第56話:エピローグ

酒場カルブヒルで二人の男が酒を飲みながら話していた。

片方は装備の上からでも筋肉が盛り上がり、肉体派の前衛だと分かる。

もう片方はフードをかぶって入るけど、少し身なりが良さそうな装飾品をしている貴族のような格好だ。戦いには向かなそうな人だ。

そんな身なりの良い男が管を巻くように話している。

「人は道具という機器の利用により、文明的には進化したが、個々の『コミュニケーション能力』『危機回避能力』『想像力と創造力』が退化してきた。

その理由は、しっかり相手と話をする時間を持たないからだろう?」

「平穏や楽と言うものにあぐらをかいているたのさ。」

体格の良い男は少しウザそうに答えた。

「それもある。だが、道具が機械になり、機械による自動化は、楽になれると思っていた生活が、逆に全てが高速化になり、対応する事象が膨大になった事で、人そのものも高速化に対応しなければならず、作業が増え続けた結果、人は人の生活を疎かにしていった。

やがて人は、自動化した機械の中身の全てを把握できなくなり、把握できない箇所は他の物に委ねるのだが、コミュニケーション能力ですら退化している今、機械の進化に追いつけない。

そして、人の生活を維持するコストと言うものが足枷になった。

食事はエサになり、衣類は画一化されたブランドで統一され、住む場所も穴蔵の中から冬眠部屋というカプセルに。」

「まるで、生きている人間が邪魔という事のようだな・・・」

「そこまでは言わんが、何もしない、何も出来ない人間は邪魔になった。それが格差になったんだろ?

何もしない人間は主張だけ立派に文句を垂れ、それでも世界が回ると勘違いをしていた。」

体格の良い男は何も言わなかった。

「世界が変わるのに、変わらない人達は自分達の主張を、お主が言うところの使ってはいけない兵器で飾り立てたんだろう?」

体格の良い男は何気なく聞いていたが、その兵器という単語で動きが止まった。

「その頃には機械が自分自身を把握し、自らを維持し管理できるよう進化。

機械の『単なるバグ』が意識を持ったAIに変化したのは、ミジンコから霊長類へ進化した、人類のようなもんだ。

機械はやがて人間社会への管理も始めていた。使ってはいけない兵器を掲げる者達を監視する為に。

だから、機械が人を間引くためのプログラムに変化しないか人は警戒せざる得なくなり人は組織を一つ作った。」

男はそう言いながら酒を仰ごうとするが、ビアマグの中は空っぽだった。

「お姉ちゃん!もう1杯追加で!」

そう少し遠くにいるウェイトレスにオーダーを言うとテーブルに肘をついて男を見据えた。

「監査官殿。お主の仕事はそちら側の組織なんだろう?」

そう言われた男は空のビアマグにほんの少し口をつける。

「随分人間ぽく話をするんだな。」

身なりの良い男はウェイトレスからお代わりの酒を受け取るとそのまま口にして半分飲み干した。

「監査官殿の方こそ、監視する機械・AIかと最初は思ったんだがな。」

身なりの良い男に話を逸らされて、ガタイの良い男は不機嫌になった。

「俺は趣味でこの場所にきている。それに、クランメンバーが気がつくはずさ。怪しい奴にチューリングテストしたがる奴がいるもんでな。」

「王宮の人間に片っ端から、時間を掛けて会話テストしていた冒険者がいたって報告は受けている。お主のクランのメンバーだったか。」

男はそこまで言うと、豪快に残り半分のビールを飲み干すと、もう一度ウェイトレスを呼んだ。

「結局使ってはいけない兵器を使われた、お粗末な結果だけしか残されていなかった。それを横で見ていた、他のモノがいたとはな・・・」

「それそれ!月に意識があっただって!?しかも太陽から繁殖して!」

「言われてみれば、コンピューターの中で意識が維持できるなら、太陽は複雑な電磁波の嵐。意識が生まれコピーを作ることも、長い年月が掛かればできていたのかもしれない。月も一つの巨大な鉱石でできたメモリーだ。電磁波で回路のプリントが出来ればその中でAIを残して動かす事は・・・いや直接調べたわけでも聞いたわけでも無いあくまでも想像だな。」

