第20話 リターナー


「大変なことになったぞ! ゴブリンが忍び込んで馬を殺して逃げた! ゲート囲いだ! この村はすでに、ゴブリンの大軍に包囲されている。もう逃げ場はないぞっ!」


 死織が叫んだ瞬間、喧騒に包まれていた酒場の中は、水を打ったように静かになった。

 その場にいた15人の男たちが、ぽかんと口をあけ、手にした陶ジョッキを掲げた姿勢で固まる。


 そのうちの一人が、不機嫌に死織を問い詰めた。

「おい、姉ちゃん、それ本当の話なんだろうな?」


「嘘をついてどうする」死織はその男の方へ向き直った。「信じないのなら、それでもいい。だが、厩の馬は1頭を残して皆殺しにされたぞ。逃げていくゴブリンの姿も、俺は見た。昼間、森の中でゴブリンの大集団も目撃している。あれはゲート囲いの連中に違いない。明日の朝には襲ってくるぞ」


 キャラバン隊の男たちは、がやがやと隣の者たちへ話しかけ始める。が、中には、死織へバカにしたような視線を向けて、酒にもどる者もいた。


「信じないのなら、それでもいいぜ」死織は自信たっぷりに告げて、腕組みした。豊かな胸を肘で押し潰す。「こう見えて俺は、ゲート囲いを経験したことがある。俺は『リターナー』なんだ」


「え?」一番手前のテーブルについていた男が驚いて顔をあげる。「あんた、帰還者(リターナー)なのか? じゃあ……」


「そうだ。いまはLV7の初心者だが、俺は過去に2度、このゲームにアクセスして、ダーク・レギオンと戦っている」


 え?と驚いて、ヒチコックは死織を見上げた。彼女はそんなこと、いままで一言もいっていなかった。過去に2度も『ハルマゲドン・ゼロ』に来ていたなんて……。

 ヒチコックの視線を無視して、死織は続けた。


「だから、よくわかる。ゲート囲いに巻き込まれた経験だって、もちろんある。あのとき俺は、それこそ必死の思いで逃げ出したもんさ。いいか、よく聞け。明日の朝、村の門が開く時刻になったら、ゴブリンの大軍がいっきにこの村に攻めてくる。今夜のうちに逃げようとしても無駄だ。あいつらは、街道の途中に斥候を置いているから、気づかれずに突破するのは難しい。馬がなければ、猶更だ」


 ふたたび酒場を沈黙が包んだ。皆が恐怖に見開かれた目を死織に向けている。


「いいか、明日の朝までなんの用意もせず、ゴブリンがこの村に攻めてくるのをただ待っていたら、ここにいる全員が化け物どもによって血祭にあげられる。が、俺たち全員が生き残る方法も、ないわけでもない。ただし、そのためには、おまえたちみんなの協力が必要だ。どうする? このまま朝まで飲んだくれて、化け物どもに首を刎ねられるか? それとも朝までにしっかり準備を整えて、ゴブリンどもを迎撃するか? おまえら自身が選べ」


 キャラバン隊のみんなが、静かにざわつき、互いに顔を寄せ合っている。ある者は険しい表情で否々と首を横に振り、ある者は拳を固めて低く熱弁している。


「死織ちゃん、ゴブリンを撃退する方法があるってのは、本当なのかい?」

 配膳用のお盆を胸に抱いたテッドが、不安げな表情で死織のところにきた。


 テッドには、メイミーという幼い娘がいる。自分だけならまだしも、娘まで巻き込まれてゴブリンどもにその命を蹂躙されるのは耐えられないのだろう。

 テッドの問いに反応して、酒場は再び、しんと静まり返った。みなが死織の返答に聞き耳を立てている。


「可能性はある。方法がないわけじゃないんだ。だが、みんなが生き残るためには、みんなの力を合わせる必要がある。自分だけが助かりたいと誰もが思ったら全員助からないが、みんなが力を合わせれば、やってやれないことはない」


「だったら」テッドは、そこで振り返り、酒場にいる全員に声を張った。「やってみるしかないんじゃないのか!」


 テーブルについていた全員がテッドの大声にうなずき、死織へ目線を集中する。


「よし」

 死織はひとつうなずいた。

「じゃあ、一丁やってみるか。全員、酒はあとだ。ゴブリンどもを撃退したのち、勝利の美酒として続きはやろう。テッド、村の人間を集めてくれ。これから作業を指示する。あと、この村と、付近の地図が欲しい。なるべくでっかいやつだ。残った連中は、ここのかたづけだ。この酒場を作戦指令室にする。それから、キャラバン隊の隊長さん、こっちに来てくれ。折り入って相談がある」

 死織は、右手をふりかざすと、指をぱちんと鳴らした。

「全員、動け!」



 その場にいた男たちが一斉に行動を開始した。

 テーブルの上の酒肴類がキャラバン隊のメンバーによって片付けられ、酒場の主人のテッドは村のみんなを集めるために外へ駆け出してゆく。

 キャラバン隊の隊長は死織のところまできて、まず自己紹介した。

「このキャラバンの隊長をしているボスレーだ、よろしく。なあ、あんた、おれたちは、ただの商人で、敵と戦ったり武器を使ったりはできないぞ。いったいどうやって100匹ものゴブリンを撃退するつもりなんだ?」


 それはヒチコックも聞きたいところだった。


「なぁに」

 死織は緩んだ表情で肩をすくめる。

「武器で攻撃したり、魔法を使ったりばかりが戦争じゃないさ。実際の戦争もほとんどの仕事が、土木工事だって言うからな。まずはみんなの力と知恵を借りたい。まず最初に言っておくが、あんたらの運んでいるあのレンガと酒樽。申し訳ないが、お城へは届けられないぜ」



 死織はにやりと、悪魔的な笑みを口元に浮かべた。


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