第29話 退路ではなく進路

  「ほんで?」

放課後、五十六いそろくたまきは保健室でまた会議、反省会をしていた。

「・・・バレたりはしないだろうけど・・・相当、怪しいと思われてるっぽい・・・」

「あのさあ、先生・・・。朝から焼き魚定食どーんと出して、法事の仕出しみてーな弁当まで持たせたら、そらーおかしいと思われるっつうの・・・」

だって。朝、自分と五十六いそろくの分の弁当を作っていたら、誰の分かと聞かれたのだ。

「そしたらさ、お兄さんの分ですと言うしかないじゃない・・・・」

なので、今日の昼は、自分の分の弁当は一三かずみに渡してしまったので、適当に作ったサンドイッチを食べた。

五十六いそろくは当然、弁当は届くものと思っているので、さっさとかっこんでいたが。

「絶対怪しいと思われてる・・・。あんた、電話かラインかでフォローしといてよ」

了解、と五十六いそろくは軽く頷いた。

「で、なんで昨日連絡くれなかったわけ・・・?」

「ああ。そうそれ!実はさー、昨日、ユカパイと、ケーキバイキング行ったんだよ!」

嬉しそうにスマホの画像を見せてきた。

豪華なホテルのラウンジで楽しそうに、山のようなケーキにがっつくたまき・・・ではなく、五十六いそろく

ゆかりも楽しそうに、あれこれとケーキを選んでいる。

「・・・最高だったー。一回行ってみたかったんだよねえ。二時間食べ放題で、七千円。超うまかったっ。ま、こんなカッコだけど、ユカパイとスイーツデートしちまった!」

私が・・・お前の家であたふたしている間に・・・お前らスイーツブッフェに・・・。

「ホテルのラウンジでよ。最後にパティシエのニイちゃんが出てきて、あーだこーだ言うわけ。ユカパイ、キャーキャー言ってライン交換してたしよー。さすがユカパイ、フットワークもケツも軽い!ナイスなビッチだよなー、アハハ!アンケートに、他にどんなのがあったらいいかって書いてあったから、焼きそばと寿司って書いてきたわ。甘いもんばっかだと、しょっぺーもん食いたくなるじゃん?」

だったら普通のバイキングに行けよ・・・・。

「・・・ああもういい。頭痛い・・・。私ばっかりバカみたい。・・・ほんと・・・ビルから飛び降りたら、体戻んないかな・・・」

「は、早まんなよな・・・頼むから・・・」

内線が鳴った。

「ユカパイかな?今度はフルーツバイキングに行く約束したんだよ!ねー、知ってる?銀座の千疋屋、要予約で果物食い放題やってるんだって!・・・はいはーい・・・。え?・・・ええ?・・・なんで?!・・は、はい・・・わかりました」

フラれたか、ザマーミロと、たまきはほくそ笑んだ。

千疋屋のフルーツバイキングだと?

