第14話 何度でも、その名を呼ぶから

 元の姿を取り戻し、活気が戻ってきた城下町。

 ここは、白魔女との戦いを終えた近衛兵たちが、凱旋帰宅した近衛兵長ミラージュの屋敷。


「皆、散々な目にあったからな、白魔女から取り戻したこの国を建て直すのはこれからだが、俺の妻たちの手料理も酒もある。まずは、たっぷり食って飲んで、英気を養ってくれ」


 久々に勢ぞろいしたミラージュの美人妻たちに、樽酒を振る舞われた近衛兵たちの笑顔がほころぶ。


「 おお、隊長の奥方たちは、いつ見ても目の保養になるなぁ。確かに白魔女には、酷い目に遭わされっ放しだった。氷柱の塔に変えられたり、雪だるま兵にされて、こき使われたり、あげくの果てには、”滅びの歌”で魔法の国ごと消されたりもして……」

 

 グランピーの言葉に、バッシュフルとスヌージーがうんうんと頷く。


「まったくだ。けどよ、白魔女はどこへ行っちまったんだ? 」

「知るかよ。俺たちだって、どんな風に、ここに戻ってきたのか、思い出せないくらいだ」

「おいおい、せっかく、近衛兵長が催してくれた宴の席だ。今日は、そんなことは考えないで食って飲もうぜ!」


 おうっ!!


 近衛兵たちは久方ぶりの宴席で盛り上がっている。

 けれども、宴席の主役をミラージュに奪われた京志郎は、拗ねた顔だ。

 

「皇帝陛下、いかがなされた? 随分、心配をおかけした近衛兵たちも、城下町の家々もすっかり元通りだというのに」

「はあ? ミラージュ、心配なんてするわけないだろっ。お前も含めて、あいつらは、僕が手がけた作品フィギュアなわけで、僕は、それが無事ならば、良かったわけでっ」


「さようか。承知した」


 肩をすくめたミラージュの含み笑いが、とてもかんに障る。何だよ、子ども扱いしやがって。京志郎は負けてはならじと、


「お、お前だってさ、 くたばりかけてた灰色猫グレイ・マウザーを背負って、ここまで連れて来てやったりして、まさか、敵に情を移したわけじゃないだろうな」

 だが、

「か弱い者は守る。俺はそういう主義だ」


 そうきっぱりと言われてしまうと、後の言葉が繋がらない。京志郎はしばらく、ジタバタしていたが、肝心なことを忘れちゃならぬと、


「それより、姉ちゃんのことは、どうなってんだ? 南の城にいるっていうのは、確かなのか」 

「そのことなら……先遣隊を向かわせたが、南の森に行く途中の道が大雪で埋もれて、先が全く見通せないらしい」

「雪で埋もれてる? ここら辺りの雪は溶けかかってるっていうのに」

「おまけに、が道を塞いでいると報告があった」

「巨大な障害物? 妙だな。あの辺りに、僕は、そんな大きなモノを造った覚えはないが……」


 その時だった。


「ユリカが雪に埋もれてるって?!」


 ソファから、突然、小柄な魔法使いが飛び起きたのだ。


「灰色猫っ、万全でない奴は、まだ休んでろっ。この後、すぐに、南の森へ馬を出すつもりでいるから」

「馬鹿を言うなっ、こんな時に休んでなんて、いられるもんかっ!」


 ミラージュの手を振り切って、外に飛び出そうとしたとたんに足がもつれ、つんのめってしまっている灰色猫。その時、転びかけている”主”を助けようと、彼の手前に黒い影が湧き上がった。


「ベルベットっ、やっと、戻って来てくれたか!」


 破顔した灰色猫が影に手を伸ばすと、指先から一条の光が溢れ出した。名を呼ばれた黒い影は、光を浴びて大きく一つ吐息を漏らす。時を待たず、それはふわりと宙に波打って、真の姿を露わにした。

 

 ― 黒にも白にも染まらない灰汁色あくいろ。その色を織り込まれた魔法の布地マントに―

 

 灰色猫の瞳の中に、漆黒の煌めきが戻ってきた。トレードマークのマントの襟をぐいと掴むと、彼はひらりとそれを身に纏う。


 南の森、白薔薇の城へ。


 心の中で呟き、マントを裾をひるがえす。その刹那に、小柄な魔法使いの姿は、かき消すように見えなくなってしまった。


 灰色猫が向かった先を、抜け目のない京志郎が察知しないはずがない。


「あの野郎っ、姉ちゃんのところへ行ったんだな。ミラージュっ、すぐに馬を出せっ! 南の森のでかい障害物なんて、気にすんな。そんなもんは、僕が超高速で作ったカールグスタフM2で、ぶっ壊してやるしっ」


「御意! しかるに陛下、カールグスタフM2とはいかなるモノか?」


「お前っ、そんなことも知らないで、よく近衛兵長が務まるな。カールグスタフM2は、日本の自衛隊も使ってる84mm無反動砲。めちゃめちゃ破壊力の強いバス―カ砲だよっ!」


 モデラ―の少年が、好戦的な笑みを家臣ミラージュに向けて、外へ飛び出してゆく。1/6スケール縮小版のバズーカー砲が、その手にはしかと握りしめていた。


*  *


 ”Castleキャッスル”! 建て! このお姫様ユリカに相応しい美しの城!”


 灰色の空から吹き下りてくる雪風の中から、”声”が聞こえる。


 百合香は、その澄んだ声の主を知っていた。それは、白魔女の”滅びの歌”で消された魔法の国を呼び戻してくれた、あの魔法使いの声だ。


 小ぢんまりとした家のダイニングキッチンの扉を開いたとたんに、目の前に現れた白薔薇の城。

 白絹のドレスの裾をたくし上げながら、百合香は2階のバルコニーへの階段を駆け上ってゆく。


「シーディ? マウザー? ああっ、もう名前なんて、もうどうでもいいわ! あんたにここにいて欲しいの。けど、けど、どこにいるのよ?」


 その時、バルコニーに咲き乱れた白薔薇が、空の方向へ一斉に花弁を向けた。渦を巻いた粉雪が、息を弾ませてバルコニーにたどり着いた少女の頬を優しく撫でる。


 ”駄目だ、どうでも良くないよ。ユリカがきちんと名前を呼んでくれないと、俺はそこへは、たどり着けない”


 懐かしい声と気配が、空からこちらへ降りてくる。


 ええっ、これって、真逆? ラノベの定番の設定じゃ、こんな時に空から落ちてくるのは、可愛い女の子で、受け止めるのが、男の子のはずなのに。


 けれども、設定なんぞに、こだわっている場合じゃない。百合香は両手をぐいと前に差し出して、空に向かって、ありったけの大声をあげた。


灰色猫グレイ・マウザーっ、何度でもその名を呼ぶわ。灰色猫っ、灰色猫っ! だ・か・ら、さっさと、ここに降りてきなさいっ!! 私があなたを受け止めるっ!」


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