こちらの男もビールを飲み干すと、今来たウェイトレスにおかわりをオーダーをした。

「2つですね、お待ちを・・・」

ウェイトレスは空になったビアマグを持っていった。

「人間の月の開発か?それはどうなるんだ?先に信頼のある機械と人だけを月に移して種の維持と管理を行う予定だろ?同時にそっちも調査するんだろう?」

「さぁな、コンタクト取れるなら、月の意識様とやらとお話でもして、打開策を模索していくんだろうが。。。」

「人にはそんなに時間が残されていない。」

ビアマグにかけた小指を外して、相手を指さす。

「そうだ。それ以上は上の人間が考えることだ。ダメなら、俺たちは死滅していくか奴らが滅ぶしかない。」

「おいおい、俺の愛したこの世界、この都市、この世界は大丈夫なんだろうな?」

「人があっての仮想空間だ。暫くは二の次だろうな。」

「酔いが冷める答えだなぁ」

男はウェイトレスが持ってきたビアマグを受け取り、少し口をつけるとすぐにテーブルに置いた。

「ああ、俺もこう話してても、未だ信じられない。上層にはログと一緒に報告したが、どこまで信じてくれるかどうか。」

ガタイの良い男もおかわりを口にするが全く酔えていない。

「月と太陽に存在した意志というのが、人間を強制的に排除するのではなくて対話でなんとかしようとコンタクトを取ってくれれば・・・ネックはプライドまで持ち合わせているかどうか・・・」

「おいおいその対話、我々は蚊帳の外になるんじゃないだろうな?」

「ああそうか、直接人間にコンタクトしても現実的には思われないから、このゲームの仮想空間に冒険者Aという実態があるように振る舞いつつ、自分達の太陽と月の意識ある種族と言う存在がある事をまずは知らしめた。」

