第2話
「それで?どうして新学期そうそう鼻血を出しながら遅刻なんてできるわけ?」
そう問いかけてきたのは小学校の頃からずっと同じ学校に通い続けている鹿野(かの)一路(いちろ)。ついこの間の中学生の時までは、女子ウケとか気にしない部活一筋って感じだったのに、いつの間にか髪にはうっすらとパーマなのか、ワックスで整えているのか知らんが、なんか急に洒落つき始めたのだ。君が高校デビューっていうことを僕は握っているんだからな。
そんなわけだから僕と一緒に青春だのなんだのとは程遠い生活を送ると思っていたんだけど、まさかの出来事が起こった。
去年、つまり1年生の内に可愛い彼女と付き合いだしたのでなんとなく劣等感というか嫉妬みたいなものを抱いているのは秘密だ。というか、きっとその彼女は何か脅されたり、汚い手を使って交際に至ったに違いないと僕は踏んでいる。こいつがそんなことをする奴じゃないっていうのは昔から知っているけど、そう思い込んで心の平穏を保っているというわけだ。
「まぁ、しいて言うならフラグを建設しようとしたわけなんだが、どうも時期が合わなかったらしい」
本当は今朝の謎の女子生徒について話してしまいたかったけれども、そんなのこいつに話してみろ「はいはい妄想乙、精神科は彼方でーす」とか言われるのが目に見えているのだ。それにいったい何が起こっていたのか、僕自身まだ整理がついていないし、あれは夢だったのではないかと疑っている始末だ。
「いつも通りご苦労なこって、そんなフラグがフラグが~とか言ってるくらいなら、少しでも自分磨きの一つでもしたらいいのに」
「クッソ、高校デビューの彼女持ちに言われると、正論なんだろうけどイラっと来る」
「図星だから余計にイラっと来るんじゃね?お前も少し努力すれば変わると思うんだけどなぁ」
そんな一路から意外な事を言われたので試しに聞いてみることにした。
「ちなみに、一路は僕は何をどうしたら、どの程度の確率でラブコメに突入出来ると思う?」
そんな少しの希望をもってぶつけてみた疑問だったが、ものの数秒で返された。
「その古のオタクみたいな考えを捨ててまっとうに高校生活送っておけばそれなりにいい関係になれると思うんですが常識的に考えて」
はぁ~なんか胸の辺りすっごい痛い。なんかナイフでも刺さってるんじゃないかな、それか心筋梗塞、これ緊急性あるかもしれないので今日早退してもいいですか?
「おま、まるで僕が普段から常識ないみたいな言い方しやがって」
「いいかい湊、普通の人は恋愛しようと思って曲がり角でパンを咥えて待ち伏せはしないし、頑張ればビームくらい出せそうとか言わないし、サンタクロースはいないの」
「おい、最後のは完全に僕をバカにしてただろ」
サンタクロースなんてつい最近まで信じていた気がするけど多分気のせいだ。その瞬間移動能力に憧れはしたけど、やっぱりあり得ないなって話になって諦めたもん、高校で習う理科の科目ってホント夢を壊すなぁ。
目の前の一路は嫌みの無い笑顔でケラケラ笑っている、なんでこいつがリア充で僕は変な目で見られなきゃいけないんだ、多分僕の方がましだろ、こいつは素の自分の隠し方が上手かったり、話しが上手いだけなんだ、きっとそうに違いない。だって普段のスマホでのやり取りなんてほんと終わってるぞ、この画面を見せたら多分彼女はもれなく別れ話を切り出す。あ、なんかマジで暴露したくなってきた。
そう思っていたのもつかの間、新学期の全校集会を終えた後の談話時間だったが、おそらく担任になるであろう男性教師が入ってきた。
「うっげぇ、長枝(ながえだ)かよ……」
僕がうっすら漏らした不満の言葉、何を隠そうその教師は体育教師ばりに熱血で、その癖担当科目は数学という、僕としては数学は苦手な意識はないのだがさして得意というイメージもない。何だったら点数の上下が激しくて何度か職員室で話し合いをしたことがある程度にはかかわりがある。