羨ましい。テレビでしか見たことがない。

妬んでいると、五十六いそろくが受話器を放り投げて慌てた様子だ。

「・・・ヤベー!センセイ!ヤバい!」

「何がよ?」

「・・・兄ちゃんが、来る・・・!」

なんでよ?!とたまきは立ち上がった。


 高久一三たかくかずみは、木箱に入ったカステラ十本を抱えて、弟の通う学舎を訪れていた。

今晩には支社のある名古屋に帰るし、明後日からは仙台出張だ。

この先、なかなかこういう機会を持つことはできないだろう。

事務室で、兄である旨を伝えると担任の金沢先生は保健室にいる、という答えだった。

いわゆる保健室の先生が担任を持つ珍しさにちょっと驚いた。

これは人員削減の一環であろう。

本来はどこの学校も養護教諭に担任などの話は回ってこない。

おばちゃん先生も大変な時代だなあ・・・。

自分が高校生の時は、おばちゃん以上おばあちゃん未満な養護教諭が、案外のんびりと仕事をしていたものだが。

ああ、やっぱり最中もなか羊羹ようかんの方が良かっただろうか・・・。

カステラが喉に詰まって誤嚥でもされたら大変だ。

と思いながら、ドアをノックした。

「失礼します。・・・高久五十六たかくいそろくの兄ですが・・・・」

ドアを開けると、見知った顔が椅子に座っていた。

弟だ。

「・・・なんだ。いそ、いたのか・・・」

なんだか緊張した面持ちでこちらを見ている。

さては、また何か悪さでもして説教されていたのだろうか。

・・・・となれば、手土産を持参してまことに良かった。

挨拶というかお詫びになってしまったが。

その横に、白衣を着た女性が立っていた。

「・・・は、はじめましてっ。担任の、金沢環かなざわたまきでゴザイマス」

彼女もまた緊張した様子だったが、ぺこりと頭を下げた。

意外だった。

弟が、いつもおばちゃん先生だと言うから、大体五十代くらいなのだと思っていた。

どう見ても、目の前の女性は二十代後半か三十代前半だろう。

男子校で男子ばかりのクラスを受け持ち、しかも養護教諭で保健体育を教えているというのか。

なんと危篤な・・・。

前世に何か悪いことをして今世修行をさせられているとしか一三かずみには思えない。

「兄ちゃん・・・、突然、ど、どうしたのかなー?」

黙っている兄を不思議に思ったのか、弟が声をかけてきた。

「ああ。あの・・・」

どん、と机の上にカステラの紙袋を置く。

「いつもお世話になっております。良かったらこちらどうぞ」

ソファを勧められ、一三かずみが座った。

「で、いそは何でいるんだ?」

「・・・こっちのセリフだけどね・・・。いやあの、最近、いろいろ相談に乗っていただいておりまして・・・。ね、先生?」

「・・・あ?ハイ。そう、そうなんです!」

「ありがとうございます。お手数おかけしております。この度もいろいろとご面倒をおかけしたようで。その、食事の作り方や栄養などご指導頂いたようで」

一三かずみは頭を下げた。

「いえそんな・・・いつものババくさいものですから」

言いながら、1.5リットルのペットボトルから注いだアイスミルクティをテーブルに並べながら、にこやかに微笑んだ。

朗らかな先生のようだ。一三かずみはほっとした。

なぜか五十六いそろくは憮然としていたが。

「・・・それで、兄ちゃん。どうしたの。・・・三者面談は十一月始めの第一週14:00から、クラス名簿のあいうえお順で開始なんだけど」

「いや、いつもお世話になっているから。お礼と、普段の様子を聞いてみたくて」

「・・・・・・でも何も今日来なくたって、いいんじゃない・・・?」

「いやいや、こういう機会もなかなかないから。それで、先生。弟は普段いかがな様子ですか?」

「・・・あ、はい。はい?・・・あ、あの・・・高久くんは、最近とても、いい子で・・・。成績も、下から5番目だったのが、上から7番目になりまして・・・」

一三かずみが首を傾げた。

「それは事実なのでしょうか?・・・今までこいつより下がいたのもびっくりですが・・・」

「・・・ええと、あとは、学校行事にもきちんと参加するようになりまして・・・服装も、生徒会規範帳に載るぐらいきちんとしています」

職員会議で教師達に言われていることをそっくり言ってみたりして。

まるで人が変わったようだと評判なのだ。

実際変わっているのだが。

「ですので、お兄さんが心配すること、ほんとにないですから・・・」

「そう言って頂けると・・・。体が弱い子でしたし。母とも早く別れて、父も忙しくて、私も大学進学から実家を出まして・・・。実際、誰がこの子を育てたのかわからないようなかわいそうな事をしてしまいまして。過保護、いや、父は負い目でしょうね。どうしても、やりたい事よりやらなくてもいい事ばかり見つけてやらせてこなかった。・・・自分でここまで育ってくれた子なんです。だから、申し訳ないですし、ずいぶん可愛いんですよ、父も私も」

わかります、と弟が涙ぐんで目元を抑えていたが、ティッシュの箱を養護教諭にぽんと投げた。

金沢先生を見ると、彼女もまた泣いているようで、受け取ったティッシュで顔中を拭いていた。

「いや、なんか・・・ちょっと改めて聞いたら、かわいそうになっちゃって・・・」

たまきの姿で、五十六いそろくは、おんおん泣き出した。

そういえばそうだ。母と別れて以来、誰かに育てられたか、と言われたらはなはだ疑問なのだ。

強いて言えば、面倒を見てくれたのはしなのだが、彼女だってやはり親ではない。

「大丈夫です!お兄さんっ。高久たかくくん、進路も決まりましたし、頑張るって言ってました!」

「そうなんですか・・・?!」

「えっ、えぇ!?」

たまきが驚いて立ち上がった。

遅い!だが、やっと決まったか!先生、待ってたよ!