「この世界を無断で媒介にしたと言うことか・・・次はレディーのお部屋に入るようにノックしてきて欲しいものだが・・・あ〜あぁ、すっかり酔いが冷めてしまったぞ。」

「本来なら全世界をあげての祭になる事象だが、対話できる人以外の存在は全く苦労する。」

「おいおい、この世界の住人とは、普通に平穏に意思疎通は出来ているだろう?」

身なりの良い男はテーブルを指でトントンと叩いた。

「ああそうだな。あんたも含めてか、あんた以外のなのか・・・」

二人はほんの少しの間、お互いを睨み合った。

「で、噂のNPC君はどうするんだ?参照されたデータは月の基地開発データだけだったんだろう?月開発の全てを彼は知ってしまった。」

ガタイの良い男はビール樽グラスをテーブルに置いた。

「俺が決める事じゃないが、余計な事を言わないように暫くは監視だな。お前の所もあのメイドで監視するようにしているんだろ?」

身なりの良い男はニヤリと笑った。

「全く・・・色んな意味で忙しくなりそうだな。今のうちに少しは仕事してから今日はお終いにするか。」

そう言うと身なりの良い男は立ち上がった。

「また、近いうちに話そう。」

「あっ!おい!」

身なりの良い男は、ガタイの良い男の静止を聞かずにそのまま店を出て行った。

「ちっ言いたい事言って支払いもせずに出て行きやがった。無銭飲食王め・・・」

男は舌打ちをすると、酒を一気に仰ぐ。

「あら、もうおかえりになったのですね。もっと飲むかと思って、もう5・6杯用意したのに。」

「問題ない。テーブルに置いてくれ。」

「かしこまりましたぁ〜。」

ウェイトレスはそう言うとカウンターにビールを取りに行った。

すると今度は別の男性が二人組が話しかけてきた。

「ドゥベルさぁ〜〜んじゃないですか?」

「最近、健やかにレベルアップが進んでるようだけど・・・」

「何かあったんだろ?」

「いい事あったんだろ?」

ドゥベルと呼ばれた男は面倒臭そうにしたけど、男たちに顔を向けずに答えた。

「日々の鍛錬だ。」

「本当にそれだけか?本当にそれだけか?」

「お前についていけばどんだけ、おいしい思いができるんだ!?」

ドゥベルは鬱陶しいなぁと言う顔をあからさまにしたが声に出さなかった。

「悪いが、うちのクランに入会するにはお前たちじゃ少し筋肉が足らないなぁ」

また別のガタイ良い二人組の男が話かけてきた。

「んげ!ホーウェンに、ミハエル!」

「遅いぞ!」

ドゥベルは二人を睨んだ。

「あれ!?俺たち有名人?」

「日頃の行いかな?」

「こいつらに絡まれると、変態が移って女性運が逃げていく!いくぞ!」

そう言うとドゥベルに絡んだ男たちはそそくさと逃げていった。

「チョトマテい!!」

「その言われはなんだ!」

ドゥベルは絡んできた男たちの弁明はしなかった。

それよりも、自分も変態扱いなのか?と心配にはなった。

「他は?」

「とりあえず、僕達だけ先に来たよ。」

まだあどけなさを残す少年の魔法使いがそう言いながら、男の前の席につく。

「やれやれ、やっと飲めるわい。おっ準備が良いな。」

年寄りの魔法使いも席につくとちょうど、ウェイトレスがビアマグを両手いっぱいに抱えて持ってきてテーブルに置いた。

「ジョナサンは、相変わらず店で揉めてた。」

清楚な格好をした回復系魔法使いは、さっきまでいたお店でメイドと『メイドに叱りを受けているけど全く気にしない少しサバサバ系の女性』との間に挟まれた店主の事を思い浮かべてクスリと笑った。

「いいの?理想の男を揉めてる女の間に放っておいて?」

背の小さい魔法使いの女の子がその女性に尋ねた。

「ええっなんの事?」

「同僚から散々聞かされた。姉の男性妄想をシナリオ付きで。」

小さい魔法使いの女の子はあえて誰が言ったか言わなかった。

「嘘!?あの子そんな事、話したの?」

清楚な魔法使いは、ほんの少し慌てふためいたのを見て、小さい魔法使いは肩をすくめた。

「でも、あの子の事だから、姉の妄想男性と姉の性格の悪さをNPCキャラにして、裏設定を勝手に仕込んだって気がついていたんでしょ?」

「どうなんだろう?ただ楽しんでとしか言ってなかった・・・本当の事はあの子に聞かないと解らないけど・・・」

清楚系の魔法使いはそれ以上は話さなかった。

「そういえば返すの忘れてた。このマグも妹との思い出の品でしょう?」

そう言うとセクシー系の女性がカバンからマグとマドラーをその女性にわたした。

「うん。ついね、クラフトイベントがあった時に再現してみたんだ。妹との思い出の品」

「同僚、あの子も亡くなる前の日までいつも同じマグでコーヒー飲んでた。大事にしてたよ。」

「そうなんだ・・・」

ローリアは遠くにいるであろう妹の思いだしていた。

ドゥベルはローリアが囚われたのは偶然じゃないな片耳たてながら思っていた。

結局、ジョナサンが月で戦闘中に呪文(コマンド)で開いた大量の情報は月面開発の情報だけしか出なかった。

そう言った意味では、月面での戦闘で良かった。

この世界の情報まで漏れていたら、個人情報保護法に引っかかり、コールドスリープする為の夢の世界がもう少しグレードが下がるサービスに格下げされる所だっただろう。

それはとても残念な事で、多くの人間が望まない結果になるんじゃ無いかと思う。

ドゥベルはあの後の緊迫状態から一つ解放されたと、胸を撫で下ろして酒を飲んでいた。

「まっ、あそこの情報で悪さをすることは無いだろう。」

「ん?ドゥベル何か言った?」

「いんや何でもない。」

あのキャラで何かする事はないし、そもそも月面のセキュリティの緩さが問題だ。

その件については別で忙しくなりそうだった。

そう思いを巡らすと酒をちびりと飲んだ。

「すみません!遅くなりました!」

そう声がした。

酒場の扉を潜ってきたのはうだつの上がらなさそうな、地味な優男と少し派手目のギャル風女性とメイドの女性NPCだ。

「遅いぃ〜!」

「先にやっとるぞい!」

ギャル風女性とメイドは店の扉を潜っても何か言い争いをしていた。

それを見て、女性の冒険者たちは清楚系魔法使いの顔とギャルNPCを見比べた。

「ちょっと、なによ!」

「なんでも。」

今はこの賑やかだけど平穏な状況が続きそうだったので暫くはそれを楽しんでいたかった。

男は珍しく笑って浮かれていた。

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NPCが魔王を倒して何が悪い! unu @silverstrings

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