第14話14

 いじめは止まらなかった。全く止まるそぶりも見せずにいじめは確かに進行をしていた。いや、もう進行ではなくて進化の頂点にすらなっていた。

 ある日、体育の時間。普通に授業をしていたが、先生が急用ができたとのことで授業を抜けてしまって、自主トレということになった。

 僕はその自主トレの時男子からの言いつけでサッカーボールを取りに行かされたときに、僕は倉庫に行ってサッカーボールを取ったのだが、そのときにある音が聞こえた。それは倉庫の裏で音がしたので、僕は裏手に回ったのだが、そこで見たものは……………。

 それを初めて見たとき、僕は誰かが抱き合っているように見えた。だが、それは違っていた。よく見ると女子生徒を男子生徒が羽交い締めをしているのだ。そして、もう一人の男子生徒が女子生徒に向かってダッシュし、跳躍する。そして、その女子生徒に向かってドロップキックを食らわせたのだ。

 ドゴ!

 女子生徒が大きくよろめいて、盛大にむせた。それを見たその場にいたほかの女子生徒、村田たちが大いにドロップキックを食らわされた女子生徒波田(はた)さんを嘲った(あざけった)。

「ははは、ちょ〜、おかしい〜。見た!里子!あれちょ〜受けるよね!」

「うん。すごくおもしろいわ、これ」

 それから男子たちが代わる代わる、波田(はた)さんにドロップキックを食らわした。男子たちが断片的な会話を総合していると誰が一番波田(はた)さんにダメージを与えられるかで競争をしているらしい。

 二人目の男子がドロップアウトをかます。

ーどん!

ーげほっ!げほっ!

 波田(はた)さんが大きく咳き込んだ。相変わらず村田たちは笑っていた。

 僕はあまりの衝撃を受けたのでしばらく立ち尽くしていたが、おそるおそる逃げようとして一歩後退した。

 しかし、それがいけなかった。運悪く落ちていた缶を踏んづけてしまった。

 当然、金田が僕に気づいてこちらに近寄ってきた。

「おい、笹原、なに見てんだよ」

 そう金田がガン付けてきたが僕は素っ気なく言った。

「別に」

 僕はそろそろ引き際だと思って逃げようとしたが、そのとき、3人目の人が蹴った。

ーどんっ!

ーげほっ!げほっ!げほっ。

 今度のが今まで一番激しい咳き込み方をした。男子たちは3番目の人をこれは優勝決定か!といってからかっていた。女子達も、マジ受ける、次はどんなリアクションをするんだろうね、といっていた。金田もそれにすごく興奮していた。 

「おおー!今の見たか!笹原!今のスゲーいったぜ!」

 男子たちが波田(はた)さんを立たそうとする。しかし、波田(はた)さんはたたなかった。真剣に嫌々をした。

 それが何か村田たちを刺激したのだろう。村田たちは波田(はた)さんそばに行ってその顔にがつっと足で踏んづけてからこう言った。

「何、かまととぶってんだ!この豚が!おとなしく蹴られとけ!」

 そのまましばらく足をぐりぐりさせていたがやがて足を外した。そして、男子がが波田(はた)さんを抱え込み、立たせた。

 波田(はた)さんを立たせたときに金田君はこっちを見て、にたりと笑いこう言った。

「どうだ?笹原、お前もやっとくか?」

「いや、遠慮(えんりょ)しとく」

 そんな僕達が話しているときに4番目の人が飛んだ。

ーどんっ!

 そのときだった。そのとき、波田(はた)さんは腹を抱え込んで口を真下に向け胃の中にある物をはき出した。

ーう!おえーっ。

 それにいじめているグループが大騒ぎをした。

「うわ!こいつやっちゃたよ!」

「ああ、まじできたねぇ」

「はは、ほんとうだ!まじきしょい」

「もう、半径3メートル以内にこないでくれる?汚いから」

 そんなことを口々に言った。特にこの事で笑ったのが金田君だった。金田君は波田(はた)さんに近づいてこう言った。

「はは、こいつぁ、おもしれぇや。反吐が反吐を吐いたぞ」

 そう言って金田は波田(はた)さんの肩を蹴った。しかし、波田(はた)さんは全く動かなかった。

 いくら蹴っても何もリアクションがないことに業を煮やして、金田はこんなことを言い出した。

「はは、わかったぞ。こいつあれだ。こっちが何言っても何も言わないのはもう、完全に反吐と仲良くなりたいから、こっちに何も言わないんだ。じゃあ、仲良くキスでもして、な!」

 そうして、金田君は波田(はた)さんの頭を波田(はた)さんがはいた吐瀉物(としゃぶつ)に向けて踏みつけた。

ーぐしゃ。

「ははは!やだー、反吐が反吐にキスしちゃったじゃない。ちょ〜お似合いだわ」

 それにみんな爆笑する。反吐、反吐といっていると予鈴が鳴ったので彼らは更衣室に帰っていった。

 僕はそのあとにそっと、誰にも知れずに逃げた。今見たことはなんでもなかった、と言い聞かせながら一心不乱に逃げたのだ。




 どうしてこうなってしまったのだろう?

