第4話 天使と悪魔


「今日は、厄日だ」


 ──と、狭山は独りごちる。


 午前中から街にでて、モデルにはなれそうな子を探していたのに、目の前の少年に声をかけてしまったばかりに、高いアイスをおごるハメになってしまった!


 しかも、狭山さやまは、あの後もモデルにならないかとしつこく勧めたのだが、少年は頑なに拒み続けた。


 だが、なんとか名刺だけは受け取ってもらい、狭山が諦めて事務所に戻ろうと、車のキーを取り出した、その時だ!


「狭山さん、車? じゃぁ、乗っけてよ! 俺んち、この近くだから!」


 ──と、再び少年の声が降ってきたのである。


「おいおいおい! 近頃のガキはどうなってんだ! 見ず知らずのお兄さんの車に乗るとかダメだろ! てか、自分の顔をちゃんと鏡で見て、身の振り方考えて!!」


「大丈夫だよ。俺、人を見る目はあるんだ~。それに、お兄さん面白いし」


「え? 面白いの、俺」


「うん。俺のこと女の子と間違えて、首までめてきたの、お兄さんくらいだよ。それに、いきなり『お茶しない?』なんて、あれじゃ、ただのナンパ男って言うか、下手したら通報案件だよね。俺だったら、仮にモデル目指してたとしても、お兄さんとは契約しないよ。完全にアウト!」


「ぬぁぁぁぁぁ、やめてくんない!? この仕事、続けていく自信なくなっちゃうから!!」


 丁度、アイスクリームショップ隣のコインパーキングに車を駐車させていたため、スムーズに帰路にはつけた。


 だが、狭山が店から出ると、少年は、乗る気満々なのか、にこにこ笑いながらついてくる。


(マ、マジで、乗る気なのか?)


 だが、知らなかったとは言え、アイスを買った帰りに無理矢理、引き止めてしまったのも確かで、それには、さすがの狭山も罪悪感を抱いていた。


 それに、今思えば、彼は常に笑顔を絶やすことなく微笑んでいた。


 不機嫌そうな顔をしたのは、引き止めた時くらいかもしれない。


 笑っているのがデフォルトなのか、不思議とその笑顔を見ると、どんな願いも聞き入れたくなってしまうのだ。


 美人でイケメンで、おまけに笑顔も可愛いだなんて、なんて得なことだろう。


 まさに、人生の勝ち組だ。




 ◇




『料金を確認してください』


 その後、コインパーキングの料金所で、お金を払うと、暫くして、上がっていた車止めが解除された。


 狭山は、キーロックを解除し少年を助手席にのせると、自身も運転席に乗り込んだ。


 ハンドルを手にし、いつもと違う助手席をチラリと覗き見る。


 すると、助手席に座った少年は、平然とした様子でスマホをいじり始めていた。


(てか、車に乗るとか、マジあぶねーだろ)


 このままでは、いつか危ない目に合うような気がして、狭山は少年の身を深く案じた。


 ただでさえ、こんなにをしているのだ。男とはいえ、危険すぎる!


(危機感を覚えさせるためにも、このまま事務所に連れてってみるか? いやいや、それじゃマジで誘拐するみたいだし)


「お兄さん。これ、なーんだ!」


「?」


 だが、その瞬間、少年はまたニコリと笑って、狭山にスマホを差し出してきた。


 そして、その画面をみれば、そこには電話帳の欄が映し出されていた。


 さらに言えば、そこにあるを見て、狭山は蒼白する。


「け……警視庁……たちばな警部?」


「うん。この警部さん、俺がストーカー被害にあう度に、お世話になる警部さんなんだけど、『何かあったら、すぐに電話して』って言われてるんだ。だから、もし妙なことしたら──?」


 少年が、これまた可愛らしい笑みを浮かべる。だが、その悪魔的な笑みをみて、狭山は、心中で叫んだ!


(なに、この子!! 見た目は天使なのに、中に悪魔、飼ってるよ!? 天使と悪魔が共存してるよ!? てか、さっき『人を見る目ある』っていってなかった!? 俺のこと全く信用してないよね!? 完全にブタ箱にぶち込む気満々だよね!!)


「はい。じゃぁ、出発~」


 すると、少年がポン!と肩を叩くと、狭山は、しぶしぶエンジンをかけ、少年の案内通りに進んだ。


 だが、本当にすぐだったらしい。


 パーキングから出ると、そこから5分もかからない場所で、停車の合図を出された。


 しかも、目の前にそびえ立つのは、セレブ感あふれる高級マンション。


 そう、言うなれば、お金持ちが暮らすマンションだ。


(ほぅ……スゲー、マンション)


 狭山が感心しつつ、そのマンションを見上げると、車から降りた少年は、そそくさと、お礼の言葉を述べた。


「じゃぁね、お兄さん。ありがとう!」


「あ、ちょっと待って! せめて名前だけでも教えて!」


「やだ」


「なんでだよ!?」


「だって、名前教えて、また偽造契約書とか作られておどされても困るし」


「なにそれ実話なの!? 怖すぎるんだけど!?」


「あはは。でも俺、本当にモデルになる気はないから──諦めて」


「……!」


 だが、その瞬間、少年の瞳が暗く影を宿したのを、狭山は見逃さなかった。


 綺麗な青い瞳が、切なげに揺れる。


 彼が、そこまでモデルを嫌がるのには、なにか理由でもあるのだろうか?


「……な、なにか悩みがあるなら、いつでも聞いてやるぞ?」


「なにそれ。口説くどいてんの?」


「ちげーよ。お兄さん、そっちの趣味はないからね!」


「あはは! そっか。じゃぁ、もし、次に会った時に、俺が、お兄さんのこと覚えてたら、名前教えてあげる♪」


 すると、ヒラヒラと手を振り、立ち去る少年は目の前の高級マンション──ではなく、その更に奥の路地へと消えていった。


「あれ? 家、ここじゃないの?」


 どうやら目の前の高級マンションは、彼の家ではないらしい。


 そんな少年の危機管理能力の高さに、狭山が、一人うなったのは言うまでもない。


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