第48話 少年の死

 年も差し迫った年末。

クラスの友人達と他校の女子高生と共にケーキバイキングに行った帰りだったらしい。

五十六いそろくは皆と別れて、駅に向かおうとしていた。

そこへ小学生の姉妹が、手をつないで横断歩道を渡ろうとして、途中でどちらかが転んで泣いていたと。

信号が変わり、左折してきたトラックが入ってきた。

とっさに五十六いそろくが姉妹を歩道に引っ張り上げて無事だったのだが。

じゃあね、気をつけて帰りなよ、と言って格好良く去ろうとした時に、グレーチングに足を滑らせて側溝に落ちてしたたかに頭を打ったらしいと。

頭をぱっくり割って血だらけの五十六いそろくの横で、驚いた姉妹がわあわあ泣いているのに気付いた近所の人が消防に通報してくれたらしい。

救急車が駆けつけた時までは、五十六いそろくは泣きじゃくる小さな姉妹を宥めていたようだが、病院に着いた頃はもう意識が無かったらしい。

たまきは学校から連絡を受けて着の身着のまま自宅を飛び出して、緊急搬送された病院で、医者や五十六いそろくの父に顛末てんまつを聞いたのだが、さっぱり理解できなかった。

・・・あの、いつ退院できるんですか?

ほら、この子、この間、心臓の手術したじゃないですか。

成功したから、もう大丈夫だって言われたから。

年明け、追試なんですよ。

それ受けないと、三年生になれないんです。

それから受験ですよね。

大学入って、体鍛えて、卒業したら、警察官になりたいって言ってたから。

退院って、いつ頃でしょうか。

そんなことを話していたような気がする。



今思えば、何バカな事言ってたんだろう。

五十六いそろくの死が理解出来なかったのだ。

葬儀の今だって、納得できない。

高久の家は神道だったらしく、玉串を捧げて、遺族に頭を下げて、待合室に戻った。

初めて見た五十六いそろくの母親がしなのと泣き崩れ、父親が頭を下げ、一三かずみが何か話しかけてきたような気がするが、何だか全て遠く感じて、気持ちがさっぱりついていかない。

クラスメイト達が、五十六いそろくの遺影の前で絶句したまま、誰も言葉を発しなかった。

文化祭で出会った女子生徒が三人、目立たない場所に座っていた。

五十六いそろくが作って手紙と送ったというウサギのストラップを握りしめて、動けないでいる春海はるみに、うめ虹子にじこが何か話しかけていた。

声をかけようかと思ったが、出来なかった。

そのまま火葬場に向かう車を見送る時、たまきはその場に座り込んで泣いた。



 斎場の職員と何か話していた神主が、たまきを気遣ってくれた。 

彼は近くに小さな中庭が見える控え室があってそこは静かだから、とだけ告げた。

たまきは、頭を下げて、彼の言う控え室に向かった。

朝方降った雪が、うっすら中庭に積もっていた。

外の空気が吸いたかった。

扉を開けて中庭に出ると、小さな池の水面が揺れて魚の影が見えた。

こんな小さい池にも魚がいるのか。

水は冷たいだろうに。

しばらく、ぼうっと池を眺めていたようだ。

ぽん、と肩を叩かれた。

顔を上げると、見知った顔が目の前にあった。

磨き上げられた鎧をまとい、《毘》と書いてある旗を持っている。

「・・・・なんだ、あんたか・・・触んないでよ」

たまきはまた池にうつろな視線を戻した。

「いや、なんだ、ではなくな・・・」

ばつの悪そうな顔をしている。

こうなることを知っていたのだ。

「・・・何しに来たのよ。別にもう用事ないんだけど。死んじゃったじゃない。さっきまでなら体あったのに。もう焼いてる頃よ。生き返らせてくれないならもう来ないでよ」

恨み言と一緒に涙がどんどん出てくる。

池の魚がぽっかりと顔を出した。

心配そうにこちらをじっと伺っている。

「なんで体戻したの?あのままで良かったじゃない・・・・」

天下の毘沙門天びしゃもんてんをすっかりあんた呼ばわりだが、負い目のある彼は黙って聞いていた。

手術失敗したら死ぬのは自分。

成功したとしても、追試の前にケーキバイキングなんかに自分なら行かなかった。

もし行って、事故にあったとしても、死ぬのは自分で済んだはずだ。

「これは、少年と話してあったことだからな。いくつかの選択肢の中から、あの子が選んだ一番いい結果だ。もともと用意された未来は、手術は失敗するはずだった。死ぬのは、もちろんそなた。少年はその後、そなたとして生きる、それでも良かった。・・・。だが、手術に失敗したら、執刀医の責任が問われるであろう?それは避けたいと言うのでな。まずそこを改編して。あとはそなたが生きていけるようにした」

周囲の人間の気持ちを締め出して、五十六いそろくは全部自分で一人で決めたというのか・・・。

「バッカじゃないの・・・・」

たまきは顔を覆った。涙が止まらなかった。

ひんひん泣いていると、風がふわりと頬をかすめた。

パタパタと旗が揺れた。

「・・・ああ。時間だ。これでもう会うこともあるまい。・・・まあいずれ、そなたが死ぬ時にでも、ちょっと来てみような」

「もう来なくていい。どうせ何もしてくんないんだから。ほんと男って余計なことしかしないくせに役立たず」

「・・・うわ、基本女って冷たいよな・・・」

どこかで聞いたような。

「それから。・・・あの少年が健気に一人で仕事を済ますようなタマかいや。周囲を巻き込むタイプじゃろがい・・・儂もまだ一仕事あるでな。そなたも、息災でな、環刀自古たまきとじこ。健闘せよ」

ぎゅっと両手で握手されて、ぶんぶん振られた。

たまきは小さく、うん、とだけ頷いた。

ちゃぷ、と魚が一度跳ねて。

また雪が降り出していた。

「・・・たまき先生、タクシー来たからご一緒しましょ・・・」

何かと心配してくれるゆかりが、一人で外にいるたまきを探し出したようだ。

たまきは深く息を吐いて立ち上がった。

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