第七話(エピローグ)

「かくれんぼ?」

 訳がわからないという風にブラウン老人がレーヴァに訊き返す。

「どういうことじゃ?」

「…………」

 訊かれてもレーヴァは俯いて黙ったままだ。

「ブラウン監督」

 答えようとしないレーヴァの代わりに、リリィがブラウン老人に説明した。

「かくれんぼってどこが一番安全だと思いますか?」

「ん?」

 ブラウン老人が一瞬考える。

「そりゃ鬼から遠い方が安全じゃろう?」

「違うんです」

 とリリィは言った。

「一番安全なのは鬼のすぐそば、鬼の真後ろなんです。そこだったら絶対に鬼からは見えません」

「ははあ、なるほど?」

 舞台の興奮がまだ抜けていないせいもあるのだろう。いつもよりもリリィは饒舌じょうぜつだった。

「レーヴァさんは本当にみんなとかくれんぼしてたんです。何故なのかはわかりませんが」

 と、リリィはレーヴァの顔を覗き込んだ。

「なんで急に逃げちゃったの?」

「……怖くなった」

 レーヴァは答えて言った。

「急に舞台が怖くなった。だから、逃げた」

「逃げたって、どうやって……」

 ブラウン老人はまだ得心がつかない様子だ。

「トリックはこうなんです」

 かいつまんでリリィはブラウン老人に説明した。

「レーヴァさんはきっと、リハーサルの間は衣装を緩めて着てたんです、お腹が苦しいとかなんとか言って。そして、タイミングを見て肩から衣装を落とした」

「なんと!」

「……ん、そう」

 レーヴァが頷く。

「レーヴァさんがいなくなったと思ってみんなが騒ぎ出した時、だからレーヴァさんはまだそこにいたんです。この、グレーの服を着て」

「……ん」

 再び、レーヴァがこっくりする。

「これ、下着。テントは寒いから下に着てた」

「そんなバカなことがあるもんかい?」

 驚いた様子でブラウン老人がレーヴァに訊ねる。

「誰がわたしを見ているかはすぐに判る。だから、見られている時には動かなかった。みんな遠くばっかり探してたから、隠れるのは簡単」

「確かに、グレーの服を着ていたら見えないかも知れんが……」

「すぐにカーテンの裏に隠れて、それからずっとそこに座ってた。でも誰も探しに来なかったから、出て行かなかった」

「そうか、街には捜索を出したが、テントの中とは盲点じゃったわい」

「でも、歌は歌っちゃったのよね」

 とリリィはレーヴァに訊ねた。

「ん。楽しそうだったから。一緒に歌ったら楽しかった」

「いやはや、感服した。魔法だとばっかり思って遠くばっかり探していた。魔法院に連絡していたらとんだ迷惑をかけるところじゃったわい」

 ブラウン老人はやれやれと首を振った。

「ありがとうお嬢さん、おかげで我が劇団はスターが二人になったよ。……お嬢さんとレーヴァでね」

 言いながら両手でリリィの手を握る。

 ブラウン老人はしばらくリリィの手を握っていたが、やがて一歩下がるとリリィに訊ねた。

「お嬢さん、そういえばまだお名前を伺っていなかったね。お嬢さん、お名前は?」

 そうか、今までずっと『お嬢さん』だけだったんだ。

 今さらながらリリィは気づく。

「リリィ、です」

 リリィはブラウン老人に名乗って言った。

「魔法院のメイドです」


+ + +


 帰り道、リリィは劇団の役者から小さな箱をもらった。

「あの、これは?」

 何が入っているんだろう?

「キッシュだよ。ほら、君お昼に食べ損なっただろう?」

 背の高い役者は笑顔を見せるとリリィに言った。

「二つ買っておいた。お友達と一緒に食べるといいよ」

 さらにブラウン老人からは『いつでも無料』とサインの入った特別なチケットまでもらってしまった。

「ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げてお礼する。

「またおいで。お嬢さんならいつでも出演大歓迎じゃ」

 ブラウン老人がニコニコと笑う。

 役者たちとブラウン老人に見送られながら、リリィは汽車の駅へと歩き始めた。何度も振り返り、見送る人たちに右手を振る。

 ブラウス、キッシュ、それに無料チケット。

 ちょっと怖かったけど楽しかった。

 リリィは復路の切符にハサミを入れてもらいながら思い出し笑いする。


 舞台に出たって言ったら旦那様はどんな顔をなさるだろう。


──魔法で人は殺せない3:リリィの休日 完──

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【書籍化】魔法で人は殺せない3 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo

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