現実と真実〜幼馴染に浮気された高二男子の物語〜

朝の清流

第1章:涼太の現実(本編)

第1話:浮気

「そんで今回はなんの相談だ?」

「えーっと、何と言いますか……」


 高校の最寄り駅から徒歩5分。

 昼夜問わず人で溢れかえるこの大通りは、山田涼太のお気に入りの場所だ。 

 理由を問われると困ってしまう。だが強いて言うのならば、近所の床屋で整えた黒髪短髪、平均よりやや低めの背丈に、可もなく不可もない平均的な顔立ちと、高校2年生男子としてあまりにも平凡な存在だから、自然と人混みに惹かれるのかもしない。


 でも正直、僕は平凡な自分が嫌いだ。


 先日思い切って、そんな悩みを付き合って1年になる彼女香澄に打ち明けると、『私にとって、涼太は今のままでも十分素敵だから大丈夫』と励ましてくれた。実際にどこが素敵なのかと聞き返すほどの勇気はなく、僕はただ『ありがとう』と返事をしてその場を誤魔化した。

 香澄はああ言ってくれたけど、やはりこのままではダメだ。

 妙な焦燥感に背を押され、僕はようやっと、隣を歩く神崎先輩に視線を向けた

「自分を変えるには、ど、どうすればいいのでしょうか?」

 不機嫌そうな面持ちで、ズボンのポケットに手を突っ込んで歩いている神崎篤先輩。決して僕が数十秒もの間沈黙していたことに怒っているわけではない。これがデフォルトの表情だ。それも相まって不良と誤解されることが多いが、不良は中学で卒業したとのこと。ちなみに金髪は地毛だ。

「なんだ、香澄ちゃんに愛想尽かされでもしたのか?」

「いや、別にそういうわけでない……と思います」

「なら無理して変わらなくてもいいんじゃねーの?」

「た、確かに、そう、かもしれないんですけど。僕自身が今の自分に納得していないと言いますか……はい」

 すると神崎先輩は目を閉じ、腕を組んで立ち止まった。「んー」と唸っているので、考えてくれているのだろう。人の流れをせき止めているが、気にしている様子はない。そんな先輩を引っ張って道脇まで移動した際、後ろを歩いていた人にぶつかって睨まれ、僕は反射的に「すいません」と頭を下げる。

「せ、先輩、こんなところで急に止まったら危ないですよ」

「んー、そうだな」

「そうですよ。平日とはいえ、人通りが一番多い時間帯で–––」

「やっぱ無理して変わらなくてもいいんじゃねーか?」

「え?」

 会話が噛み合っていなかったことに気づく。

 僕の目をまっすぐ見てそう言ってくれた神崎先輩は、僕の頭をポンと叩いた。

「確かにクソみてーに気弱で喋り方とかたまにうざったいけどさ、そう言う悪いところひっくるめても普通に良いやつだよ、お前は」

「せ、先輩……っ!」

 思わずウルッときた。

 この人には一生ついていこう。

「てことで、もうちょい現実的な話にしよーぜ」

「え、あ、げ、現実的……? ということは僕が変わるのは無理ってこt–––」

「確か明日デートの約束してんだろ? 今んとこのプランは?」

「あ、えっと、それも、まだ決まっていなくて、今日先輩に相談しようと思ってました」

「そうかそうか。なら、俺にとっておきのアイデアが……」

 僕と先輩は再び人の流れに乗った。

 神崎先輩のとっておきのアイデアについて説明を受けながら、しばらく歩く。途中で中華まんを買った神崎先輩は、当然のように一つを僕に放り投げる。僕は「あ、ありがとうございます」と深く頭を下げたが、先輩はそんな僕に一瞥することもなく話を切り出した。

「てなわけで、下見に行くか」

「……ど、どこの下見ですか? まさか……!」

 ニヤリと笑みを浮かべた先輩は、後退りした僕の肩をがっしりと掴むと、そのままヘッドロックの要領で僕を拘束した。

 今いる場所から程遠くない場所に、先輩のとっておきのプランの最終目的地が見える。

 ちょうどサラリーマン風の中年のおじさんと女子高生らしき制服姿の女性が入っていった路地を進んだ場所。先輩の視線は、今から僕がどこに連行されるかを物語っていた。

「そ、そんなっ、男同士でホテルの下見だなんて……っ!」

「バカ野郎。テメーそういうことはデカい声で言うんじゃねー」

 締め付けが緩まり、僕は咄嗟に抜け出す。

 しかし神崎先輩は歩みを止めなかった。

「ほ、本当に行くんですか?」

「入り方とか色々知っといたほうがスムーズに行くだろ。何事にも余裕が大事だからな」

「確かに、その通りかもしれないですけど……あ、待ってくださいよ先輩」

 結局、僕は先輩についていくことにした。


--------------------------------------


 数分後、ホテルが密集するエリアに辿り着いた。

 大通りから少し離れただけだが、妙な静けさがある。閑静な住宅街とはまた違った、まるで物音を立てることがタブーだと言わんばかりの異様な雰囲気。そう感じるのは、僕にそう言った経験がないからだろうか。

