第15話 ブラッシュアップ・キ◯タマ

 翌日、学校では、突然のたまきの変身ぶりが話題となっていた。

実際、世に言う変身やイメージチェンジというよりは、今までが地味だったので、随分と違って見えるものらしい。

キンタマ、イメチェン?

いや、ブラッシュアップって言うらしいぞ、今。

生徒達がざわついていた。

「クラスの連中のあのアホ面!ウケるー!」

楽しげに保健室に響き渡る声でケタケタと笑う高久たかくを、げんなりして環は見上げた。

今日も、しなのの弁当を渡しにきたのだ。

その横で、たまきはコンビニで買ってきた焼うどんをすすっていた。

「んっ、やっぱハンバーグ、うめー」

デパートで選んで貰ったと言う、生地からして高いと分かるシャンタン素材のネイビーグレーの張りのあるスーツ。

パンプスは足が痛いからとスニーカーだが、それもレディース用のブランド物だった。

ブラジャーもしっかり計測して貰い買ったらしい、自分が知る胸の位置ではない随分上から胸が生えているのが不思議だった。

化粧品もフルラインで揃えて来たと成分を説明されても何が何だかわからない。

ただ一つ、分かったのは。

高久五十六たかくいそろくの、なんという女子力の高さ。

しかし。

「そこまでやって、なんでストッキング履いてくんないの・・・?」

足首より短い靴下を履いている。

そんなの見た目には生足と一緒ではないか。

頼む!履いてくれ!とコンビニで買い込んだストッキングを手渡した。

お菓子の入った袋ごとどこかに置き忘れたと思ったが、朝になったら部屋の机の上に置いてあったのだ。

きっとしなのさんが気を利かせてくれたのだろう。

「えー、こういう靴にもストッキング履くのかよ。だいたいさ、トランクスの上からストッキング履くっておかしくねえ?ゴワゴワしそうじゃん・・・」

「・・・せめてブリーフになんないかな・・・」

「嫌だねっ!俺は、トランクス派なの。女が男のパンツ買ってても誰も文句言わないのに、なんで男が女のパンツ見てると変態って言われるんだ?あれだな、なんで蕎麦屋にうどんがあんのに、うどん屋に蕎麦がないのかっちゅっーのと同じぐらい不思議だわ」

