん」

「それ、今さっき俺が言った台詞(せりふ)とほとんど変わらない。しかも、おまえは俺にもっとバリエーションを持てと言っていたけど、おまえのほうがバリエーションはないじゃないか」

 真部はジト目で寺島さんを見た。

「い、いや~。だってさ、イチゴ味おいしいでしょ?美味しいものは買いたくなるのが道理じゃない?」

 手を振りながら、そうやって賢明(けんめい)に自分の行動のいいわけを寺島さんはしていた。寺島さんてさわがしいだけじゃなくて結構(けっこう)ルーズなんだな。

 真部は時と目で見ていたけれど、やがて観念(かんねん)したかのように息を吐き、立った。

「じゃあ、俺はジュースを用意してくる。たぶんいろんなものを買ったから好みの物はあるだろう。美春も来い、おまえは皿の用意をしてくれ」

「オッケース、軍曹!」

 寺島さんは立って敬礼をした。

「おまえらはどうする、座ってるか?」

「いえ、手伝えることがあるのなら手伝います」

「私も座っていくのは退屈だから、何かあるならやるけど」

 僕たちはすぐに言った。それに真部は頷いてこう言った。

「じゃあ、笹原は俺とジュースを出してもらおう。キャサリンはコップの用意を、美春に聞けばわかるから」

「わかった」

「わかったわ」

 それで僕たちはそれぞれ行動を始めた。




 階段を下り、居間にでるのだが、居間の簾の方に足を踏み入れる。その簾の向こうに左手が風呂場、右側がキッチンと冷蔵庫が置かれてある。

 僕達は冷蔵庫を開けた。

 冷蔵庫にはコカ・コーラとスプライトと午後の紅茶レモンティーと緑茶とがあった。

「まあ、4人だからこんな物だろう」

「そうだね」

 それでいったん全部出して、寺島さんが言ったのを確認して、運んだ。ぼくはアクエリアスとウーロン茶を運び、真部はコカ・コーラとスプライトを運んだ。

「だいじょうぶ?」

「大丈夫だ。それよりも、早く移動してくれ」

「あ、うん。そうだね」

 それで僕たちは移動をした。




 真部の部屋まで運ぶともう、フレイジャーが皿の上に菓子を出していた。

「へ~、よく運べたわね」

「まあな」

 そう言いながら僕たちは出すのを手伝って、すぐに寺島さんがあとのコップを持ってきた。そうしたらもう、ほとんどの菓子を出し終えて寺島さんがこう言った。

「よし!もういいでしょう。それじゃあ、みんなお茶会をしよう!」

「ああ、そうだな」

「みんなジュースは自分たちで注いでね」

 おのおのが注いで指定の席につく。それで寺島さんがコホンと席をついてこんなことを言い出した。

「コホン。え〜、乾杯の音頭はこの寺島美春が取りたいと思います。今日は天気朗報なれど、勉学の壁高しと皆様感じていたと思いますが、この寺島美春!そのような物は感じませんでした。いや、きつかったけど!がんばれました。なぜなら!このお茶会があるからです!こういうつらいときこそ一時の休息が必要だと私は常々思っています」

 そう寺島さんが芝居がかったことを言ってると、横で真部がぼくの腕をつんつんと突っついてこんなことを言った。

「あいつ、中学生のときはほんと勉強がダメだったんだ。当時、俺が勉強を見てやったけど、やろうとしたら泣くわ、わめくは、ひっかくは、で大変だったんだ。やってもふくれるわ、逆ギレするわ、だめ出しするわですごく扱いにくかった。あの時は美春を人ではなくて獣だと思ったね」

