調理師学校の生徒が、異世界最強!?
坂本ヒツジ
プロローグ 異世界の仲間たち
召喚
それは突然始まった。
「早く、やっつけちゃいなよ〜」
愛菜は声のする方に顔を向け、少し口元で笑った。友達のマユの声に励まされて、愛菜は行動に出た! 鋭い刃物を天にかざした時、眩い光と共に床に、魔法円が現れる。
「眩しい〜〜!!」
思わず口にした愛菜は、全身が動けなくなる。そして、光の中に消えていった……。
◇
「成功したぞ!」
愛菜が目を開けると、そこはさっきまでいた料理学校の実習室とは違っていた。今まで見たことのない、異様な雰囲気の場所だ! 薄暗い部屋の中には、無数のローソクが灯っている。そして、彼女の周りに、円を描く様に配置されローソクが灯っていた。一個一個のローソクが大きくて、なにかの文字が横に書かれてあった。
そのローソクの円の外側を、十数名の見知らぬ人達が愛菜を見つめていた。彼らは中世のような服装を着ていて、隣の人と小声で何かを話していた。しばらくすると、その中のもっとも若くて、高貴そうな若者が愛菜に近づいて来た。
「ユリア様、彼は武器を持っていますので、危険です!」
その声が聞こえると、若者は声のする方に向いて答える。
「我々が彼を召喚したんだ。誠意を示さなければならないだろう」
「ですが・・・。右手に武器を振り上げて、今にも襲いかかりそうな……」
「大丈夫。彼からは、戦意を感じられない」
そう言うと若者は、さらに愛菜に近づいて行く。
愛菜は、何を言っているのか意味が分からなかった。ふと上をみると、右手を挙げた状態で、牛刀をしっかりと握っていた。ここに来る前の状態を忘れていたのだった。調理実習で、ローストビーフに挑戦していて、気合いを入れる為に少し大袈裟にアクションを起こしていた。
愛菜が周りの人達をよく見ると、男性と思われる全員が髪を後ろで留めている。女性が数名いたが、どの女性も、長い髪を下に伸ばしていただけだった。愛菜は料理実習の時はいつも、髪を後ろで留めていたので、もしかしたら男性と間違われたかもと思った。
「ようこそ、ウィーラント国へ。私はこの国の第二王子、ユリアと申します」
ユリア王子はそう言うと、愛菜に会釈をした。愛菜は、目の前にいるユリア王子と名乗る彼を、凝視してしまう。これほどハンサムな男性を、今まで面と向かったことがなかった。まるで、テレビの中の俳優がテレビ越しに、愛菜に挨拶をしている様な感じに襲われた。身のこなしも優雅で、暫く彼女は見惚れた状態になっていた。これは、夢なのかなと。
「貴方様の、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
ユリア王子は、彼に睨みつけられて怒らせてしまったのだろうかと、少し心配になり始めていた。なにせ、本人の承諾なしに、
「私の名前は、
ジッと目の前の彼を見ていたと気付いた愛菜は、慌てて彼から視線を外した。反射的に名前を言って、軽い会釈をする。どうやら夢ではなさそうだし、この状況を理解出来なかった。丁寧な挨拶をしてくれた彼に、詳しくこの状況を聞こうと思った。きっと、色々教えてくれるはずだと。
ユリア王子は、少し違和感を覚える。昔から伝わる伝説の勇者を召喚するこの儀式で、この場にいる全員が成功したと思っていた。けれど、こうして近くで見ると疑念が出てきた。彼の分厚い胸板だと思っていたのが、近くで見ると女性特有の膨らみをしている。そして、思っていた以上に身体も細っそりとしていた。
さらに、先程名前を名乗った時の声がまさに女性の声だったのだ。いきなり女性ですか、とは聞けない。当たり障りのない質問で何かヒントがないか探る事にした。
「この度、我々の勇者の召喚の儀式で、勇者の橘愛菜様が来てくださり、皆ものを代表してお礼を申し上げます」
そう言うと、ユリア王子は先程の挨拶とは異なり、深々と頭を下げた。と、同時に周りの人達も、同じく深々と頭を下げていった。
愛菜は一瞬、頭の思考が止まった気がした。彼らは明らかに、間違った人物を召喚したみたいで、愛菜は元いた場所に戻りたかった。
「えーと、ユリア王子でしたよね。頭をお上げください。これではお話も出来ませんから」
ユリア王子はそれを聞くと、頭を持ち上げた。質問をしようと口に出かけところで、愛が話しを始めた。
「先程から耳にする勇者ですが、私は勇者ではありません。元いた場所に返して下さい」
周りからは、落胆の声が聞こえてきた。
ユリア王子は、この状況はとてもまずいと思った。数年に及ぶ準備を経て、やっと勇者を召喚出来たと思ったら、本人の口から勇者でないと否定される。取り敢えずは、召喚した方をあらかじめ用意させておいた部屋に移動してもらって、その後の対策を考えなければと。ユリア王子は騒然とした場の中で、透き通る、そして威厳のある声でその場を静かにさせた。そして、ドアの近くにいた者に指示を出した。
「マリサを呼んでくれ」
ドアの近くに居た者が、内側から掛かっている閂を抜き、外に出て行った。しばらくすると、青色の服を着ている、薄い色の金髪の綺麗な女性が入って来た。背はさほど高くはないものの、利発そうな彼女は、直ぐにユリア王子の近くまで進み出た。
「マリサ、この方を部屋に案内して、 寛いでもらってくれ」
「わかりました、ユリア王子 」
弾ける様な元気な声で返答したマリサは、愛菜に挨拶をした。
「貴方様のお世話を仰せつかっております、マリサと申します。宜しくお願いします 」
そう言うと、マリサは愛菜に深々とお辞儀をした。ユリア王子は、平常心の時の様に冷静な声で話し始めた
「橘愛菜様。元いた場所に返す術を、我々は知らないのです。取り敢えずは、お部屋をご用意させてもらっていますので、長旅の疲れを癒して下さい」
この訳の分からない状況を把握できずにいる愛菜。ただ、ユリア王子の言葉に頷いて、マリサの後について行くだけで、今は精一杯だった。
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