「うん!前から薄々は思っていたけど警察官になりたいそうです!」

「・・・はあ?!」

五十六いそろくが机の引き出しから、ノートを取り出した。

たまきはノートを覗き込んだ。

見覚えがある几帳面な字が書いてあった。夫の字だ。

「・・・警察官になるには、エート、まず警察官になるための地方公務員試験というものを受けて、警察学校に入学し、半年ほど研修、勉強して、その後、卒業したら配属が決まる、そうです!」

一三かずみはぽかんとしてノートと担任を見比べた。

「・・・警察官・・・それは、ものすごく意外ですが・・・」

ちょっと前まで、マジ南の島で遊んで暮らしてーとか言っていたのに・・・。

警察官のような社会の規範となるような職業に憧れを抱いていたとは・・・。

「は、反対なんですか?!」

「いや、実際なれるかどうかは別として、応援したいですが・・・」

良かった、とほっとしたように金沢環かなざわたまきの姿で高久たかくは微笑んだ。

思わず見とれてしまって、一三かずみははっとした。

「・・・今日はありがとうございました。私も一度会社に戻りますので、弟を送っていこうと思います。そろそろ失礼します」

「は?あ、いえいえ。・・・こちらこそ、どうもありがとうございました・・・」

ぺこりと頭をさげる。

たまきもリュックを持つと、ぺこりと頭を下げた。

なにか言いたそうだったが、そのまま二人は保健室を出た。

「いや、知らなかったなあ・・・、いそ、警察官になりたかったのかあ・・・」

兄がしみじみと言った。

「・・・え、えー・・・うん・・・?」

こっちこそ全然知らなかった・・・。

不良少年が警察官になるなんて、昔のドラマのようだが・・・。

警察官試験・・・どのくらい難しいんだろう・・・。

警察官では無く、地方公務員試験、いわゆる県や都府に勤務する職員の方だけれど。

その試験勉強は、大学時代にほんのちょっとかじった事はあるのだが。

過去問見てみないとわからない。

ああでも、まさかそれまで自分が受ける事になるとは思いたくないが・・・。

「・・・なあ、いそ・・・」

「は、はい!?」

ぼんやりした様子の一三かずみが保健室のドアを眺めていた。

「金沢先生って・・・彼氏いるのかなあ・・・」

「へ・・・?は、はあ・・・!?」

たまきは驚いて、隣のはにかんだ笑顔の男を見上げた。



 数日後、たまき宛に、笹かまと牛タンとずんだ餅という山のような仙台土産が届いた。

「・・・あいつ、何考えてんだぁ?」

高久たかくは兄の真意を測りかねながらも、笹かまを二個いっぺんに口の中に放り込んだ。

「んあああ・・・うめー・・・。やっぱ笹かまはただの蒲鉾かまぼこじゃねーわー・・・蒲鉾かまぼこ王様キング。・・・このチーズ味とサラミ味いっぺんに食うと口ん中でハーモニーが広がる・・・最高。よし、次、甘いもん行くか・・・」

保健室のテーブルに笹かまとずんだ餅を積み上げる。

「しょっちゅうライン来るんだよな。金沢先生がどーたらこーたら・・・」

早速、警察官の筆記試験の過去問を開いていたたまきが顔を上げた。

「・・・これ以上話を複雑にしないでちょうだいよ?・・・ね、本気で警察官になりたいわけ?」

警察官試験の過去問を解きつつ、たまきが尋ねた。

「・・・ああ、やっぱり、私ここ間違ってた。苦手なのよね、放物線の問題って。・・・・ちょっと、この試験、結構難しいよ?時事問題多いし。あんた、ちゃんと新聞読んだりニュース見てる?・・・・あのさ、どう考えても、私が勉強しても仕方ないんだけど・・・」

