『突撃! 隣が晩御飯!』下

 ジェシー、思い返してみれば誰も褐色ロリ娘でお転婆なツインテールなんて一言も言ってなかった。


 勝手に思い込んでハッスルしての現実、自業自得とも言える。


 だがしかしここは異世界、出てくる女性は須らく美しいはずだ。


 実年齢など設定だけ、むしろ何千年生きてるロリ娘だから合法が売りじゃないのかよ。


 それがこんな、こんな、ババァとか、完全な詐欺だ。真っ当な出版社なら担当編集が焼身自殺するのをライブ中継するぐらいのおっちょこちょいだ。


 くたばれババァ、消え去れババァ、頭の中の罵詈雑言が溢れての一言、口に出してしまったのは不可抗力だ。


 色々考えてる前で、ババァでジェシーなゾンビは、こちらに向かってきていた。


 溢れんばかりのアフロヘア―、愛嬌はあるが前歯のない顔、浅黒い肌はゾンビと年齢の割には張りがあるが俺は騙されない。それは太っていてぜい肉が張り詰めているだけだ。


 それに白いコック房にエプロンとか、今更衛生に気を付けたところで、だ。


「つ、つま……ツ」


 そんなジェシーがなんか言おうとしている。


 右手には包丁を、切っ先をまっすぐ俺に向け、左手にはフライパンを、右手の上に交差させ顔を庇うように、構える。


 そこにはババァとかジェシーと関係ない、凄みがあった。


「つまみ具いはゆるしマへんでぇ!」


 体をすくませ心を怯ませる、本能を恐れさせる一声だった。


 子供でも分かりやすく表現するならば、母親に怒られ、手を挙げられた瞬間にビクンってなる感じだろう。あれをもっとかっこよくした感じだ。


 それがこちらに突っ込んでくる。


 逃げないほど俺はおろかじゃない。


 目立ちすぎる懐中電灯を頬り投げ、身を投げ机と机の間に転がり込むのと爆発したのとほぼ同時だった。


 ……もともとあそこに何があったか覚えてないが、今やそれは粉々に砕かれ、わずかな光源の中、ただジェシーだけが佇んでいた。


 ……全てを撤回する。こいつは強い。


 ババァと馬鹿にする前に、潰さないとこちらがババァにされる。


 モード=ザザ、スティンガーズを束ねて出して追加の手足とする。


 四本の足は安定と旋回力を、四本の腕は机をどかして椅子を武具とする。


 現状やれる最善手、さぁこい。


「こっちキンシャイ! おシヲきしちゃるサカイ!! おシリペンペン屋で!」


 振り上げられた包丁、ギラリと光るや、でっかくなっちゃった。


「マジかよ」


 言いたくなるほど急速に、正面からでもくっきりわかるほどに、でかく長く大きくなった包丁が、俺の顔面目掛けて振り下ろされる。


 その迫力、椅子など無意味、四足に両手を合わせて這い逃げるしかない。


「ヒャッハー! シンセンなショクザイや!!」


 斬風、縦横斜めに降られる包丁が椅子と机と天井とをみじん切りにしていく。


 理不尽な現象、めちゃくちゃな攻撃、だから異世界は嫌いなんだ。


 不満をこめて距離を取り、反逆の意思をこめて椅子をぶん投げつける。


「こんナンいらへーーーん!!!」


 今度はフライパン、大きく広く壁のように広がって、それをラケットのようにバックハンドで椅子を弾き、そのまま、なくていい胸を揺らしながらこちらへ突撃してきやがった。


 回避、右へ跳ぼうと踏み込んだ瞬間、直感が足を止めた。


 勝負師の感、危険への嗅覚、そちらでは詰むと、確信をもって足を止めた。


 ジュワ――――――――ン。


 刹那に聞こえてきたのは熱風と、弾ける音、そして油の焦げ臭くも香ばしい香りだった。


 ……これは、あの時、フライパンを振るった瞬間、闇の中へ、俺が飛ぶと予測して熱々油を撒いていたのだ。


 ゾンビとは、ババァとは思えない高等戦術、ホントに危なかった。


 だがまだ危ない。


 右に行かなかった分まだ避けてない。だから左へ、重心を移し、跳ぶ……ことができない。


 体が重い。


 自由に動かない。


 これは、


 疑問を最後に、俺は吹き飛ばされた。


 何もかもがシェイクされ、痛みに転げて飛ぶ意識に、最後に見たのはジェシーを背中だった。


