第12話12
燦々(さんさん)と陽気が照る日曜日、僕と真部は自転車をこいでいた。何のために?それは真部が僕に美味しいとんかつ屋を紹介するために。そして瀬野から赤磐に入ったすぐの所にそれはあった。
『カツ陣』
それがそのとんかつ屋の店舗名だった。
僕が入り口のそばにいると真部が隣に寄っていった。
「笹原、この奥に下に降りる駐輪場があって、そこに自転車を止めれる場所があるから、そこに止めよう」
「わかった」
そして、僕達は下に降りて、自転車を止めて、店に入っていった。
「わー」
入ってぼくは驚いてしまった。何というかとてつもなくとんかつ屋というものだったのだ。レッドの明かりが煌々(こうこう)とついており、左手にはテーブル、そして右手には厨房側にカウンター、その向こう側に畳までもあるのだ。
「いらっしゃいませ、2名様でございますか?」
「はい、そうです」
真部がウェイトレスにてきぱきと話す。ぼくはそれを黙ってみていた。それで僕たちはテーブル席に移動することとなった。
「さて、何を頼む?笹原」
「そうだね」
僕はメニューを見る。とんかつしかない。だいたい、とんかつ定食の小か、カツ丼を選ぶかだな。まあ、せっかくとんかつ屋に来たのでとんかつ定食の小を頼むか。
「決まったか?」
「ああ、決まったよ」
「じゃあ、呼ぶぞ」
真部がウェイトレスを呼んだ。
「はい、何でございましょう」
僕たちは順番に品を言う。
「とんかつ定食の小で」
「ぼくもそれと同じものを」
「はい。とんかつ定食の小が二つですね。それではしばらくお待ち下さい」
ウェイトレスがオーダーを抱えて出て行く。待ち時間に僕らは適当に話した。
「結局同じものを頼んだね」
「ああ、そうだな」
「とんかつ定食っておいしいの?」
「まあ、ほかのとんかつ定食を頼んでいないから何とも言えないが、俺の中ではここのとんかつが最高のとんかつだよ」
「ふ〜ん。そうか、それなら期待できるね」
レッドの明かりに照らされて、昔と今のメジャーなポップス(邦楽)が店内に鳴り響き、それが人工的なゆったり感を醸し(かもし)出している。ぼくはすぐ、ここが好きになった。
「いいね、ここ。すごく気に入ったよ」
「そうか、それは何よりだ」
真部は小さく笑っていた。そして、ぼくはこの男のこういうところで好きになったのだ。
ふと、真部に今の学校が起きていることを話して助力を求めてみたらどうだろう、と思ったが、さすがにそれはやめた。これはもう普通の高校生ができる範囲を超えているし、大人だって今はクラスはなにも起きていないから何もできないだろう。しかし、今は、なのでもうすぐ何か、新たないじめが起きる可能性が十分あった。そして、ぼくは自分がいじめられる可能性も十分考えられることだった。しかし、そのことで危機感は持っていなかった。びくびく動いてもいいんだが、しかし、これはいじめられるときはいじめられるし、いじめられなかったらいじめられないものだと思っていたから、もう普通にやるだけだと、なんか変な理論が当時の僕の頭にあったのだ。
まあ、そんなことより真部との会話に集中しよう。
「笹原は映画とか見たりするか?」
「ぼくですか?う〜ん、そんなに見ていない、中学生までは金曜ロードショウみたいなのは好きだったけど、今は全く見ていないよ」
「そうか。……………それは残念だな俺はよく見ているんでそういう所で話せれたらと思ったのだが………………」
真部はそう言った。そのあとおしぼりを取ってすっす、と手を拭いていた。
映画か………。なんか、あんまり興味がなくなったんだよな。
「へ〜、どんな映画が好きなの、真部は」
「まあ、どんなのと聞かれたら、『クラッシュ』とか『ノーカントリー』とかが好きだよ。まあ、笹原にもあとで見せてやるよ」
「へぇ、わかったよ」
それでとりあえず終わった。
ー…………………。
ほどなくして沈黙のときが訪れた。真部も何か所在がなさそうにしている。なんか話題はないのだろうか?
と、そうこう考えているうちに料理がやってきた。
「とんかつ定食小お持ちいたしました」
「おー!来たよ!真部」
「ああ、そうだな。早速食べよう」
ウェイトレスが定食をテーブルの上に置く。そのあと僕たちは頂ますをしてとんかつ定食を食べようとする。
「あれ?ソースはどこ?」
「笹原、ソースはな、まずこのお椀の中のごまをすってからそこのソースをかけるんだ」
「おー、なるほど」
ぼくはごまをすってから、甘口のソースをかけた。
「ああ、だめだ」
とんかつをかけようとすると真部がそれを制していった。
「そこの辛子があるだろう。それをは三分の一ほどかけるとより風味が上がるんだそれ入れた方が絶対おいしいから試してみろ」
そう真部が言ったので、ぼくはお椀に辛子を入れた。それで、とんかつをそこにつけ、食べる。
「!」
口にした瞬間、自分の中にあったとんかつの概念がひっくり返された気がした。さくさくした衣、ジューシーな汁が出るのはないかと思う肉。しかも、そこに辛子をかけたソースが甘みと辛子の風味をかけ、絶妙な味に仕上がっている!
「すごい!すごいうまいよこれ!」
「そうか!それは何よりだ!」
真部はうれしそうに笑った。自分がおすすめしたものが人に喜んでもらえてほんとうにうれしかったんだろう。
そのあと、僕たちは談笑しながらとんかつを食べていった。結局クラスのことは真部には相談できなかったが、ぼくはそれでも構わないと思った。なぜなら、この事は真部が助力できる範囲を超えていたからだ。だから、ぼくはいいと思った。
それはそれとして、僕はここに来たことを深く覚えておこうと思った。心の奥底に結合して結晶になったトパーズの輝きをずっと覚えておこうと思ったのだ。
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