最終話 どちらが嘘で、真実か

 雪の森に閉じ込められてしまった一軒家。

 出入り口は全て凍りつき、その家の2階の部屋の主は、途方に暮れていた。


 そういえば、さっき、1階から聞こえた大きな音は何だったんだろう?


 一瞬、ホワイトアウトした窓の外は、今は静まり返り、枝にこんもりと雪をたくわえた木々が見えるばかりだ。

 カレンダーの上では立春も近いというのに、外にはまだ、冷たい雪が降り続いている。

 

「あ~あ、小説も思うように書き進めないし、パソコンはダウンしたままだし、ホームセンターで買ってきたスノードロップも咲きそうで咲かないし」


 いや、そんな事よりも、今はこんな場所に閉じ込められてしまっているのが、大問題なわけで……。

 1階の様子が気がかりになって、部屋の主が椅子から立ち上がった、その時、


 チチチチチッ


 突然、小さな鳥が、頭上をかすめて舞い上がってきたのだ。


 「ナイチンゲールっ! 」


 褐色の尾をわざとらしく振ってくる鳥に、驚きの目を向ける。……この鳥が出てきたということは……、


 案の定、ダウンしていたパソコンがカタカタと起動し始めたのだ。ライティングデスクの上に降りたナイチンゲールが、漆黒の瞳を煌めかせて、こちらの様子をじっと覗っている。


 パソコンの画面は真っ白だった。冷たく凍りついた霜の色。すると、そこにに黒い文字が浮かび上がってきたのだ。


 ”Please login(ログインして下さい)”


 うっ、これって、唐突すぎるような……まさか、フィッシング詐欺とか?


 チチッ、チチチッ!


 あおるようにさえずるナイチンゲールがうるさい。けれども、どうしても、その声に逆らうことができず、部屋の主は、キーボードに指をのせた。

 普段、使っているIDとパスワードを入力してみる。……と、画面にまた、メッセージが浮かび上がってきた。


”Please enter your name (名前を入力して下さい)”


「名前? ハンドルネームのことかしらん?」


 一瞬、戸惑いを感じたが、入力を続ける。えっと、私のハンドルネームは……


 ― RIKO ―


 だが、その文字はすぐに却下されて、


「そんな通り名でなくて、を教えろって言ってんだよ!」


「えええっ? ナイチンゲールがしゃべったああ?!」


 けれども、ライティングデスクの上の鳥は、”何のこと?”と言いたげに、そっぽを向いて美しい囀りを奏で続けている。真の名前? でも、それを教えてしまったら……ああっ、でも、もうそれしか、このおかしな世界から逃れる術はないってことか。


 2階の部屋の主は、おそるおそる、キーボードに指を乗せた。そして、この物語を書き綴っていたを入力した。


 とたんに、白色のディスプレイに表示された黒い文字は、とろりと溶けて白の中に吸い込まれた。


「よしっ、”真の名前”、ゲットだぜ!」


 その声がした瞬間に、再び、パソコンの電源がぷつんと切れた。


*  *


「よしっ、全員、準備OKだなっ、ならば、これから、あの森の一軒家に進撃だっ」


 に殴り込むべく、武装部隊が雪の森を進んでゆく。


 ざくざくと残雪の上を踏みしめながら行く一団の先頭は、魔法大皇帝マジックエンペラーこと、お顔良し、頭良し、狡知こうちにも長けたモデラーの相良京志郎。

 後ろには、実体化した84mm無反動砲、カールグスタフM2を重いと京志郎に押し付けられ、それを軽々と抱えた彼のイケメンの忠臣、魔法の国で一番のナイスガイを自負する近衛兵長ミラージュ。