 裸エプロン、最悪な映像を眼に残して、俺は意識を失った。


 ◇


 ベタな、実にベタな状況なのだが、俺が目を覚ましたら椅子に縛り付けられていた。


 それもこの世で最も信頼できるダウトテープに、グルグル巻きにされ、椅子に固定された状態だった。


 正面に見えるのはキャンドル、メッキとわかる燭台に溶けてでろでろとなった蝋燭がいくつか、塊となって明るくしている。


 その光が照らし出すのは、皿に乗った悪臭だった。


 言われなくてもわかる、これらは人体だ。


 脳のプデング、頭の照り焼き、スペアリブに、あとは表現するのもはばかられる何か、焼かれたり揚げられたりミンチにされたり、ソースやなんやらで色も香りも変えられて原形がないのにも関わらずそれが人の肉だとわかる不思議、さしずめゾンビのフルコースだろう。


 ここまできちんとやられると、めちゃくちゃすぎて怖くないホラーな映画を思い浮かべる。


 だがこれもホラー、人が死ぬ。俺が死にそう。やばい状況だった。


 ドン!


 机を揺らし、置かれたのは大きな寸胴鍋、立ち上る湯気と香りはかなり強烈だった。


「DIEたいかんせぇヤ」


 置いたのは当然ジェシー、ゾンビ顔で満足げに並んだ料理を端から見てる。


「アトは、めいんでぃしゅの刺し身だきゃ」


 言ってどこから包丁を取り出す。


「刺し身はセンドがすぐオチルさかい、チョクゼンでなアキマへんのや」


 誰に言ってるのかは知らないが、誰を刺し身にするのかは知っている。


 やばい。


 もがく、暴れる。剥がれない。


 そうこうしてる間にジェシーは机を回ってこっちの方へ。


 やばいやばいやばい。


 力む。意味がない。


 睨む。効果がない。


 命じる。反応がない。


 やばいほんとにヤバいほんとにヤバいほんとにヤバい。


 焦るだけで進展なく、ジェシーは目の前、手も足も出ない。出せない。


「おいまて」


 唯一動かせた口で言葉を発する。


「落ち着け。これじゃあ意味無いだろ」


 必死に言う、命ずる。だがむなしく響く。


「いいから、オイ、ちょっと」


 ジェシー、目の前、包丁、すぐそこ、もう、ダメっぽい。


「いい加減にしろスティンガーズ!」


 焦りと恐怖と色々混ざっての絶叫に、全身が打ち震えた。


 そしてようやく、我が体内に巣食う寄生虫どもが飛び出した。


 これにゾンビなのに驚き足を止めたジェシー、希望と絶望にまた焦る俺、それら一切を無視して、スティンガーズがその細くて白い体を向けたのは、料理にだった。


 ……何を考えているのか、何となくわかる。


 ホワイトスティンガーズは寄生虫、人体に入って肉と栄養を食む。


 すなわち彼らは人を食い、そして目の前にあるのは、美味しく調理された人なのだ。


 美味しそう。


 食う増えるしかないこいつらには、俺がいなければ本能しかない。そもそも味覚があるかもわからない。


 それが餌の前で、暴走し始めていた。


 これが引っ張ったものの正体だった。


 不覚、胃袋があるのかかないかわからない寄生虫が、胃袋を掴まれてコントロールから外れている。これは、想定してないピンチだった。


「おいスティンガーズ、俺が死んだら飯も何もないぞ。せめてゾンビ倒してから食おうぜ」


 意味があるかと言葉をかけるも、一切を無視して、スティンガーズは料理に突っ込んだ。


(健康が美味とは限らない)


 何だ?


(例えば霜降りやフォアグラなどは不健康そのもの。そうでなくても家畜は出荷前に無理やり体重を増やされて、もしも屠畜されずとも一週間と生きられない)


 俺の脳内に響く謎の声、イメージ、頭から離れない曲のメロディーに似て、だけども俺の知らない情報だった。


(ならばゾンビが美味なのも不思議ではない。高級な牛肉は熟成の過程で表面にうっすらとカビを生やすし、発酵食品の例えを出せばキリがない。死んでも硬直させず、歩き回らせることで無駄な脂が落ちて腱がほぐれ柔らかくなる。ゾンビは食材としての可能性を秘めているのだ)