僕の自己評価としてはよくいる学生のうちの一人だと思っているのだが、なぜか目をつけられているのか、それとも長枝が学年主任だからなのか、何かと話すことが多い。というかもし学年主任の立場から話しかけているとしたらそれはそれで僕の日常生活がやばいというか、つまりは問題児という証なのですぐにでも認識を改めていただきたいところだが。
長枝は明日以降の流れを簡単に話し、そのあと短い自己紹介とともに話を修了した。なぜか僕の方を睨みながら。
「それじゃあ、始業式に遅刻した人たちの自己紹介で今日は終わります」
何!?ということは皆すでに自己紹介済みで危うく僕は一路がいないとボッチ確定になるところだったと?あっぶねぇ、そんなのラブコメフラグとかなんとか言ってる場合じゃねぇよな、高校生としての威厳がっべーよな、意味わからんソシャゲに毎月の小遣い全部突っ込むような高校2年生を過ごすところだった。
そんな短い一路と長枝への感謝もそこそこに軽く自己紹介を無難に済ませるとしますか。
「えーっと、初日に大遅刻しました阿智良湊です。出血は見ての通り止まりました。趣味は音楽鑑賞と球技全般ですよろしくお願いします」
もちろん趣味は音楽鑑賞と球技って言っておいたけど、何も嘘じゃない。音楽は普通に聞くし、試験勉強の時とかも聞いてるくらいには好きだ。球技はほら、なんかそれっぽいじゃん?サッカーの経験だけはあるから大抵の球技は行けると思ってるんだよね。
クラスの中には若干の笑いが起こったのが幸いだったといえよう、これで少しはお近づきになれそうな人が見つかればいいんだけど。
「ほら、あと一人早くしちゃいなさい」
ん?僕だけかと思っていたのだが、長枝はもう一人に自己紹介を促すように言った。そういえばさっき遅刻した“人たち”って言っていたか。ということはこの僕のほかに、大した理由もないくせに遅刻したマヌケがいるという事だ。どれ仕方ない、そいつとは仲良くしてやろうじゃないか。
少し離れたほうで椅子の引きずれる音がした、そっちの方に目をやったわけなんだが、まったくもっての不意打ちというか心臓が飛び出そうになるとはまさにこのことなんだろうなという思いがした。
「明華(あけはな)礼香(れいか)です、1年間よろしくお願いします」
そうぶっきらぼうのあいさつしたのは今朝の遅刻の原因の一つでもあるあの女生徒だった。まさかこんなところで同じクラスになるなんて夢にも思わなかった、相変わらず切れ目できれいな双眸が興味なさげに一点を見つめているが、今朝のような鬼気迫るような物は感じられなかった。おそらく僕の自己紹介で気が付いたのであろうが、僕の方を一瞥すると特段興味もなさそうにそのまま着席した。
「それじゃあ明日から通常授業始まるからな、今日はしっかりと準備するように」
その長枝の言葉を合図に各々帰りの支度をしているようだったが、僕の中ではいろいろな思いがめぐっていた。追いかけるべきか、それとも今朝はかなり強めに首を突っ込むなという拒絶を受けたわけだ。そんなことを考えていると一路に肩を叩かれハッとしてそんな思考がどっかに言ってしまった。
「何してんの?せっかくこの時間に帰れるんだし、どっかよって行こうぜ」
「あぁ、まぁいいか一路のおごりでオナシャス」
「いやなんでだよ」
「彼女もちならもしかしたら奢ってくれるかなって」
「残念ながら彼女に全課金と言っても過言ではないから、むしろ奢ってもらいたいくらいだ」
チッ!けちくせぇなぁ!これも彼女に教えたら別れる一因になったりしないだろうか。そのあとチラッと例の明華といった女生徒に目を向けるとすでに帰宅していたのか、姿は見当たらなかった。すぐに聞いたところでこたえてくれるとは思わないし、今日はおとなしく一路と過ごすことにしますかね。
