第10話 剣士の言い分
大鍋に水を張り、沸騰するまで薬味を作る。
「そうか! 猫はお前の唄と料理につられたんだな!?」
唄う時はもう少し、人目を気にした方が良いのかもしれない。
猫の一挙手一投足に感動していた史歩が、葱モドキを切るリズミカルな音に乗せた鼻唄を聞き、わざわざこちらまで来て断定してきた。すぐさま口を閉じ、羞恥からだんまりを決める泉に構わず、勝手に納得した史歩は「ならば、私も歌が上手ければ……」と握り拳を作る。
が、時を要さずうなだれてしまった。
どうやら歌は苦手らしい。
意気消沈して去っていく背を見送る暇もない泉は、鼻を啜って涙目を袖で拭った。
タマネギではなくとも、やたらと多い葱の量は相応の刺激を与えてくる。
終えてはそぼろ作り。
ミンチ状で差し出された肉は、しつこいくらいワーズに確認し、住人の物ではないとお墨付きを貰った物。肉の全てがイコール住人ではないことには、ほっとした。エゴとは知りつつも、言葉を交わせる相手を食したいとは思わない。限りなく人に近い姿では、なおさらだ。
そうこうしている内に沸騰した湯へ、大量の乾麺を投入。自棄気味に、湯に踊る細い麺を掻き混ぜては、溢れそうになるところへ水を入れつつ、シンクに置いたザルへあける。
「ぐっ……ど、ぅりゃっ!!」
腕が引きつる重さに掛け声で勢いをつけ、襲う蒸気を回避して鍋を置き、すぐさま白く細い麺に水をかけた。水をきり、冷たくなった麺を適当な大きさに丸めて盛りつけ、食卓へと叩きつける。
「そ、そうめんです」
「見りゃ分かる」
ぼそっと吐かれた言葉に睨めば、史歩が目を逸らした。
幾ら料理が一通り出来るとは言っても、一人でこんな量を刻んだり茹でたりしたことは、ほとんどない。腕だってつりそうなのに、と怒りが込み上げて来る泉だが、史歩がいじけていることに気づいた。
視線の先には床に下り、皿を咥えて飯を待つ猫の姿。
気を惹けないのが悔しいらしい。
ため息も出ず、無言で台所へ戻り、薬味を運ぶ。
席については猫から皿を受け取り、薬味をつけた山盛りを返す。途端、殺気立つ眼を向けられるが、怯えられる気力はなかった。
ようやく一息ついては、合わせて挨拶。
「「「いただきます」」」
「なぅ」
さあ食べよう、と思った箸が、隣の黒い姿に気付いて止まった。
次いで向かいを見れば、史歩が大口を開けて頬張ろうとしているところ。
「なんだ?」
「いや……史歩さん、さっきそっち座ってたじゃないですか。それにそこ、ワーズさんの席なんじゃ……」
ソファを背にした店に近い空席を指せば、史歩が眉根を寄せる。
「席は決まってないだろう? 私はただ、店主の真正面で飯を喰うのが嫌なだけだ」
本人を前にして、あんまりな言い草である。
対し、泉の隣へ席の移動を余儀なくされたワーズは、へらへら笑いながら、
「あと、隣も嫌だよね。ふらふら鬱陶しいって」
「そうだな。だが勘違いして貰っては困る。視界に入った時点で、店主は充分、鬱陶しい」
「……なのに、ご飯食べに来たんですか?」
見目の麗しさそのままに微笑む史歩へ尋ねれば、一転、ムスッとした表情になった。自分に話しかけられるのがそこまで気に食わないのかと思っていれば、隣から凄まじい音が届いた。そうめんを啜っているのだと、見るまで判別できない、形容しがたい耳障りな音をひとしきり立てた後で、ワーズは言う。
「昼飯は目的のついでだよ。史歩嬢は泉嬢の様子を見に――」
「店主」
脅す低い声が史歩から発せられた。
様子を見る。つまり、泉がここにいたのを前々から知っていた、ということだろうか。芥屋で目覚めてから袴姿を見た覚えはないため、目覚める前に訪れたと考えられるが。
思いがけない話に、じーっと史歩を見つめ、口を開くのを待ってみる。
しかし、逆にじろりと睨むだけで、これ以上話をする気はないようだ。
沈黙を保ったまま、重苦しくそうめんを啜り出すのを見て取り、泉は諦めて自身も食事に専念する。
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