「だってよ。万が一、試験までに体戻らなかったらどーすんだよ?」

「私に警察官なんか務まるわけないじゃないのよ・・・婦人警官ならまだしも」

機動隊になんか配属されたらどうしたらいいのだ。

「俺が婦人警官じゃおかしいだろ!?あとさ、兄ちゃんには、先生には旦那いるって言ったからさ。ダイジョーブダイジョーブ」

「そう?ならいいけど。・・・えーと、警察官になるにはね、高校卒業程度、大学卒業程度って試験が別れてるんだけど・・・。うーん、大学進学は考えてないの?」

「なんか俺、もうベンキョーとかより、仕事を覚えたいんだよねー。警察官か、大工さんとかやってみてえ」

「・・・大工さんかあ。手先器用だもんねぇ・・・。うちは工業高校じゃないから、建築系の情報ないもんなあ。駅前に職業訓練学校っていうのがあるんだけど。一回見学行って来ようかなあ・・・」

技術職を育てるためのかなり実践的な学校だ。

「俺も行く!」

「そうね。本人が見るのが一番だからね」

職業訓練学校に見学者随時募集という垂れ幕がかかっているのを見たことがある。

「かっけぇなあ。親方とかいんのかなあ・・・」

東海林しょうじ君はJR受けたいらしいし・・・。結構みんな、意外なんだよね・・・」

「えー。だって、東海林しょうじ、マジ鉄道オタクじゃん。休みになると、青春18きっぷで一人であっちこっちの鉄道乗りに行くんだ。ほんでどっかの駅のネコ駅長とかの画像送ってきたりするし」

「へえ・・・。そうなんだ・・・」

「たださ、あそこんち、そこそこデッカイ病院じゃん。うちも父ちゃん会社やってるけどさ。兄ちゃんいるし、俺には全く向いてないからうるさくないけど。あいつ医大行かなくていいんかねえ?」

「・・・うん、だよねえ・・・・。理解あるお母さんみたいだけど・・・」

三者面談までに話を聞いておかなければ・・・。

「って、私この姿じゃ聞けないしなぁ・・・・」

もうなんでこんなことに・・・。

不甲斐ない・・・。

三者面談なんて大役をこんなアホに任せなければならないなんて・・・。

「あ、まただ。ウッゼーなあ」

五十六いそろくが舌打ちをした。

「また兄ちゃんからだ。あー、笹かまうまかったよっと・・・。今度は先生に名古屋土産送るって。先生、ういろうと、味噌カツどっち好き?」

「え・・・味噌カツ?」

「はいはいっと!」

「じゃなくてさあ。・・・なんで?ちゃんと説明したんでしょ?」

「ああ?旦那いるって?言ったよー。しかも警察官だって。感謝のつもりなんじゃねえ?あいつ、父ちゃんに転勤ばっかさせられて、友達少ないしな」

ほぼ毎年、東と西を行ったり来たりしているのだ。

来年あたりは、北海道か九州に転勤じゃない?と他人事のように父が言っていたのを思い出して、五十六いそろくは、北海道ならカニ、九州なら明太子かと舌舐めずりをした。 

 

 五十六いそろくは煮込みハンバーグをチンしながら、カステラを一本食いしていた。

「このザラメくっついてるカステラうめーよなあー。最初に考えたヤツ、天才!」

一三かずみの持参したカステラは、職員室で一切れずつ皆で食べ、残りは持ち帰った。

「全部同じ味つうのが気が利かねえよなー。抹茶とか、大納言とかあるのによー。お?」

また、メールが入った。

「・・・また先生の話か・・・。いいかげん、キショ・・・」  

自分の身内がこうだとひくわ・・・。

先生の様子だとか、好きな物だとかをいちいち聞いてくるのだ。

「ま、スリーサイズぐらいなら教えてやれるけど・・・。・・・先生にバレたら殺されるな・・・」

週毎に腹がきつくなり、ウェストのサイズが大幅アップになったことはたまきには伏せておこう。

女の消費カロリーはかなり少ないのだろうか。

ちょっと食べるとすぐに体が重く感じる。

「いい加減にしろ。何のつもりだよ。・・・送信っと」

二本目のカステラを食べようと桐の箱を開けた。

「・・・返信爆速男め・・・どれどれ・・・?」

内容を確認しながら蓋を持ったが、驚いて取り落とした。

「いやいやいやいや・・・。無理だろーーー!」

《結婚を前提におつきあいしたいと思っている》  

という浮かれた文章と、ハートを抱いたパンダのスタンプが躍っていた。 

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