――――――――
一路との会話もそこそこに、明日からの授業に対して文句を言ったり、彼女の惚気を聞いたりしているうちにあっという間に日が暮れてしまっていた。惚気話を聞くとなぜかラブコメとか少女漫画を読んでいる気になってくるから僕は割と嫌いではない。
さて、家に帰る前に近くのコンビニによってお菓子か何かでも買いこもうかと思っていたんだけど。
「これは目薬か何かを買った方がいいのか?」
確かに僕はコンビニに入ったはずなのだ、24時間365日休まず営業してくれるありがたいお店コンビニエンスストアに入ったはずなのだ。
だがどうだろうか、その扉を潜った瞬間何かおかしなことに気が付いた。
なんだ、何かがおかしい……そうだ、いくら日暮れといえど、この暗さは何だ?まるで店内の消灯が全部消えているかのような、それに空気も春とは言え冷えすぎているような気がする。
焦りにも似た感情を抱いて周りを見渡すと、僕の良く知るコンビニの姿はない。店員は一人としておらず、入った店舗にしてはあまりにも長く続く商品棚。店員のいないレジ、客側に向けられた画面は何かエラーでも起こしたのか、黒い画面にノイズが混じったような赤い文字列が表示されていた。
んんんん??????なんか変な店に入った?この時期にお化け屋敷でもやってたのか?
気味が悪い、早く出てしまおう。そう思って出口の方を向いたのだが。
「は?」
幾重にも重なる自動ドア、それぞれがバラバラのタイミングで開閉を繰り返していた。そのくせ入店音などはならず、その開閉にかかる動作音すらも聞こえてこないようだった。まるで、なんというか……
――空間が切り取られたかのような。
さっきまでの違和感、不気味さは確かな恐怖となって僕の心に湧いて出てきた。直感が告げていた『ヤバい』ものに出会った。
それと同時に湧き上がる謎の感覚、どこかに綻びがあるような、どこか間違っているような、何かが繋がっていないような、何かが、何かが……。この感覚は僕は何度か経験している感覚。いつだったか、それがどこだったか全く思い出せないけど僕はこの感覚を知っている。
いつともなく走り出していた。なにかを探すように、いやそれはもちろん出口なんだろうけれども、それは別にもう一つ、頭の中に靄がかかったように思い出せない何かを確かめるかのように、無限にも思える商品棚の間を全力で走っていた。時折あたりを見渡して何かを探していた。周りは相変わらず薄暗いままだった。
どれだけ走ったか、ようやく人影のようなものを見つけた。見つけたのは良かったんだけど、出来ればそれであってほしくはなかった。今朝見たばかりの手足が異常に長いサラリーマンの恰好をしたナニカ。後ろ姿だけど、どうせ顔はノイズがかかっていて見分けがつかないのだろう。
「どうして……な、なんで」
ジリッとした頭痛が一瞬走った。それはゆっくりと顔だけをこちらに向ける。やっぱり顔には謎のノイズ、それなのにそいつは笑っているような気がした。
頭痛の余波なのか立ち眩みなのか、ふらついてしまい商品棚にもたれかかってしまい、そこらに商品をぶちまける。何かが割れるような音や、砕けた音なんかもあったがきっと僕が壊してしまったのだろう。これは買い取りしないといけないんですかね?とか考えている余裕はまだ残っているようだ。
そしてそいつがこちらにゆっくりと近づいてくるときだった。後ろからの足音にかが付いて振り返った。
「お前、できもしねぇくせに手ぇ出してんじゃねぇよ」
目を奪うような美しい金髪に、きつくにらみを利かせた青い双眸。けだるげに肩にかけられた鞄と、気崩された制服。それは今日。僕を文字通り踏んだり蹴ったりした挙句、大遅刻をした彼女だった。
「あ、明華?」
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