第11話 出来そこないの世界

 いくら古くなったからって、俺の尊敬する爺ちゃんグレイ・マウザーをゴミ箱にポイ捨てするなんて。


 シーディは京志郎への怒りが収まらない。


 それなのに、コイツはまったく罪のない綺麗な顔をして、バイトが無くなるとか、どーでもいいことをほざいてやがる。


 それはそうである。京志郎には悪意の欠片もない。彼はただ、ジオラマの古くなったフィギュアを新しくして、趣味のミニチュアゲームを楽しんでいただけなのだから。


「京志郎! 俺はお前に言っておきたいことがあるっ」

「な、何だよ、急に大きな声で」

「爺ちゃんのことは、後でじっくり聞かせてもらうが、お前が魔法大皇帝マジックエンペラーっていうんなら、なぜ、魔法の国を白魔女なんかに好き勝手にさせてるんだよ!」

魔法大皇帝マジックエンペラー? 何それ。人気のマジシャンか何か?」

「阿呆っ、この模型の城下町を造ったのはお前だろ! その国が今、ろくでもない白魔女に乗っ取られそうだっていうのに、お前には”支配者”としてのプライドってもんがねぇのか!」


 京志郎は形の良い眉をしかめる。


 今一つ、状況が飲み込めないが、消えてしまった姉のことといい、自分が作ったジオラマの国で良くないことが起こっていることは、想像できたのだ。


「プライドもなにも、僕は白魔女なんか知らない。そんなフィギュアは作った覚えもない!それより、お前はシーディなんて仮名を使って僕の姉ちゃんをさらいやがって。し・か・も、入浴中にだよ!この変態野郎っ、 返せよ!姉ちゃんも、まともな僕のジオラマも!」


 皇宮の一番上に住み、至上最高、最悪の魔法使い。小指一つで、魔法の国を亡ぼすこともできる ― それが、魔法大皇帝マジックエンペラー ―


 黒ロングエプロンの少年は眼光は鋭いものの、皇宮どころか小さな図書館のバイトにすぎず、畏怖嫌厭いふけんえんしたくなるような魔法大皇帝のイメージとは全くかけ離れていた。……それに、俺のことを全然、分かっちゃいない。


 シーディは、ポケットにしまっていた”ナイチンゲールと紅の薔薇”を取り出すと、その表紙を前に差し出して声高に叫んだ。


「俺は変態じゃねぇし、ユリカを攫ってなんかいない。ユリカを魔法の国に呼び寄せたのは、この”魔法書”の中のナイチンゲールだ!」



 チチッ、チチチッ


図書館の地下の閉架書架の3列目。【英米文学】のラベルがついた棚の上で、

ナイチンゲールがさえずりだした。



” 魔法大皇帝マジックエンペラー灰色猫グレイ・マウザー


  二つの世界は出来そこない


  風がこちらに吹くときは、あちらが空っぽ


  あちらに風が向くときは、こちらが吹き飛ばされて


  雪の宴がつづくだけ ”



 細くて鋭くて、どこだか、人を小馬鹿にしたような高い声が癇に障る。


「くそっ、あの鳥がさえずりだすとろくなことがねぇんだ」


 案の定、ナイチンゲールが留まる書架へ視線を向けたシーディは、えっと黒い瞳を大きく見開き、口をぽかんと開いてしまった。

 【A】~【Z】アルファベット順に並べられた【英米文学】の閉架書架は、リクエストがない限りは、図書館の客には閲覧できない貴重な稀覯本きこうぼんばかりが並べられている。


 それはそうだろう。なぜって、その書棚に並べられていた本は、すべてがだったのだから。

 その大半をシーディは読み終えていた。しかも、魔法の国にあるで。


「この本棚にある本って……俺の家の本棚にあった本とまるで同じだ……ってことは」


 ユリカの部屋と図書館の館長室の謎も、まだ解けてないっていうのに。こっちもかよ……。


 シーディは敏い。彼は瞬時に気づいてしまった。


 京志郎のバイト先の図書館の地下にある【英米文学】の書棚と、魔法の国の彼の家の本棚が、繋がっていたんじゃないかってことに。


「京志郎っ! 俺は魔法の国へ帰る。こんな場所で言い合ってても埒が明かない」


 魔法大皇帝マジックエンペラーの正体がこいつだって知った今、平伏なんてしていられるかいっ。

 シーディは、まだ事のややこしさに付いてこれない”支配者”に、かなりの上目線で、そう言った。


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