第35話 遠くない未来の話
お邪魔します。
控えめな女性の声が聞こえて一番に反応したのはみこだった。声のした玄関へと駆けて行き、茶色の長い髪を持つ女性へと飛びかかった。本人は抱きついているつもりなのだろうが、全力疾走の勢いで抱きつけばそれは最早攻撃だ。
飛びかかられた女性は慣れたものと、みこの両脇に手を差し入れて抱き上げる。
「久しぶりね、みこちゃん!」
「久しぶり、おばちゃん!」
まるで人形か何かのようにみこを両腕の中に収めた女性は幸せそうな笑みを浮かべている。その場に立ち尽くすことで後ろから家に入ろうとする男性の邪魔になっているのはわかっていてやっていることなのか。
後ろから小さく情けない男の声が女性にかけられるが女性はみこにかかりきりで退く気はない。
みこにつられて駆けて来た琉斗が声をかけてようやく女性はみこを放して家の中へと一歩を踏み出した。
「琉斗くんも相変わらず元気そうね」
「うん、おかげさまで。おばちゃん、中でお茶飲む?」
「ううん、このままみこちゃんと外で遊んでくるわ」
そうして彼女は背後の男を押しのけみこと手を繋いで駆け出していった。まるで同じ年の友達みたいだ。琉斗がこぼした本音に琉斗の後ろから玄関へ向かっていた龍騎は思わず苦笑いを浮かべた。だからこそ良いのかもしれないし、だからこそ心配でもある。
玄関で押しのけられた男は琉斗に迎え入れられ、漸く家の中へと足を踏み入れた。
男は琉斗にとっても龍騎にとっても見慣れた人物。
琉斗にとって数少ない良識を持った真面目な人、龍騎にとっては面白みのない優秀な副官。
「いらっしゃい。といってもみこの様子を見に来たんだよな?」
「私というよりうちの嫁さんが、ですね」
「知ってるよ。ゆっくりしてけ。帰ってくるのは日暮れ時だろうからな」
琉斗に案内されるままリビングに通される。
きっと彼が掃除もしているのだろう。家の中に目立つほこりやゴミはない。上司が誘うままソファーに座ると龍騎が笑う。
「俺とお前がそろって非番だからなあ、今頃隊は慌ててるだろ」
「総長が上手く人を回してくれていますよ」
ふうん、と興味なさげに呟く。
お茶を出されて龍騎は迷いなく一気に煽り飲み、部下の男は琉斗へ軽く頭を下げた。本当に、父親からは考えられないほどよく出来た子だ。
龍騎としてもそれは同調できる言葉であり、そう思われているのは分かっているのか。本当に誰の子供なんだか、と小さくぼやく。
「いつがいい?」
不意に龍騎が問いかけると男は眉にシワを寄せる。
「そう安々と聞くようなことではないかと。仮にも人ひとりの一生がかかっているのですよ?」
真剣極まりない言葉に琉斗は静かに席を外し、リビングの中には二人。どちらも声を出さず、茶をすするような音だけが部屋の中に響く。
男の言葉は何も間違っていない。
人の一生が関わるような話、本来であれば龍騎のように軽々しく口にするようなものではない。だがそれは普通に暮らす人が普通に暮らす人に向けて発言するときに適用される良識やら常識と言われるもので、彼にとって常識は時折煩わしいだけのものになる。
「だけどな、早めに決めた方がアイツのためだろ。そんなことでうだうだしてると時間がもったいない。俺としては今日でも問題ないんだ」
「今日はダメです。まだしばらくは無理です。……琉斗くんは良いのですか?」
「……お前が気にすることじゃない。琉斗は受け入れるさ」
「それが問題なんですよ。どちらかと言うと琉斗くんの方が問題児でしょうに」
うるさいなあ。
茶の追加を自分のカップに注ぎ入れると最後の一杯だったのか、いやに濁った茶が溜まる。
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