「こら!そこ!」

 この真部の言葉に寺島さんは大声で怒った。

「もう!なに人の恥ずかしいところを言っているの!あのね、笹原君、これは嘘なの。嘘じゃなくても光が昔のことを拡大解釈してるの。信じないでね」

 寺島さんは真部を攻撃しつつ、ぼくには首をかしげてかわいらしく、言ってきた。

 ただ、なんだか美人の悪徳商法の人にしか見えないのはなぜだろう。

「笹原をたぶらかすな、美春」

「た、たぶらかしてない!たぶらかしてないんだからね!」

「それよりもさ、私、早く食べたいんだけど」

 寺島さんと真部の二人の争いに波及しそうになったところでフレイジャーが水を差した。

「うん、ああ、よし、じゃあ乾杯!」

 それで乾杯と言うことになった。しかし、これでいいのか?なんか、かなり安直な気がするけど、まあ、いいことにしておこう。グラスをみんなで合わせ、飲み出す。

「いや~、一学期もいい学期だったね」

 フレイジャーはぼくをちらりと見ていった。

「ええ、そうね」

 ぼくは真部とグラスをつきあわせて今期の話をした。

「一学期、お疲れ様です」

「ああ、お疲れ様」

 スプライトを飲みながら話をする。

「真部、今学期、何かあった?」

「いや、特に。まあ、あれだ、ラブレターを6通ぐらい受け取ったことぐらいだ」

 それに寺島さんが反応した。

「あ!ラブレター、私も受け取ったよ!2通ぐらいあったけ、あれだよね、そう言うのって自分の宝になるよね」

「いや、そう言われてもわからない」

 こっちに話を振ってきてもらっても困る。そんな物、受け取ったことがないんだから。

「そうか、そうだったね。普通、ラブレターそんなにもらわないよね。まあ、いいや。それよりもさ、私すごく今幸せなんだけど!なにかさ、クラスのみんなとも仲良くなっているから、もう、学校が楽しくてたまらないんだ。ねえ、笹原君は楽しい?」


 そのことを寺島さんは満面の笑顔で言った。ぼくはなんだか虚を突かれた思いをした。学校にいい思い出なんてなかったから、それはとても意外なことだった。自分にとって学校はとてもいやなところだった。あの、みんなで行動して当たり前というのがいやだったし、人が試される空気がいやだったし、とにかくいやなところしかなかった。


 まあ、それでそんなぼくの主観と寺島さんが言う楽しくてしょうがないという主観のずれがなんだかすごく意外な感じを感じた。何だろう、みんなそれぞれの主観があるとはよく聞く言葉だけど、実際に聞くとそうではない、と思ったんだ。主観とは自分の今まで見て、感じた自分の考えだ。自分の考えは自分の近くを通してしか知ることができない。それで主観はそれぞれ一人ずつが持つ物だ。他の人は知ることはできない。


 自分の主観を通してしか世界に接触できない。ということは主観は自分と世界をつなぐある種の架け橋的な存在な訳だ。主観はある種の自分の世界認識な訳なのだ。しかし。


 しかし、ここでもう一つの主観、他人の主観がやってくる。これは驚くべき事だ。何だってもう一つの世界認識がやってくる訳なのだから。自分が揺さぶられる。そう言ってもいいほどのことだ。そのもう一つの世界が迫ってきたのだから、人の考えは人それぞれなんて簡単のな言葉では決して言えるはずがない。ぼくは今、そう思って揺さぶられた。

「私は普通よ。別に変わった事なんてないわ」

 フレイジャーはしたり顔で言った。

「俺も別に変わったことはない。普通だ」

 真部もそう言った。

「ぼくはいやですよ。学校なんて、何だろうな、人と競争させられる空気がいやでしょうがないですね」

 僕たちの言葉に寺島さんはふんふんと頷いた。

「まあ、あれだね。いろんな考えがあるよね。フレイジャーと真部はいいけど、笹原君は学校はダメなんだ」

「はい、ダメです。実際にクラスで友達を作ったことはないし、なんだかやっぱりダメです。学校は」

「ふんふん」

 寺島さんはしきりに頷いていたが、こんなことを言ってきた。

「でもさ、やっぱりさ。何だろ、たぶん生きていればいいことあるよ。私はそう思うな。今はあんまし学校になじめなくても、まあ、あれだよ。学校だけが人生じゃないから、生きていればいい出会いもあるって」

 そう言って、寺島さんはぼくの肩をぽんぽんとたたいた。

「ああ、ありがとう。寺島さん」

 まさか、こんな風になぐさめられるとは思わなかった。というより、人からなぐさめられた経験がなかったのでなんだか体がびっくりして、驚きの感情が遅れて、体外に発せられなかった。

「よし!ここは笹原君のいい出会いを祈願して、ここで『祈願飲み会』をしよう!笹原君のために飲もう!みんな!」

 そう言って、寺島さんはみんなにジュースを注ぎまくってぼくの肩を組みながら『幸福よ来い』を歌った。ぼくはそんな宴会のような空気に飲まされつつ、こういうのって漫画とかでよくあるけど、実際にこう言うことを経験するとうれしいな。