たまきは、他に不思議なことはないのか、あんた来年受験だよ・・・と思ったが、飲み込んだ。

「・・・あ、そうだ。昨日お父様に会ったよ」

「え、めずらしくねえ?次帰って来るのは正月だと思ってた」

「お土産渡したらね、ありがとうって。お話した限りでは、とてもいいお父さん」

まあね、と高久たかくは頷いた。

素直さにちょっと驚いた。

「・・・俺の父ちゃんと母ちゃんってさ、俺が小学校の時に離婚してんのね」

突然身の上話が始まり、たまきは身構えた。

「・・・ご健在なの?お母様・・・」

あまりにも実体が無さすぎて、おそらく早逝されたのだろうと思い込んでいた。

「うん。生きてる。つーても、まあ、しばらく会ってないけどさ。手紙は何回か来たんだけど。無視してた」

その理由は、父に気を使って、と気まずい半分。というところだ。

「どちらにいらっしゃるの?ご実家?」

以前、母の実家の地元の成田山で七五三をした、と聞いたから千葉県だろうか。

「実家ではない。あ、でもよ、かーちゃんの方のばーちゃんとじーちゃんは、今でもたまに会うしな」

「その時、お母様と連絡とかは?」

「そんな話あるけど、俺が嫌だって言ってんの」

そうか。複雑な事情があるのだな。

「だからあっちのじーちゃんもばーちゃんもさ、兄ちゃんにも、気を使ってるし・・・」

まだ面識はないが、兄、という人はどんな人なのだろう。

「おいくつなの?お兄さん」

「んーと、俺は九つ違うから、結構上。二十七、八とか・・・多分そんくらい」

それでも、たまきよりも年下だ。

「父ちゃんの会社の支社で働いてんの。リーマンね」

普段は自分のマンションで暮らしてるので、あまり実家には寄り付かないようだ。

「・・・じゃ、行事とか記念日とか。用事ある時とかどうすんの?」

「行事に記念日?学校でもねえのに?大体、お互い用事なんか特に無いし」

男兄弟とはそういうものなのだろうか。

たまきにも妹がいるが、クリスマスだ、誕生日だ、ひな祭りだ、母の日だ父の日だと、イベント毎にメールを寄越す。

自分や自分の子供たちの誕生日が近いと、あれが欲しいこれが欲しいとおねだりメールが来るし、家族で旅行に行った先の土産をこまめに送って来る。

「・・・ちょっと。なんか素っ気ないんじゃない?」

「ソッケネーって、そりゃ、あんたんとこじゃん。マジで旦那帰ってこねえけど」

「だから・・・。捜査本部が出来たら詰めちゃうから、帰ってる暇ないの」

「そうだけどよ。・・・ケーサツカンだから仕方ねえのかもだけど・・・。だけど。ちょっと淡白っつうの、冷え切ってるっつうの?」

「そこまでハッキリ言わなくていいから」

「だよな。だから、センセーは枯れっちまってるわけだし」

すごい失礼なんですけど。

「・・・枯れてません」

「いやっ。枯れてる。だってよ、あんなヨレヨレの皮膚病の犬みてぇなブラジャーしてグラビア載ってる女見たことないしさ。パンツも、なんかダッセーでっかいパンツだし」

「・・・それはあんまり失礼じゃない?パンツはね、綿が一番なの。ザブザブ洗えて、一番いいの。枯れる枯れてないの問題じゃなく、私が綿パン主義なの!」

「じゃ、聞くけどよ。あんた、自分のブラジャーのサイズ、言ってみ」

「何、いきなり・・・」

いいから、と強く促される。

「・・・75のD」

「ブブーッ。70E。下着売り場のお姉さんがちゃんと測ってくれたから間違いない」

今もつけてる、と上着をめくってタグのサイズ表記を見せようとブラをひっくり返そうとする。

「・・・ちょっとっ!脱がないでよ!バカじゃないのアンタ!それ私の体なんだから、ひ、人前で絶対脱がないでよ!・・・・・・・・そ、そうなの?」

なんだか、ちょっと嬉しい。

「いや、そりゃゆかり先生に比べたらね、大したアレじゃないけど、私にしたら、大進歩よね・・・」

「ああ、ユカパイの爆乳。あれニセパイだよ。あんな仕上がりミサイルみたいな乳にすんのにどんだけいろいろイリュージョンしてんだかなあ・・・シリコンどころかコンクリ必要だろあれ」

「・・・え?」

「見りゃわかんじゃん?あいつ、生乳、どら焼きくらいっきゃないよ。・・・あと、アンタ、肌質はいいらしいよ。ほっぺた赤いのは乾燥で皮膚が薄くなってるからなんだって。ちゃんと手入れしたら治るし、シミも薄くなるって言ってた」

「・・・本当?アンタは欠席したけど、去年の夏の臨海学校の引率で新潟の瀬波せなみ行ったじゃない?その時、随分焼いちゃって、しばらくしたら、シミそばかすがすごくて・・・」

ちょっとよくなるんだ、よかった。

「・・・・ていうかさあ、あんた、どこの化粧品屋行ったのよ?」

「あれ、服と同じとこ。買い物一ヶ所で済ませたほうが楽じゃん?銀座の三越の一階の・・・なんつったかなあ・・・」

デパートのコスメカウンターに行ったのか・・・。

「じゃ、これ?この服も、下着も三越?」

「あんだよ、アンタ伊勢丹派?・・・それがさあ、さすがデパート。きれーなおねーさんいっぱいてさー。あと、デパ地下スイーツがめっちゃうめーのな!」

「・・・デパ地下スイーツ・・・・・」

いいなあ。そういう時呼んでよ。

「じゃなくてさ。あんた、お金どうしてんの・・・?」

自分が渡している生活費を越えてしまっているではないか。

ほれこれ、と高久たかくは父親名義の家族カードを見せた。

「バカなことにお金使わなくていいから、やめてよ・・・」

「いや、だってよ、今は俺のことじゃん?俺のことに使っていいじゃん。俺のなんだから。そもそも、ババアでダッセー先生が悪いんじゃん。俺、嫌だからなっ。いきなり三十過ぎたダセー女になっちまった身にもなれよっ。ちっとマシになろうとしたってふつーじゃん!?」

