第5話一答


「作ったもの? どういうことですか? 」


「前に話してくれただろう?幽霊を見たとかいう話、それは見間違いにせよ、第三者がかかわっていないことだ。だがこの事はそうじゃない、みんな作ったものからできている。きれいな丸い藁のボールも、箸を使わない風習も、箸を使った人間の年を聞いた上での、丑三つ時のその儀式も、全部人力で可能だ」


「それはそうですが・・・いったい何のため? 」


「そうだ、何のため、人間はその理由が欲しい、それがないから恐怖する。特に箸はどちらかと言えば鋭利なもんだ、武器にならないとは言い切れない」

ブスリと刺すアクションを菜箸でして見せた。


「もし、箸によって凄惨な事件が起こったとしたら、逆に供えるようなことをするはずだろう?だが全く逆だ、刺して、折って、案外ぞんざいに扱っている」


「そうです、だから怖かった、理由が知りたいんです、風習ならば従いますが・・・あれは殺されてるみたいで・・・」


「その土地のことは調べてみたんだろう?」


「ハイ、事件らしいものはないんです。ただあの島かどうかわからないんですが隠し金山あったらしくて」


「だとしたら、それが一つの理由になるかもしれない。俺の女房の実家の近所に同じような隠し金山があってね、江戸時代のことだ。いまそこで地元の名士という感じの人間がいるんだが、その人間が言うには「自分の祖先は幕府の命令を受けて隠し金山を調査に来た密偵だったらしい」って言うんだ」


「はあ・・・だとしたら?」


「じゃあ、密偵が素性を隠してその島にやってきて同じことをされたら? 」


「ああ! 逃げ帰る! 絶対に来たくないと思いますね! 」


「昔のことだ、同じことをやられたら猶更怖いだろう? 密偵だって自分の身が可愛い、逃げ帰って「あの島には何もありませんでした」って言ったらそれでいいだろう」


「そうですね・・・でもそれなら、時代が変わってしまったんですから、そんなことをやる必要なんてないんじゃないですかね」


「だな、もしただ幕府か何かの命令だけで動いていたのなら、箸を使わないなんて不自由な生活は、おさらばしたいよな、魚を食べるんだから」


「今もどうして・・・」


「島で立ち入り禁止にしている場所なんかには入っていないんだろう?」


「もちろんです、絶対にそんなことしません! 」


「だとしたら、もっと深刻な、命にかかわることかもしれないな」


「命にかかわる? 」


「まあ、密偵もそうだろうけど、世界で一番切れると言われる日本刀を持ってる、自分たちには武器は全くない、その人間を怖がらせて追い返す、そうして命を守ってきたのかもしれない。海賊とかも多かったろうしな。自分たちが箸を使わないことで、やってきた人間に、そいつが使った箸がぶちぶち刺されてるのを見せればいい。たとえ現場にいなくても、神社のボールに刺さっているのを見るだけでも十分怖いよな・・・確かに、されている方はたまらない。。だからわざと神社の近くにキャンプをさせたかも」


「そこまで・・・ですか? でも親切な人たちで」


「そのギャップもいいように作用する、いやな奴が嫌なことやったら、「こいつら切り捨ててしまえ」だろ? 」


「ええ・・・本当に」


「世界でもあるじゃないか、首長族、あれだって女性を連れ去られたくないから始めたことだったんだろう? で、それが美意識になって今でも続けている」


「そうか・・・それと同じこと? 」


「と考えた方がいいかもしれない。その方法を考えついたのも島の人間なら、それで命を救われたのも島の人間、直接的な自分たちの祖先だ。もし儀式をやられた人間が、怖すぎて日本刀を振り回し、死傷者が出たというなら止めていただろうが、そうなることもなかったから、ずっと続けてきたんだろう」


「でも・・・無差別で」


「じゃあ、同じことをキャンプ道具を持った泥棒がやられたら? 」


「ああ! そうか! 盗んだもの全部おいて逃げますよね」


「一見しただけで、誰が泥棒かどうかなんてわからない、そうやって島を長い間守ってきたんだろう。この方法で「戦わずして勝つ」ことができたのなら、それは尊いことだ。だからきっと島民もすぐさまは止められない」


「でも自転車なんかで島をめぐったら面白いと思いますが」


「それはこれから島の人が考えることさ。だが観光は観光で難しい所がある。海は天候にも左右されやすい。この風習を残すにせよ止めるにせよ、それを決めるのは島の人たちだ。彼らだって好きでやっているわけではないんだろう、だから嫌な顔をした。昔はもしかしたらそんな顔をしてもいけなかったかもしれない、自分たちは箸を使わずに、新しく来たものにはどうぞどうぞと使わせて、丑三つ時の神社でその人間の年の数だけ箸をさす、効果は抜群だったろうな。でもその島に生まれていたら、俺はしたくないね、小心者だから」


「僕もです。そうですね、それが正解かもしれません。だとしたらきっと日本には僕と同じ思いをした人間がたくさんいるんでしょうね」


「いるだろうね、そして同じ結論にたどり着いているのかもしれんよ、だからこの風習が全く外に漏れていない。日本人も捨てたもんじゃないってことさ。漏れてしまったら、何の威力もなくなってしまう、やってる本人たちが怖いだけになる」


「怖がった方が、やってよかったと思うんですかね?あの最後の一言も」


「そりゃ、そうだろう。最後の言葉はラーメンのチャーシューみたいなもんかな、外せない」


「完全なる仕上げってとこなんでしょうね」と二人で笑った。


「そうそう、怖い思いをした分、とってもいいことをしたんだよ」

「何の事ですか?」

「このフォーク、凄く評判が良くて「どこで売っているんですか、教えてください」って何人かから言われたから教えてやったら。瞬く間に評判になってね。小さな町で作られているものだから、生産が追い付かない、うれしい悲鳴らしいよ、知らないかい?」

「そうなんですか、確かにこのフォークいいですよね、味を邪魔しない。じゃあ、あの恐怖は無駄じゃなかったんですね」

「ああ、人助けだよ。いつか話してやろうと思っていたんだ。でもこのことが解決しないと話すに話せないだろう? この前その会社の人が直々にお礼を言いに来たよ」

「良かったですそれは」

そして自分の最終目的を告げた。


「じゃあ・・・どうだい、久々箸で食べてみるかい? 」


「ハイ!大将 替え玉お願いします! 」

「オッケー スープ大盛! 」


「ああ!やっぱりラーメンは箸で食べるに限る! 」


美味そうに食べてくれる姿は最初の頃を思い起こさせた。 


「本当にありがとうございました、わあ、真っ白の綺麗な雪の上を歩くのって気持ちいい! 」大雪の中を帰っていった。自分は暖簾をしまいながらその姿を見送っていたが

「大将、店じまい? コンビニ何にも残ってなくって・・・」

「おお! あるある! 入れよ! 」そのあとは、まま忙しかった。


 店を閉めた後、鍋を洗いながら考えた。

食べ物屋は美味しいもので人に喜んでもらい、またそこに来たいと思ってもらうことが一番の喜びだ。今回の恐怖は、顔を引きつらせ、そこに二度と行きたくないと思わせるのが目的だ。この二つは真逆になる、だが両極に位置するものは何か似た所がある、南極と北極のように。


だとしたら、あの島の食堂の主人は、その両方の上質なものを提供できる、世界でも数少ない料理人の一人なのかもしれない。

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小恐怖 箸のない島 @nakamichiko

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