「あ、もうこんな時間だ」

 みんなでいろんな事を語り合いながらあっという間に時が過ぎて、6時に鐘が鳴って、ようやくそのくらい時刻が過ぎていたことを知った。

「それじゃあ、そろそろ解散と行くか?」

「そうだね、そうしよう」

 それで僕たちは片付けを始めた。菓子の袋を捨て、ペットボトルをしまい、残った菓子は。

「真部」

「うん?」

「残った菓子はどうする?」

「それはあれだ。また、明日ここに来るだろ?」

「うん!くるよ!」

 真部はぼくに聞いたはずなのに片付けをしていた寺島さんが元気よく答えた。僕は真部に聞いていたのだが、まあ、いいや。

 真部は寺島さんを無視してぼくに話しかけた。

「それでたぶんみんなここで勉強会すると思うから、それは取っといて、明日の予定は片付けが終わったあとはなそう」

「わかった」

 それで残った菓子はそれそれの箱に戻して、真部が持ってきた紙の袋に入れた。4人でやると片付けはあっという間に終わった。

「さて、明日の予定はどうする?」

 それに寺島さんが手をあげる。

「明日の予定は………私、ラングドシャを食べたい!」

「違うでしょ」

 それにフレイジャーが軽く寺島さんの頭をはたいた。

「いった~い。何よ、ただのフレンドリーなジョークなのに、そこまで怒ることないじゃない」

「まあ、それはともかく」

 真部は寺島さんとフレイジャーのやりとりを無視して話を進める。

「じゃあ、明日は何を勉強する?」

「明日も数学と英語を勉強しましょう。連続でやった方がやりやすいわ」

 フレイジャーのその言葉にみんなは異論を挟まなかった。これでほとんど決まった。

「よし、そうしよう。それじゃあ、解散」

 それで解散をしてみんな帰って行った。




 夕刻のとき、僕らは真部家の裏庭で自転車を動かしていた。

「みんな、お疲れさん」

『お疲れ様』

 真部がみんなに声をかける。みんなもそれに返事をした。

「いや~、今日はみんな、楽しかったよ。ありがとね」

 自転車を出しながら、寺島さんが言った。

「いや、こちらこそ、楽しかったよ、寺島さん」

「ええ、そうね。楽しくなかったらこんな所には来ないわ」

「いや、ありがとう」

 そう言って、寺島さんはフレイジャーさんと何か話しをしていた。

 真部の家の地帯は何軒もの家が連なっていて、出ると道路が南北に向かって一本の線を引いている。僕は北側に行くけどみんなはどちらに行くのだろう?