「・・・そりゃ、ださいかも・・・しれないけど」

「かもしれないんじゃなくて、ダセーんだよ。真面目なのとダセーのは、違う!」

ああ、と環はため息をついた。

相手は、二十歳にもなっていない男子高校生なのだ。

女性に対して夢もあったろう。

同じ年頃の女の子に対する憧れもあったろう。

なのに、突然こんな三十超えの女の体になってしまって・・・。

「昔から、たまにあんじゃん!?同級生のちょっとかわいい女の子と入れ替わっちゃった系のドラマとかよ!なんかあいつら楽しそうじゃん!?なのになんで俺はオバハンとなんだよ?!不公平だ!」

戸惑いつつも少しずつ心を通わせるあんなトキメキは、高久たかくには全くないのだ。

たまきは、げんなりしつつも、申し訳ない気持ちが勝った。

「・・・わかった。好きにしていい。私のお金、口座にあるから必要な分は使って。・・・でも、あんまりすごいのはやめて」

「そりゃ、俺だって、アンタにアイドルみたいなカッコさせたらイタいだけっつうのはわかってるよっ」

「・・・だよね、うん。なら、まず、スカートの丈は、膝下まで」

「膝下までな。だな、ま、センセイなら、妥当だな」

「・・・胸も見えすぎないように。シャツのボタンは全部留めて。ジャケットもちゃんと着て」

「・・・えっ?せっかく、デッカくなったのに・・・?・・・わかったよ」

「ストッキングは、履くこと」

「う・・・努力する」

「化粧は。・・・目の上と、ほっぺた、少し薄くして」

確かに、高級な化粧品で発色がいいのだろうが、少し濃いのだ。

頬のチークも強くて、若い子なら可愛いが、自分では下手すればオカメインコの仮装だ。

「わかった」

よし、と環も頷いた。

「・・・アンタのほうはなんかないわけ?」

「え?」

「だって。私ばっかり、ダメ出ししてちゃ悪いでしょ」

「え。うーん。・・・別に無い。だって、職員室でさ。他の先生が、高久たかくは最近真面目で優秀だって言ってんだよな。今まで、そんなこと言われた事ないから、なんか評価上がってんじゃん、俺」

真面目と言っても、別に普通に授業受けてるだけなのだが。

「あ、そうだそゔだ。俺、たまに東海林しょうじとかと帰りラーメン食いに行くの。付き合い悪いと思われるの嫌だから、ラーメン行って。それだけ」

それだけって・・・いやいや。

「・・まずさ。高久君。あなたは進路はどう考えてるんですか?」

「はあ・・・?」

と、なんとも気のない返事だ。

二年に進級したタイミングで一度進路調査をしたのだが、高久たかくは白紙解答だったのだ。

「多少無理目なとこでもいいから、進路希望、言ってみ?先生、誰にも言わないから。あんたさ、確かに素行は悪かったけど、出席日数も足りてるし、赤点て取ったことないのね。でも部活やってるわけでもないし、特にどういうことに興味があるのかとか、正直わからないのよ。あ、でも、今から医大とかパイロットとかはやめてよ。無謀だから」

真剣に問いかけると、高久たかくはばつが悪そうな顔をした。

「んー、考えてないんだよねえ・・・」

「あんた、高二の秋よ、今?頼むわよ・・・遅い!おっそいのよ?すでに」

「・・・今日から考えます」

「よろしくね。冬休み前に、最終進路調査するんだからね」

というか、自分たちはいつまでこの姿なのだろうか・・・。

それも考えなければならないのだが・・・。

考えても考えても、自分だけではどうしようもないことばかりで、嫌になる。

体が変わっても、立場が変わっても、それは変わらないようだ。 

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