第47話 雪の中 ※キャラコラボ
普段着に厚めの上着を着た程度の装備で吹雪く山を歩く阿呆な夫婦がどこに居るだろうか。一歩踏み出すたびに足は雪に埋まり、行く先は上も下も白い。下手に動けば滑落の可能性すらある。足早にあるか目の前の人の腕を取った。強い力で引けば不満そうな顔が振り返る。
「吹雪が強い。足跡が残っているうちにさっきの洞窟まで戻るぞ」
「止まなかったら死ぬわよ」
「動いて助かる自信あるのか。滑落して遺体も見つからないとか言われるのは嫌だぞ」
「死んだ後なんてどうでも良いわ」
「方々から怒られるのは俺だ。ご両親に死後も追われそうで絶対嫌だね。こっちだ」
振り向くと後ろでべしゃりと何かが倒れる。まさかと振り向けば驚いた顔で自分を見上げる『妻』の姿。体が冷えて思い通りに動かなかったか。慌てて立ち上がる妻と繋いだ手はきっと冷えている。
ただ、竜に乗っていつもの巡視に着いてきただけの彼女は普段着と変わらないくらいの服装。ため息をついて自分の首に巻いていた厚いマフラーを外して彼女の露な首に巻き付け少しキツめに縛る。
要らないと騒ぐ手を引いて足跡が見えているうちにと歩き始める。転けたせいで体力も体温も奪われるのは彼女の方が早い。
騒いでいた声が消えた頃、白い景色の中に黒い洞窟の入り口。深くないが風と雪だけは避けられるだろう。洞窟の中に獣がいないことを確認し、妻を中に押し込める。外は真白。不幸にも吹雪だが、幸いにも吹雪。こちらを狙うような獣たちも身動きは取れないでいるはずだろう。
「りゅうき、さむい」
暗い洞窟の中、冷たい岩壁を背に彼女は自分の体を抱いていた。先程転けた際に服が濡れたせいで文字通り凍りかけている。強い彼女の弱りきった姿は、普段であれば鼻で笑ってやるところだが。
「……嫌がってくれるなよ」
彼女の手を取り背中から腕を回して抱き込むと想像どおり彼女は腕を振り回して騒ぐが、いつも程の力はない。そのまま壁を背に座り込む。背中と尻を強く打ったが妻よりは厚着をしているおかげでさほど痛くない。手の中の妻は冷たい。
腕と足で囲んだ中に居る彼女に巻いたマフラーを少し上げて口元も覆う。
「寝るな、というのは無茶だろうけどできる限り寝るなよ」
「じゃあ、なにか話しなさいよ」
「何で弱ってても横暴なんだお前……」
いつもどおりで少し安心するけどな。強く抱き込むと小さく笑い声が聞こえた。
家族の話や、昔話、自分の隊の話をしていると不意に腕の中が重くなる。声をかけても返事はない。話を聞きながら寝たか。洞窟の入口を見るがただただ白い景色が続いている。落ちてくる白は減ったような気もするが。
眠ったままの妻の手を取り自分の頬に当てる。異常なほどに冷たい。彼女の両手をマフラーの端に包み込む。
こうして暖を取ったところで一時しのぎ。何もせず気温も上がらなければ彼女の息は消えていくだろう。
洞窟の中には何もなく、手持ちの荷物はすべて竜の背に置いたまま。持っているのはかろうじて体にくくりつけていた武器と、衣服程度。
「天気程度に、殺させないさ」
普段なら殴られそうな体勢のまま目の前の彼女の肩に自分の顎を乗せる。普段間近で見れない青が近くにあり、思わず笑った。
洞窟に来客があったのはそれからどれほどの時間が経った頃なのか。日の位置すらも確認できていなかった俺には分からなかったが、俺も腕の中の妻も息をしていることから然程時間は経っていないのかもしれない。
隊の人間でもないのに白の竜を背に連れたその人は然程関わりも無いのに俺たちを見ると小さくため息を吐いた。
「この状況で、よく生き残れる……」
「悪運強くてね。りんごに連れられてきたのか。遥を運ばせるか。寒さで起きないだろうから」
「――、起きてるわよ。クロナさん、ありがとう。助かったわ」
不機嫌な声を出し、俺の手を振り払った遥だが冷えで力が入らず立ち上がれないのだろう。手を振り払ったままの姿勢で座っている。
思わずやってきた黒の人、傭兵であるクロナさんへ視線をやってしまう。クロナさんは何も言わず、遥の目の前まで歩いてくると屈んで完全に防寒された手袋に包まれた片手を差し出した。遥は無言でその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。支えが無いと立ち上がれない程なのに、クロナさんに肩を貸されながら俺を振り返った彼女は酷く恐ろしい顔で睨んだ。
「次、同じことしたら、殺すわよ」
死にそうなやつが何言ってるんだ。笑い返していると、覚えとけ、と後々が怖い言葉を残して彼女は一足先に洞窟を出た。
「普通、死んでいると思うがどうやって暖を得たんだ」
遥をりんごの元へ送り届けたクロナさんに視線だけで答え合わせをする。
洞窟の灰色の地面。一箇所だけが黒く焦げている。
「方法は内緒」
「手は明かせないと?」
「どう捉えてもらっても構わないよ。ただまあ……、彼女が生き残れるなら他はどうでもいいと思ってるかな」
そして向けた俺の満面の笑みは酷く怪訝な表情と眉間のシワで返された。
翌日、早々に復活した遥は大げさなほどに防寒着を着込み、空き時間は雪の中で剣を振っていた。
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