 波田(はた)さんのいじめを目撃した日の翌日。僕はそう考えながらコンビニで昼食を買った。しかし、頭にうかんだことは昨日のことだ。もう、ハッキリといじめは深刻化している。重松清の世界が今自分の現実に起きていることに僕はハッキリと認識せざるをえなかった。そして、これからどうすればいい?

 そうなのだ、これからどうするか、それが問題なのだ。重松の世界の主人公たちは何をしていたか?そして、僕には何ができるか?

 僕はそういうことをぐるぐる考えながら中庭に来た。今日は教室に入るつもりはない。ここで食べるのだ。

 そのとき、僕は中庭のベンチを見ると先客がいた。

「あれは…………」

 その人は氷のように表情を変えず、ただ黙然と弁当を食べていた。

 そして、僕は一つの決意を浮かべて彼女に向かって足を進めた。あることを話すために。




「フレイジャー!」

 フレイジャーに声をかける。フレイジャーは振り向いた。

「ああ、あなた。どうしたの?」

 フレイジャーの氷の視線を受けてたじろぐ。氷は人を拒絶しない、ただ、水が凍ったら氷になるのだ。フレイジャーはただ凍っている。それは人に安易に足を踏みいらせないが、かといって攻撃はしてこない。むしろ人によっては涼しげでいいという人もいるかもしれない。

 ただ、敵意はなくてもあくまでも氷、人と融解(ゆうかい)することはない。フレイジャーといていつも思うことはこの人はあくまでも、あなたと私しかないのだ。私たちはないのだ、ということを痛感させられる。

「何か用?一樹」

「いや、用はないんだが一緒に食べてもいいか?」

 フレイジャーはうつむいて少し考えたが、すぐに頭を上げていった。

「いやよ」

「な、何でだよ!」

 ここ何日かでフレイジャーと一緒に話したことで少しは距離が縮まったと思っていたのに、いったいこの人は何を言うのだ。

「そりゃあ、簡単よ。私はあなたが好きではないからいやなの」

 フレイジャーは淡々と言った。ぼくはフレイジャーに好きではないといわれた瞬間すごく頭が真っ白になった。別に敵意は感じられないのに、自分が揺らされているように感じたのだ。

 しかし、今はどうしてもフレイジャーに話し交ったので何とかこらえて、こう言った。

「どうしても話したいことがあるんだ。単刀直入に言うと波田(はた)さんのことで。いや、波田(はた)さんについて」

「………………………」

 フレイジャーは少し黙ってそして言った。

「波田(はた)さんの事なんて知らないわ」

「フレイジャー!」

「でも」

 フレイジャーはぼくの呼びかけを遮るように言う。

「でも、私の隣に他人が座ってもかまわないわ。そして、その他人が『独り言』を言っても私は何も止めるつもりはない。私からの回答はそれだけよ、笹原」

 それだけいうと、フレイジャーはまた弁当を食べることに集中した。ぼくも慌てて座って『独り言』をいう。

(なんだかんだで、フレイジャーのやつに話を聞いてもらったな。こいつって案外(あんがい)いいやつ?)

 そう僕は思いつつ、しかし、急いで話した。

「波田(はた)さん、苦しそうだね。それは普通に考えればだれもがわかっているはずだ。だけど、それがわからない人もいる。つまり、村田たちや金田君だ。彼らが何を考えているのかぼくはいまいちわかっていない。まあ、だれだって人の変なところや、失敗を笑うことはある。だけど、あそこまで人をいじめるという感覚がぼくにはわからない」

 フレイジャーは我関せず(われかんせず)という風に黙々とご飯を食べていた。ぼくもその態度にはやはり黙って聞いてくれているのか?と思いつつ話を続ける。

「なぜ、彼らはわからないのだろう?あれだけ、波田(はた)さんが悲惨(ひさん)な姿を見ればわかるはずなのに、そこがぼくにはわからない」

「…………………………」

「彼らがわかってくれればいじめはなくなる。でも、実際には進んでいる。どうすればいいのか。誰が彼らに人としての優しさを教えることができるのだろう?」

「………………………」

「彼らが容赦のないいじめが例え楽しい物であっても、そんなことを容認すれば自分たちがいじめられるという危険性になぜ、気づかないのか?それがわかれば、彼らがいじめるということはないはずなのに」