「そういや、香澄ちゃんとはどこまでいったんだ?」

「一応、キスまでは……水族館デートに行った時に、暗くてひんやりした空気に当てられて……はい」

「……言い方キモい」

「えっ⁉︎ ご、ごめんなさい」

「まぁいつものことか。んじゃ、別に香澄ちゃんもそういうことに興味がないわけじゃないんだな?」

「多分、そう思います。水族館の時は香澄からだったので」

「そこはお前、男から……いや、それもお前らしいか」

「……ご、ごめんなさい」

「別に悪いことじゃねーよ。女の方が積極的なケースも、まぁあるからな」

「先輩のお知り合いの話ですか?」

「そーだな。知り合い、知り合い……」

 先輩は大嫌いなきゅうりを食べた時のような顔をした。

 お姉さんのことを話すときにする顔だ。確か、関東女連合、だったかの元総長らしい。かなり怖いお姉さんで、先輩は今でも頭が上がらないとか。

 会話が途切れ、ふと視線を前方に向けると、黒髪長髪の女子高生が大学生くらいの男と一番高級そうなホテルに入っていくのが見えた。

「……よ、よかった。違う高校の制服か」

「ん? どした?」

「い、いえ、なんでもないです」

 後ろ姿が似ていて肝が冷えた。

 もしあの子が香澄だったら、と思うと、胸が引き裂かれそうな気持ちになる。

 やっぱり明日、先輩のプラン通り、最後はできる限り誘ってみよう。

 思いがけないところで決意が固まった。

「せ、先輩のオススメのホテルはあるんですか?」 

「何だなんだ、急にやる気になったみたいだな?」

「い、いや、その、ちょっと、思うところがあって……」

「いいね〜。それでこそ男ってもんだ。ちなみに俺のイチオシはこの角を曲がったところにあるチェリーフォックスってとこ、で–––」

 僕の数歩前を歩いていた先輩が唐突に立ち止まった。

 なにかあったのだろうか。先輩の視線の先にあるものを覗こうと進もうとすると、

「や、やっぱ下見はまた今度にしとくか!」

「え……? どうしたんですか、急に?」

 半ば強制的に僕の視界を遮った先輩は、そのまま僕の肩を掴んで回れ右した。

 お姉さんがホテルに入るところでも見たのだろうか?

 それとも、先輩の元彼女さんとか……

「でも明日のための下見をした方が–––」


「今日はここにしようか、カスミ?」


 ……っ!

 カスミ……香澄、って聞こえたような……。

 この場の静けさのおかげか。はたまた窮地ゆえに働いた地獄耳か。

 現実を確かめるべく僕が振り返ろうとすると、突然、視界が先輩の横腹で固定される。

 またヘッドロックでもかけられたのだろうか?

 振り解こうにも、しかも今回はとても力強い。右腕だけではなく、左手で後頭部を押さえつけられ、体をガッチリと固定されてしまい、身動きが取れない。まるで僕を締め上げようとしているかのような体勢だ。

「せ、先輩! 痛い、痛いです! 離してください!」

「別に下見無しでもなんだかんだ平気だからな、俺を信じて、今日はやめとこう」

「し、信じるって、でも、今、香澄って聞こえて–––!」


「はい。私は、別にどこでも……」


 ……っっっ⁉︎

 それは聴き慣れた少女の声。

 なぜ彼女の声がこんな場所で聞こえるのか。

 こんな、男と女が、そういう行為をするためだけに足を運ぶ場所で–––

「先輩、すいませんっ!」

「うぉっ、マジか! おい、待て涼太! 行くなっ!」

 火事場の馬鹿力とはこのことだろう。

 ひと回りも体格差のある先輩の拘束を振り切って、僕は声のする方向へと駆けた。

 勢い余ってコケそうになって、でも両手を使って、地を這うようになりながらも、前に進んだ。

「……っ! か、香澄っ……!」

 そして、見た。

 制服姿ではない。僕とデートに行くときに、よく着ていた私服姿の、僕が『可愛い』と褒めたらお気に入りになったと言っていた、清楚な装いの黒髪長髪の少女が、知らない男と共にこちらを振り返るサマを。

「えーと、カスミ、もしかして知り合い?」

「……同じ学校の男子、だと思う」

「あー、そっかー。そう言う感じね」

 何を納得したのか、茶髪の男は苦笑いを浮かべ、地べたから動けずにいる僕に目を向ける。

「なんか、ごめんね?」

「……っ!!! お前っ……!」

 頭に血が上り、男に殴りかかろうと地を蹴る寸前、誰かに止められた。

「落ち着け。ここで喧嘩すんのはマズイ」

「でもアイツが……っ!」

「わかってる。けど今は耐えろ」

「でも、香澄が無理やり……っ! た、助けないと……!」

「……涼太。あれは、助けて欲しいって女の顔じゃない」

「––––––––––っ⁉︎」


 知らない男の腕を抱く彼女の顔には、一ミリの戸惑いもなく、

 ただただ冷めた目つきで、地に伏した『彼氏』を見ていた。


 そんなどうしようもない現実が、僕を黙らせた。


 どうして。

 なんで。

 なにがあったの?


 数多の疑問を虚空にぶつけていると、プツリと思考が止まった。

 そして、体が脱力する。


「お前ら、次に会ったらぶっ殺す」


 静かな怒声でそう言い残した先輩は、気を失った後輩を背負ってその場を後にした。


「えぇー……怖。同じ高校なんでしょ、カスミ大丈夫そ?」

「……別に平気。あの人、なんだかんだで優しいから」

「あはは。なにそれ、やっぱ知り合いなんじゃん」

「…………」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る