第51話:空間

風も吹かない白銀の世界を僕はクランのみんなと横一列で静かに歩いていた。

「なるほど、この空間に空気が満たされているから、レイリー拡散は起こる・・・」

ヤヒスさんだけは興味津々で、ブツブツながら、ドームを形成している空を見ている。

「待て。」

みんなそれぞれ周りを見ながら警戒していた。

一時間ぐらいそんな状態が続いたけど、同じ景色が続いていたので少し飽きた所だった。

ドゥベルさんが僕達を静止させた。

前方にある地面を親指で指差す。

ポツポツと穴のある地面だったところに、その場所だけ別の何かで馴らしたような綺麗な跡がある。

「何かで引きずった?跡っぽいですけど。なんでしょう?」

僕はこの直径50mはある半円パイプ状にえぐられた跡で道ができているのを見て、ある想像が頭に過ぎった。

一つの答えはあったけどそのまま声に出したくは無かったけど、ミランさんはそんな僕の気分を気にかけるでもなく答えた。

「冒険者Aの闇物質を引きずった跡かもね。」

それはこの先に冒険者Aがいる可能性があるってことだ。

みんなの緊張感が増した、全員でその跡にゆっくりと近づく。

「自然の跡では無さそうな感じだね。」

ミハエルさんが、その縁に立って前後ろを見比べた。

足元の砂が崩れて、その綺麗な半円パイプの底へ落ちて行く。

そこだけ境界が崩れた跡のようになった。

「マグカップは?」

キョウコさんに言われて、荷物にしまっていた、ローリアさんのマグカップを取り出した。

「この跡の先を示しています。」

綺麗な線を冒険者Aがつけたであろう道の一方こうを示した。

「よし、注意しながらこの道に沿っていくぞ。」

光の先が、上り坂を指していたけど、体が軽いからそんなに苦労はなさそうだ。

「待って!あそこの空間なんかおかしい!」

シャナンさんが急にマグカップが示した線の先の先、削られた跡の先を指差した。

確かに良く見ると、その指し示された場所だけ少し周囲と違うような気が・・・

でも、特に敵意のあるものでは見えなかった。

「確かにヘン。光の挿し方が逆・・・」

ヤヒスさんも遠くを見た。

その光がどうかは見えなかったが今いる道が、結構遠まであるように見える

だけど、マグカップの光はそのヘンと言われた方向を指している。

「隠れる所がないから、俺たちが接近しているのは丸見えだな。」

ミハエルさんが目を凝らして言うとキョウコさんが目を丸くした。

「なんか、久々にまともな事を言ってる気がするよ。」

「たまにはまともな事を言わないと彼も疲れるでしょう?」

これはローリアさんが言ってるぽい。

「ん?何の事だ?疲れなんて全然ないぞ?それに何かおかしか?」

「はいはい。うかつに近付けないのは一緒なんだから。」

シャナンさんが掌を目の上にかざし、先にあるものを凝視したけど、この位置からは何もわからなさそうだったので、数秒見つめて諦めた。

「なら左右の縁の上と真ん中に3つに分かれて、移動しようかの。」

アナハイムさんの指示でみんな即座に分隊を作った。

このクランはこう言った行動には慣れているようだった。

僕は真ん中に指定され、ドゥベルさん、キョウコさん、ヤヒスさんとウォー・ウルフ親子

6名(うち2匹)一緒に正面から近づく事に。

ミハエルさん、アナハイムさん、NPCウォーレンさんが右上。

ホーウェンさん、シャナンさん、ミランさんが左上。

と分けられた。

僕が真ん中なのは、やっぱり、真跳び持ちの対応を求められたからだろう。

そう考えると緊張する。

「何かあっても投げらるモノが無ければ隠れる場所もないな。」

「月なら大部分の足場が玄武岩だよ?掘りだすかい?」

「下手に地形を壊して、後で何処からか怒られるって事の方が心配だ。」

距離があるからみんな、クラン用の魔法石を使って会話をしている。

「ちょっと辞めてよ。現実までもが破壊されるとか・・・」

ローリアさんは会話だけで僕達の状況を想像するしかないから、心配は大きいんだと思う。

「破壊一つでも、月に住んでる人には大ごとになりそうだからねぇ。」

「善処はするよ。」

「善処します!」

「にしてもドゥベル、正面配置多すぎないか?いきなりドカンとやられたら。」