 真部はぼくに近づいてきた。

「笹原、今日はありがとう。一緒にいてくれて助かったよ」

「そうですか?」

「ああ、一緒に来てくれて助かった」

 真部は優しい声で言ってきた。表情はあまり変わっていなかったけど、そう言ってきた。

「まあ、いつもは女子二人としているんだ。別にあの二人にはそこまで不満を覚えないけど、けれど男子がいてくれて助かったよ」

 そう言って真部は微笑んだ。

 ぼくはなんといったらいいのかよくわからなかった。けれど、これだけ入っておきたかった。

「いいえ、こっちが助かったよ。今まで友だちなんていなかったからこんな誘いに参加できてほんと助かった。ありがとう」

 そう言って、ぼくは頭を下げた。この事は本当だ。今まで友だちなんていなかったらこんな誘いに参加できて本当に助かったのだ。

「いや、そんなかしこまらなくてもいいよ。そんなたいしたことはやっていないから」

 ぼくは頭を上げた。真部は困ったような顔をしてこんなことを言った。

「まあ、何だ。とにかく気をつけて帰るんだぞ」

「わかりました。また、明日」

 そうしてぼくは手を振って、自転車に乗った。真部も手を振っていた。

「ああ、また明日」

 その声を聞きながらぼくは自転車に乗って帰った。今日はいいことがあった。こんなにいいことがあるなんて、今日は本当によかった。

 そう思って、帰って行くと後ろから声が聞こえた。止まってみるとなんと、寺島さんがこちらにやってきたのが見えた。

「ああ、やっと止まってくれたよかった〜」

 そう言いながら寺島さんはぼくの所にきた。

「お疲れ様、笹原君」

「あなたこそ、お疲れ様です。それより、寺島さんはどうしてこちらに?あっち側に行くんじゃなかったの?」

 そう言ってぼくは道路の向こう側を指さしたけど、寺島さんは首を振ってこう答えた。

「ううん。あっち側に私の家はないよ、あれはただ、リンちゃんと話してただけだから、私の家はここよ」

 そう言って、寺島さんはこの真部の横にある一つの現代風の一軒家を指さした。

「え?本当?」

 寺島さんはこくこくと頷いた。

 確かに表札に『寺島』と書いてある。

「ええ~!真部と家が近いじゃん!」

「うん、そうなの」

 思わず、本気で驚いてしまった。だって、ねえ、近いし。寺島さんはぼくの言葉ににこにこしていた。

「うれしいな」

「?」

 いったい、何がうれしいんだろ。ぼくの疑問にまるで答えるがごとく、寺島さんはその理由を言う。

「笹原君がそういう本気の表情をしてくれて。なんかさ、笹原君て、ちょっとおとなしいからよくわからなかったけど、そういう表情をしてくれてよかったよ」

「え?ぼくってダメだったの?」

「ううん、そう言うんじゃないけど、せっかく友だちになったのに遠慮(えんりょ)しちゃあ、友だちとして寂しいよ、という話なだけ。笹原君がそんな表情をしてくれて私はうれしいよ」


 そう言って、寺島さんは微笑んだ。ぼくはなんだか不思議な気分だった。自分としては普通にやっていただけなのに、遠慮(えんりょ)していると思われるなんて。でも、いわれてみるとやはり、それは事実だった。確かにぼくは遠慮(えんりょ)していた。今のぼくも一握りの友だちは遠慮(えんりょ)をしていないけど、やはり人に対して遠慮(えんりょ)をしているし、友だちもそんなに多くない。


 遠慮(えんりょ)と美春はいったけれど、本当にそうなのだ。ぼくは人に遠慮(えんりょ)をしてしまう。というより、話す、タイミングがよくわからないのだ。だから、よく人にどういうときに本音を言えばよくわからない。だけど、美春達には遠慮(えんりょ)なく話せれていると思う。

 それで寺島さんはつづけてこんなことを言った。

「笹原君。笹原君はね、そんな顔をしておいた方がいいよ。そっちのほうが魅力的だし、何よりさっきの表情の方が自分にとってもいいでしょ?」

 そう言って寺島さんはにっこり笑ってから、またおどけた顔を出した。

「な〜んてね、他人の私が笹原君の心中なんてわかるわけないよね。ごめんね、笹原君。でも、さっきの笹原君のほうがいつもよりも何倍も魅力的だったから、それは間違いないからね」

 そう言って寺島さんは笑った。ぼくはなぜかはっとした思いだった。なんといえばいいのか、寺島さんに言われてうれしかったよりも、何か気づいたような気持ちだったのだ。自分の行動が人に影響を与えれるということに気づいたのだ。

「いや、ありがとう、寺島さん。何か心が晴れたような気がしたよ」

「そう?」

 寺島さんはまた笑った。それは晴天のような晴れやかな顔だった。別に好きというわけではないけど、でも一人の友人として、友だちがこのような笑顔をしたら悪い気はしない。

「じゃあ私はこれで。また明日ね、笹原君」

「はい、また明日。寺島さん」

 それで僕たちは別れた。夕焼けの赤に街を朱色に塗り染めていた。




 朝、起きたらまず、頭に変調を感じた。

 なんだろ。

 とにかく、頭に鉛(なまり)が押し込められたみたいに何かからだが動かない。体を動かしてみる。しかし、何か変だ。体全体が鉄の鎧(よろい)でも着たみたいにすごく重い、だるい。それが今の自分の姿だった。

「ああ、体がだるい」

 ぼくはそうして、階段を下りて居間に向かった。

「おはよう、笹原君」

「おはよう」

「おはようございます、おじさん、おばさん」

 ぼくは朝食のトーストにチーズをのせて焼いて、コーヒーを入れて食べることにした。しかし、やはり体がだるい。

「一樹君。勉強のほうはうまくやれているかい?」

「はい、友だちと勉強会をして、それがうまくいっています」

「そうか、そうか」

 おじさんは優しく頷いた。

 おじさんのことはいいのだが、しかし、本当に体がだるい。今日はまた勉強会があるのに、体調をコントロールしなければ。

 窓を見ると空も曇天(どんてん)だった。重く、暗い濁り(にごり)の中の空気でぼくはあがく。何とか体調が戻れるように、何とか体を動かせるように、ひたすら濁りの海で体を動かしていた。

 朝食を片付け、着替えをしようとするが、あまりにも体が動かないそれでも何とか動かそうとした。居間の上の蛍光灯がちかちかと電気が切れかかっている状態になっていた。。



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