第6話 中堅騎士の想い
僕は騎士団総長遥様をお慕いしている。総長としての業務をちゃんと行っているのはもちろん、僕のような一介の騎士にもとてもお優しい。でも、間違ったことをすると厳しく叱ってくれる。何よりお強くて、綺麗な人だ。
反対に、遥様と結婚した龍騎隊長は大嫌いだ。自分勝手であり、仕事をしていたかと思うと何故か竜舎に居たりもする。騎士としての自覚が無いのだと言ってもいい。
何故総長は龍騎隊長のような人と一緒になってしまったのか、総長の結婚から何年も経つけれど、不思議で仕方がない。どちらかというと総長は参謀長のような方とご一緒になると思っていたのに。
任務中にぼんやりとそんなことを考えていた。
部下をどれだけ連れて行ってもいいから反抗組織集団が集まっているらしい拠点を他に被害がないよう潰してくるよう遥様直々に命令を受けた。とても誇らしい仕事だと思う。
半壊に追い込んでしまった建物に背を向けて騎士団本部へ足を向ける。早く報告書を書いて遥様に報告しよう。そうしたらきっとあの方は褒めてくださる。
数枚の報告書を抱え、遥様のいらっしゃる総長の部屋の扉を叩いた。三回。
「どうぞー」
どこか間延びしているも凛とした聴き取りやすい声も好きだ。
失礼します。扉を開くとまず目に入ってきたのが紅く、長い髪で思わず舌打ちをしそうになってしまった。だが、何とか我慢して部屋の中に入り扉を閉める。
また竜舎で遊んでいたのか、紅い髪の毛はいつも以上に整えられていない。僕を見てもその人、龍騎隊長は顔色一つ変えず遥様に向き直る。
「というわけで、もらった書類には全て目を通しましたが書類上特に問題になることはありませんでした」
「ふーん。あ、それ報告書? もらうわ」
龍騎隊長の言葉には適当な返事を返し、遥様はこちらへ片手を伸ばした。どこか勝った気分に浸かりながら遥様に書類を手渡す。遥様はその書類にざっと目を通すと、ご苦労様、と笑ってくださった。やっぱり綺麗な方だ。
「で、何が気になってるの?」
遥様が話しかけたのは龍騎隊長。隊長は少し口ごもるように何かを言っていたが一度大きく息を吐き出すと改めて遥様に向き直った。
「竜の生育にかける費用が少しずつだが増えてきてます。今はまだ問題ない範囲ですが、どうにも増え方が気に食わない」
「……竜たちは?」
「数は変わらず、今はりんご以外育ち盛りという竜もなし。ですが心なしか食料の備蓄も予想以上に少なくなっている気がします」
書類業務を怠ってまで竜舎に行っていたのは。
「龍騎、割り出せる?」
「目星はつけましたので……そうですね、二日ほどいただければ」
「じゃあ、明後日に報告ね」
僕が渡した報告書を遥様が片手でひらひらと振ると、隊長は遥様に一礼し、僕にも一言だけ失礼します、と声をかけて総長の部屋を出て行った。
唖然としていた。
僕はサボっているのだとばかり思っていた。竜舎で、自分の竜と遊んでいるのだとばかり思っていた。だが今の話を聞いていると違う。遊んでいるのではない。
唖然とする僕の前で、遥様が笑った。僕が聞いたことないくらい大きな声で、たいそう楽しげに。
「驚いた? アイツは真面目だから書類業務を任せれば過去の物まで遡って調べるの」
なんとも使い勝手のいい夫か、と笑っていた。
「隊長は、お一人で……?」
言葉遣いに気を寄せる暇もなく、聞いてしまった。慌てて言葉を正そうとするも、その前に遥様が口を開く。
「アイツ一人で出来るならやらせた方がコストが少なくて済むでしょ。身内だからある程度融通も効かせられる。まあでも、そうね」
一拍おいて、遥様は隊長の出て行った扉を見た。
「アイツより仕事のできるやつには会ったことないわ」
僕は逃げるように総長の部屋を後にした。早足に自分の隊舎へと向かう。
途中でなんとなく視線を上げたら紅い髪が見えた。隊長は先程より髪の毛が整っていた。自分の部屋で整えてきたのか。
僕に気づくと隊長は笑った。とても人の良さそうな笑顔だった。
「さっき総長の部屋に居たよな。報告の邪魔して悪かったな。で、何で泣きそうな顔してるんだ? 総長に泣かされた?」
そういって隊長は僕の頭に触れた。撫でるように動かされてしまうと、本当に目頭が熱くなってきてしまう。
無意識のうちに隊長の手を振り払った。驚く隊長を目一杯睨みつけ、僕は今度こそ自分の隊舎へと走った。走って逃げた。
僕は期待していたんだ。
遥様が僕を見てくれることを。あの夫婦はいつも喧嘩ばかりしているからと先輩も言っていたからもしかしたら、とも思っていた。
でも、そんなのは無理だ。
遥様が隊長を追いかけて扉を見ているとき、笑ったんだ。とっても優しげに、とっても嬉しそうに、今まで見たことないくらい幸せそうに。
あんなの、勝てっこない。
僕はやっぱり龍騎隊長が大嫌いだ。
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