 これは、ヤバい。


 ホワイトスティンガーズ、俺の脳に直結して、ボキャブラリーにアクセス、言葉を使い始めた。


 知性の獲得、相棒の誕生、もっと頑張れば萌えキャラロリ娘への擬人化も夢ではないが、支配権からの脱却はアイデンティティにかかわる問題だ。


(それでどうだろうこのロースト、生に見えるが実際は大きいブロックを焼いて、その周囲を切り取って中の赤みだけを出している贅沢さ、しかもこの肉は、病原菌系統のゾンビだったらしいが、その菌が加熱処理されると同時にうま味成分に変わっている。ソースはせき髄から搾り取ったエキス、それも同じゾンビから出なく、恐らくは呪術系と寄生植物系のものをあえて持ってきて使っている。妥協を許さない一皿、完璧だ)


 ……やばい。


 ホワイトスティンガーズ、俺のボキャブラリーで食レポ始めやがった。


 しかもそれが俺の脳を使ってのレポだから、俺に刺さる表現で、口を閉じてるにも関わらず、ありありと味がわかってしまった。


 それも、まずい方でだ。


 止めろ、やめろ。


 逆に助けを求めてジェシーを見る。


「おナカすいテたんだね。たんとおたべや」


 何で笑顔なんだこのゾンビは!


 叫びたい。吐き出したいがそれしたら本物口にねじ込まれそうでぐっとこらえて、地獄だ。


(このもつ煮はただのもつ煮ではない。実はラーメンなのだ。しかも麺は小麦ではなく膀胱を)


 やめろーー!!


 ◇


 ……地獄の晩餐だった。


 たっぷりの食レポ、たっぷりの時間、お陰で俺のテリーヌへのあこがれは永遠に失われた。


 それももう終わった。


 最後の一皿、一滴を舐めとる。


 食べ終わった。


 前例のない食事に、ホワイトスティンガーズは過去前例がないほどに増え、肥えてた。


 こいつら、体内に戻せるかも心配だが、それ以上に戻って来るのかも心配だ。


「たんとタベたねおヤセちゃんたち」


 いつの間にか隣に座ってたジェシー、そちらに先を向け、まるでなついているかのようにこすり付けるスティンガーズ、どっちも気持ち悪い。


「ほなら、これがサイゴや」


 そう言ってジェシーはべちゃりと、生々しいのを皿の上に置いた。


 それに群がるスティンガーズ、だけどもまるで躊躇するようにピタリと止まった。


 それから先をジェシーに向ける。


「カマ、へんの、や」


 ジェシー切れ切れの声で語り出す。


「あたしは、マンゾクや。サイゴにあんたらにギョウさん食べてもらえて、作ったかいがアッタってもん、や」


 切れ切れ、だけどもゾンビっぽくない声だ。


「これでなーーんのココロノコリもなく息子とダンナのとこ行ける。アリガトな」


 ジェシーの顔を撫でるスティンガーズ、虫酸が走る光景だ。


「さぁ、それも食べて、楽にしておくれや、おヤセさんたち。おノコしは、ユルしまへんデぇ……」


 パタリと、動かなくなったジェシー、その体はやせ細り、胸からは心臓がなくなっていた。


 ……それからまたたっぷりと時間をかけて、スティンガーズは最後の皿を租借した。


 ◇


 やっとの思いでスティンガーを取り戻し、椅子を砕く。


 自由、だが気分が悪い。


 最悪の気分だ。


 ただでさえあんなグロい料理見せつけられた挙句に、あんなベタで甘ったるい最後を見せつけられるとか、拷問でしかない。


 こういうゾンビものは頭空っぽにして個々の名前とか過去とか踏みにじって破壊のカタルシスに酔うものなのだ。


 それを、なんだよあの最後、撤回を撤回する、ジェシーはやっぱババァだ。


 残った食い残しを蹴り飛ばしたところで何も感じようがない。


 ただ虚しいだけだ。


 あーー気分悪い。


 気分直しに、他の犠牲者とか捕まってないか探したが、死体ばかり、唯一価値のありそうなのは料理道具一式、それも売ったところではした金だろうし、ならば孤児院にでも寄付するか。


 あぁだけども持ち出せるか怪しい。


 ここを出る前にゾンビに感染してないかのまたテストを受けないといけない。それも有料で、ハンターだから何とかなるが、確か道具類も引っ掛かるとのこと、そこまで金払うほど、これは欲しくはなかった。


 悩みの種、手を考えなければならない。だが、やはり今考えるべきはスティンガーズだろう。


 自己意識、勝手に暴走、ただでさえ俺を乗っ取ろうとしてくるのに、これで賢くなられたら、本当に俺が食われる。


 そうならないよう、ちょっと練習しておこう。


 ゾンビ相手だとまた暴走するかもしれない。


 なら、上に人がいた。


 女はあれだったが奥の子供はまだ大丈夫なはずだ。


 思い出したら、少しだけ、気分が晴れた。




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