第19話 僕の家族△
「みこちゃんはお父さんのことを名前で呼ぶんだね」
みこの気まぐれで手をつないで学校に向かう琉斗は隣を歩くみこを見た。琉斗からしても一回り小さな少女は左手で強く琉斗を掴んだまま笑ってみせる。
「だってりゅうきは旅人さんであたしのお父さんじゃないよ」
「聞いてもいいのかな、みこちゃんのお父さんとお母さんは?」
みこは琉斗の手を離し、数歩前へ駆け出すと片足を軸に半回転。琉斗へ笑いかける。
自分の両親なんて知らない。生まれた後、周りの人は自分の髪と瞳を見てすぐにお社に連れてきてくれたから。気がついた時には周りに親なんて人は居なくって、親代わりの男の人達が世話をしてくれた。社から出さえしなければ食事も寝るところにも困らない。病気になれば誰もが心配してくれた。
少しだけ怖いことはあったけれど。
今はこうして琉斗と並んで歩ける。旅人さんに拐かされる事になったから良かったと思ってる。
けろりと笑う彼女の語る過去は他の子供にはありえない悲しく寂しいもの。だが彼女は今が楽しいと笑っている。ただそれでも琉斗の疑問は晴れなかった。幼いころに自分を捨てたに等しい人たちを両親と呼び続けるみこがよく分からなかった。それならばまだ、自分の両親の方が親らしいだろう、と思う。
口に出して言ってしまおうかと思ったが、彼が口を開く前にみこが目の前へと駆け寄ってきた。
「じゃあると、るとにとってりゅうきはお父さんなの、何で?」
琉斗の問を見透かしたようにみこは下からじっと見上げてくる。
「……僕が思う両親があの二人だから」
「あたしの思うお父さんも、お母さんも、多分もう会えない。会えなくてもお父さんたちは変わらないと思うの。だって、お父さんとお母さんはひとりずつだから」
「ひとりずつ、だから?」
「りゅうきは旅人さん。どれだけ何をしてもお父さん、お母さんにはならないよ。なれないから」
学校に向かおう?
差し出された片手を弱々しく掴み、琉斗は笑いかけた。それでも二人は自分の両親だよ、と返すことが出来ない。自分は過去に差し出された手を掴んだだけなのだから。
十年ほど前にも。こうして差し出された手を掴んだ。その命をもらってやると随分上から目線で言われて驚いた記憶は懐かしく新しい。
その人は前を歩く少女のように自分勝手で今も自分の夫を困らせている。それでも、彼女は自分の母親だ。何故それだけの言葉が言えない。みこが前を向くのに合わせて彼は少しだけ、唇を噛んだ。
学校から帰ると珍しく父親が家に居た。疲れ切っているのか仕事着のままソファーに突っ伏してうつ伏せに眠っている。片手は自分の体の下にあり、片手はソファーから床へ投げ出すように垂れ下がっている。いびきこそ聞こえてこないが、きっと熟睡しているのだろう。
そして何故か垂れ下がった手の下では胎児のように丸くなったみこが眠っている。
これだけを見れば親子にしか見えない。
上から覗きこむように見ていると不意にごろりと大きな体がソファーの上で転がり紫が琉斗を下から見上げる。
「ああ、おかえり、琉斗」
眠気から語尾の伸びた言葉が帰った琉斗を迎える。体を起こそうと腕を手元に引き寄せ、龍騎は得体の知れない暖かさに驚き情けない声を上げる。
情けない声にソファーの下で眠る少女が目を覚ます。
「あ、るとおかえりー」
「みこ、お前はいつ帰ってきたんだ。帰ったなら一言くらい声をかけてくれ。ビックリしただろ」
「ただいま?」
「……そうだな、おかえり」
みこが不意に掴んだらしい手を胸元に引きつけて龍騎はため息をつく。
「うっわ、俺服変えてないじゃん。最悪。着替えてくる。あと、今日の夕飯は遥が買ってくるらしいから琉斗、今日はゆっくりしてていいからな」
ソファーから跳ねるように起きた彼は琉斗へ笑いかけると服のボタンに手をかけながら自分の部屋へと駆けていった。途中で何かにぶつかる音が聞こえてきたのは気のせいなのだろう。きっと。
目覚めたみこはもそもそとソファーの上へと這い上がり、ソファーの背に両手をかけて琉斗を見る。ゆっくり出来て良かったね。いつもと変わらない無邪気な笑み。何も言わずに表情も変えずに居ても彼女が気にすることはない。勢い良くソファーの上で横になると先ほどまで寝ていた男の暖かさの残る上で眠り始める。
無邪気で素直で無知で。
頭に手を置かれて琉斗の心はようやく家に帰る。
「疲れてるな。学校でなんかあったか?」
ほんの少しの表情の変化で他人の気分に察しを立てる父親が今だけは苦手。
琉斗は困ったような笑みを浮かべる。
「ううん、ごはん作らなくていいから何をしようかと思ってさ」
本でも読もうかな。
龍騎の手から逃れるように自分の部屋へ歩き始めた琉斗を止める人は居らず、部屋の中には健やかな寝息を立てる少女とどうにも煮え切らないような思いを抱えたままの男が残された。
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↓作者メモ↓
大体この辺りまで自費本にて触れる化完了
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