 続くは、陽気な3人組、ハッシュフル、グランピー、スヌージーを先頭にした、剣と盾で完全武装した近衛兵たちの面々。

 そして、最後尾に陣取るのは、


 白薔薇の城の可憐なる姫、”百合香”と、この世で最高の大魔法使い、”灰色猫グレイ・マウザー”。



 標的の一軒家の前にたどり着いた時、後ろを振り返って、京志郎は口を尖らせた。 仲睦まじく肩を並べて、歩いてくる”姫”と”魔法使い”の姿が目に入ってしまったからだ。


 この魔法の国を手に入れた暁には、きっとあの二人は晴れて恋人同士か……。

 そこはかとなく、気持ちが落ち込む。胃も痛くなってきた。


 そんな京志郎を慮ってか、ミラージュが、声をかけてきた。


「陛下、よろしければ、俺の一番上の娘を紹介するが。父親の俺が言うのも何だが、彼女は、この魔法の国の娘(10代限定)の中では一番の器量良しだ」

「は? お前、何、わけの分かんない事を言ってんだよ」

「それに、見た目も、好奇心旺盛な性格も、姉上にとてもよく似ている」

「……」


 戸惑う京志郎の顔が少し赤い。ミラージュは、彼の肩をぽんと一つ叩くと、いつもと変わらぬ爽やかな笑みを頬に浮かべた。


*  

 南の森の一軒家が近づいてくる。

 百合香は、灰色猫の腕をとって、わざと近衛兵たちから距離をとるように、ゆっくりと歩を進めていた。

 灰色猫もそれに逆らって急ぐつもりはなかった。


 敵の”真の名前”は、押さえてあるし、あの家の主は、灰色猫が呪縛の魔法を解かない限りは、ここからは逃れることはできないからだ。

 それより、この雪の道をもう少し、二人で一緒に歩いていたい。


「ナイチンゲールに乗り移って、あの家の主の名前を突き止めて来ただなんて、そんなことまで出来るようになってたのね……あんたが突然、倒れ込んできた時には、本当にびっくりしたんだから」

「ごめん。でも、ユリカの膝の上は、とても居心地が良かったし」


 百合香は、少しはにかみながら、小柄な魔法使いに甘茶色の瞳を向ける。


「ねえ、グレイマウザー」

「ん?」


 ふと隣の少女に目を向けると、瞼を閉じて、こちらに顔を向けている。

 薔薇色の頬と唇。


 とたんに、心臓がとくりと音をたてる。  

 けどさ、誰かに見られて、邪魔されるのは、もう御免だ。

  

 灰色猫は、トレードマークの灰汁色のマントの裾を手で掴むと、それで百合香を覆い隠して、自分の胸元にぐいと引き込んだ。

 どこからか響いていたナイチンゲールの囀りが、その一瞬に途絶えて消えた。


 そう、ここからは、もう俺たちだけの世界。

 だから、覗き見は許されないんだよ。


 

*  *


「えーっと、あれは……絶対にヤバい集団だよね」


 一軒家の2階の窓から、宝塚歌劇の観劇用オペラグラスを手に、部屋の主はものすごく焦っていた。

 バズーカ砲に、剣に、騎馬隊。そのずっと後ろには流星刀ミーティアソードを携えた魔法使い。

 まさか、まさかっ、あれで、攻撃してくるつもりなのっ。


 ”灯油がなくなりました。灯油がなくなりました”


 石油ストーブの電子声に応えて給油している暇なんかないし。

 もう、このお話の主導権を彼らに渡して、去る時が来たのかも。


 *  *


 ここでご連絡と最後のご挨拶を。


 さて、皆さま、長らく、このファンタジー小説『スペルドキャッスルの雪宴』にお付き合いいただきまして、誠に有難うございました。

 小説を書く上で、キャラクターに命が宿る。作者を脇に押しやって、彼らが勝手に動き出し、ちっとも言うことを聞いてくれない。なんてことは、日常茶飯事に起こることで、私も散々、抵抗を試みてはみましたが、灰色猫を筆頭に、なかなかの強者ぞろいでありまして……

 

 ここら辺りが潮時と悟った私は、この物語の主導権と、魔法の国の全権を、灰色猫たちに譲ることにいたしました。(バズーカ砲で撃たれるのは御免だし、私もさっさと元の世界に戻りたい……)

 えっ、お前、一体、どこで何やってんのと、鋭くツッコミを入れるのはご容赦下さい。この私さえも、どこかの誰かが書いているキャラクターにすぎないのかも知れないのだから。


 ライティングデスクの上に資料として開いたあった、『ナイチンゲールと紅の薔薇』はもう閉じて、『ナルニア国物語』と一緒に、本棚に仕舞うことに致しましょう。

 ほら、本の挿絵へ戻ってゆくナイチンゲールも最後の歌を奏でています。


” あちらとこちら


 夜啼鳥ナイチンゲールの道しるべ


 どちらがうそで、真実ほんとう


 雪の宴は、もうおしまい ”



 それでは、皆々様、こと、のRIKO(読者の皆様には真の名前は明かさぬ方が良いでしょう)。

 

 私は、長らくのご愛顧の感謝と、クセモノ揃いの我がキャラクターへの親愛(敗北?)の想いを込めて、ここに宣言致します。


『スペルドキャッスルの雪宴』



 これにて完結!



 

  【スペルドキャッスルの雪宴】  ~完~      



*最後までお読みいただき、有難うございました!

 また、どこかでお会いできれば幸いです。

 あと、1話ありますが、イラストやPV(youtube)、ファンアートなどのオマケのコーナーなので、よろしければ、そちらも見てくださいね。


 RIKO


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