 ぼくは一気にまくし立てながら話した。それだけ、強い違和感を覚えながらすごしていた気持ちを、ここで一気に話したのだ。

 フレイジャーは黙々と食べていたが、もう食べ終わり弁当を片付けていた。

 そして、何か意見を言ってくれるのかと思ったら、そんな気配はみじんも見せずに黙々と弁当を片付けて、立ち上がった。

 何か、本当に『独り言』をいっていただけか。と思い僕は脱力したら、そのとき、一輪の菊が凛(りん)と立ったようなそんな姿勢の良さを感じさせる立ち方をしてキャサリンがこちらに向いていった。

「あなた、一ついっておくけど、そんなに人は簡単な物じゃないわ。人を数式と同じようにできると思ったら、大間違いよ」

 フレイジャーさんはそう言って立ち上がり、昼の光に溶け込んでいった。

 ぼくはフレイジャーさんの言葉がわかったが、わからなかった。フレイジャーが言った言葉の意味はわかったが、それがどういう風にぼくを批判しているのかがわからなかった。

 人は機械ではないことは当たり前だったけど、人は痛がることは万人同じようにいやなはずだ。ならばみんないじめはいやだ、でいいじゃないか。フレイジャーが何を言いたいのかがぼくにはいまいちわからなかった。

 6月の湿りがあたりを漂う。明日から雨だったな、これからカビがもっと増えそうだ。ぼくは不吉な予感を持ったままコンビニのパンを食べた。


 波田(はた)さんのいじめはやはりまだ続いていた。教室で波田(はた)さんに対してくさい、くさいといっていたり、彼女の下駄箱を焼却炉に入れてたりするのだ。そして、その日、波田(はた)さんはソックスで学園をうろついた。

 教師はそんな波田(はた)さんをみて注意をした。しかし、波田(はた)さんは家に忘れたといって、それで終わった。普通に考えて下駄箱を家に持ち帰るわけがないのだが、この教師はそれを納得してしまった。普通に考えたら納得できるわけがないのだが……………。心なしか、波田(はた)さんの体型もやせているように見えた。

 それでいじめは続いていく、雨も降り続く。

 



 昼休み、またみんなで彼女をいじめるのか、と思うと嫌気がさしてきた。そう思っていたら、また金田君がとんでもないことをした。

 昼食の時間、波田(はた)さんの机をみんなが少しずつずらしてよけて、波田(はた)さんは孤独に食べなければならなかった。みんなが波田(はた)さんなどまるでいなかったように振る舞っている。

 そんな中、金田が波田(はた)さんに近づいた。

「なあ、波田(はた)おなかすいているよな?」

 そうにたにたいいながら近づいた。しかし、当然のことながら波田(はた)さんは何も答えなかった。

 金田はまだ、こんなことを言う。

「俺、波田(はた)のためにいいもんを持っているんだ」

 そう言って金田はそれを出した。それはアルミ箔の弁当箱だった。そしてその箱を開けた。それをみたときみんなが騒いだ。

「うげー、何だよ、金田!」

「やだー、それあり得ない!」

「もうー。それ、超きもい!」

 みんなが騒ぐのは無理もない、金田が出したのは…………。弁当箱の中にうねうねしているミミズだった。

「もう、やめてよ!金田君!食欲なくなるじゃない!」

 金村さんが本気で怒った。だけど、次の金田君の言葉に簡単に納得してしまった。

「ごめん、ごめん。でも、これが波田(はた)の昼ご飯なんだよ」

 それに金村は虫を壊して遊ぶ子供の、あの新しい虫を見つけた喜びのように目を輝かせた。そして、周りのみんなもそれにやがて祭りをする住人のようにどんどん活気づいてくれた。

ー食ーえ、食ーえ、食ーえ。 

 波田(はた)さんを包囲するように囃子立てが起こった。波田(はた)さんは逃げようとするが、それを男子が腕を固める。それに金田君がミミズを箸でつまみ、波田(はた)さんの眼前に持って行く。でも、波田(はた)さんは口を開けなかった。それを金田君は弁当箱を机において、左手で波田(はた)さんの口を無理矢理開けた。

 波田(はた)さんは涙を流しながら嫌々していたが、口を無理矢理開けられた頃から、本気で嫌がり始めた。涙を流してすごいうめき声を出してきたのだ。

 だけど、金田君は無理矢理波田(はた)さんの口にミミズを入れた。

ーもぐ、ゴックン。

「おおー!のんだー!」

 クラスのみんなが一斉に拍手をしながら沸き立っていたのだ。みんなが最高に盛り上がっていた、それは端から見て狂気にしか見えなかった。

 ぼくはその熱気に押され冷静に昼食を食べていたが、内心ではかなり怖かった。しかし、それを表に出すわけにはいかず、昼食を一心に食べていた。

 祭りは少しずつ収束していたが、波田(はた)さんはうつむいたまま動かなかった。

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