ホーウェンさんも、柄になくまともな事を言ったけど、今度は誰も突っ込まない。

「これが冒険者Aの仕組んだ事なら、それは無いんじゃ無いかな?」

ミランさんが反対側のホーウェンさんに向いて言った。

お互いかなり距離があるから目線を遠くで合わせ、身振りも交えて話している。

「奴の目的や思考なんてわからんよ。」

本当に、何を考えているのか解らない。

「目的なんて、膝を据えて話さないと理解できないもんじゃ。それが人の持つ気まぐれなのか、暴走なのか、パーキンソン病なのか。。。」

「おじいちゃんも、そろそろ気にしなきゃいけない年齢。」

「あら、傾向が心配なら診察しましょうか?」

キョウコさん声のローリアさんだ。

「健康診断ならこの間、済ませたワイ!」

ついローリアさんの診察風景を想像してしまう。

症状ないけど、お願いしようかな。

上り坂を少しずつ歩んで、やがて、遠くから見ておかしいと感じた場所に近づいてきた。

歩きはじめはわからなかったけど、それは光を反射する鏡面になっていた。

だいぶ距離がある場所でも、自分たちの頭が写った時は警戒した。

「よかった、ただの鏡面だ。」

上の淵を歩いている人達も目の前にあるのが、同じだと報告が来た。

左右の渓谷の壁面まで伸びている。

上の方もドーム状の天井まで続いていそうだった。

「自分と戦わずに済んだノォ。」

「カリブロス神殿のパターンだと鏡から自分のコピーが出てきて攻撃を仕掛けるってやつ?」

話し方からするとキョウコさんだ聞いた。

「あの時は、苦労したねぇ。」

ミランさんは、シミジミと思い出を振り返る

「ありえないわ。俺の美しい筋肉を俺が斬りつけるなんて・・・筋肉愛が足らない」

ホーウェンさんの自愛にミハエルさんが『それな』と指差していたが、他は誰も突っ込ま無かった。

「さぁて、この鏡は・・・」

ミランさんが、安物の杖を出し、鏡に当てる。

軽く波打って鏡の中に吸い込まれていった。

ほんの少しの間、杖の先を鏡に漬け込むようにした後、引き上げる。

何の変化もなさそうだった。

「行けそうじゃの。」

アナハイムさん、の方でも、鏡の中を別の物で確認していたらしく、同じようにOKを出していた。

「ただ、向こう側で発した魔法がこちら側に出てこない。」

「と言う事は、ここは一方通行だね。入ると事が終わるまで、もしくは絶対に出てこれない。」

「さてどうするか。」

お互い、距離があるが、みんなこちら側を見ている。

視線はドゥベルさんに集まっているようだ。

「引き返したい奴はいるか?」

両端にいるメンバーに目線を合わせてドゥベルさんも言った。

「冗談!」

「ワンちゃんの相手しただけで、これと言ったイベント無しで今日は終わりってのもね。」

「ワンちゃん違う狼。」

ヤヒスさんが、モフルゥーを撫でながら話しかけた。

「お前たちはここで待ってるといい。」

そう言ったけど、話が通じたと信じるしか無い。

なんとなく、うなずいたようにも見えた。

「だが、アバターは大事にしろよ。再発行出来なくなるかもしれないからな。」

「例の噂ですか?監査官殿?」

噂・・・ピンとくる物がなかったけど、クランメンバーのほとんどがその噂について知っているようだった。

「さぁな。だが、こんな所で暴れたら普通にアカバン食う可能性もあるからな。」

「その時は、私も最大限フォローさせてもらいますよ。」

ウォーレンさんも頼もしいかぎりです。

「ジョナサン。」

キョウコさんの口からローリアさんの柔らかな声がした。

「ジョナサンはどうする?ここで待っててもいいんだよ。」

キョウコさんの顔は僕をじっと見ている。

ローリアさんの声だけど、表情はキョウコさんなんだろう。

キョウコさんもローリアさんの言った事を、僕の返答を静かに待っている感じだった。

「いえ、行きます!多分僕でないと役に立たない事もあるかもしれませんし。」

正直怖い、でも当初の目的ローリアさんの救出である以上、僕だけ見守る事はできない。

「そう、無理はしないでね。」

「はい!」

「勢いだけにならずに、逃げる時は逃げるんだよ。」

今度はキョウコさんご本人からのご指摘だ。

「はい!」

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