第12話 切れるナイフ

 そして、観光協会での会合当日、今日は、美湖さん達が仕事で出られないため、俺と美夜での出席となった。

移動での使うバスの中、美夜は、やけに緊張していた。

「うぅ、今から、胃が痛いです」

「なんだ?緊張しているのか?安心しろ、美夜は、手伝うだけでいい」

「誰のせいで胃が痛くなっていると思っているのですか?宗吾さんのせいです」

「俺、何か悪いことした?」

俺は、本当に何もしてないぞ。俺は、まとめた資料。それと万が一、場が荒れた時に美夜に頼んだセリフ一文のみ。

特に悪い点は見当たらない気がするのだが。

「いや、悪いどころか、極悪です。このセリフ言うなら、絶対にお姉ちゃんのほうが良かったのに」

「そうか?こういうセリフは、湯上の町に肯定的な美夜が言うから意味がある。保険としてもな。こういうヒール役は、俺や那奈美だとあまり効果がないからな」

「そうなんですけど……うぅ、鬼」

しょうがない。俺は、よそ者と言うことで、少し町民とは距離があるし、那奈美は、そもそも湯上が嫌い過ぎて、あんまり町民と仲が良くない。

それでは効果がないのだ。

この保険を使うには、町民に好かれている美夜だからこそ成立する保険。

「大丈夫、保険を使わなくてもいいように頑張るから」

「本当ですか?信じますよ、宗吾さん」

美夜は、頼るように俺を見つめる。あぁ、盛大に信じてくれ。

地方創生が成功することに関しては!

ぶっちゃければ、この保険を使う気満々である。だって、俺だけじゃ、この町は、絶対に動かないからな。そのうえで、俺は、行動する。

『美夜、気を付けろ。宗吾は、そのセリフを美夜に使わせる気満々じゃ』

「あ、馬鹿!七重!変な冗談言うなよ!」

器の中で、ばっちり目が冴えていた土地神様は、俺の心のうちを勝手に、美夜の脳に直接に伝える。

「宗吾さん……平然と嘘ついていましたね」

「ツイテナイヨ、ボク、ウソツカナイ」

誤魔化すにも、誤魔化しきれない俺は、慌てて美夜から目をそらすが、視線が痛い。

「宗吾さん、こっちを向いて同じことが言えますか?」

「今、美夜の方を向いたら、きっとキスするから、見られません」

「へえ、ふうん……宗吾さんは、犯罪者なんですね、〇リエ〇ン」

「ホ〇エ〇ン言うな。冗談でも言っちゃいけない」

暴言を珍しく言う美夜だが、チョイスが少し古いし、あんまり振れちゃいけないタブーな感じがある。

「全く。いいですか、私のこのセリフは、あくまでも保険です。必要が無ければ私は、言いませんからね」

「カマワナイ」

俺は、平然と嘘をつくが、痛い視線は、まだ続く。

「はぁ、本当に宗吾さんは、嘘をつくのが下手です。それだからお金が無くなっちゃうんですよ」

「胸が痛い。それは、言い返せない」

こうして、美夜と俺は、観光協会につくのだが、その頃には、俺も少し不安になっていた。

果たして、俺は、この場所で、ちゃんと虚勢を張れるのだろうか。嘘をつくのは慣れたが、ここ最近の俺は、自衛のために嘘をつくことがないからな。

とは言いつつ、資料は、しっかりとまとめた。自信もある。説得に関しては、確かに美夜に頼る所があるが、それを抜きにしても今日の会議は、絶対に成功させたい。

「美夜、行くぞ」

「はい、任せてください」

俺達は、腹を括り、観光協会の会議室へと足を運んだのであった。


俺は、美夜と、会議室と言うには、少しボロボロな、30畳ほどの和室の一番前に座る。辺りを見回せば、俺と美夜以外は、みんな50歳から、60歳以上の人が、二十人ほど集まり、会議と言うよりは、近所の老人会にいる気分だった。

「と言う訳で、皆さん集まりましたね……会議を始めます」

「よ、源さんいいぞ!」

よぼよぼな爺さん……源さんが、司会をして始まる会議。なぜかまだ、会議を始めると6だけなのに、老人連中は、これに拍手をする。

「皆さん、今回の議題、湯上の地をアピールするための意見を考えて来た人がいたら、手をあげてください」

まずは、老人たちの意見を聞こうとして、わざと手をあげないで見たが……誰も手をあげない。辺りを見回す源さんは、誰も手をあげないのを見て何か言うと思ったがボーっとし、三十秒ほどたったあたりでとんでもないことを言い出した。

「あーいじゃあ、会議終了です。いつも通り、皆さんがしっかり仕事をする限り、湯上の地は、安泰ですからね。さて、次なんですが、今日の打ち上げについてです」

……俺は、耳を疑った。

源さんは、人を集めておいて、現状維持で話をまとめようとしていたので、俺は、慌てて手をあげた。

「あ、はい!すみません七重旅館、有馬宗吾です!よろしいですか!」

「あぁ、黒川さんの所ですね。なにか議題でもあるのですか?」

源さんは、少し面倒くさそうに俺を指すが負けてられない。俺と美夜は、立ちあがる。

「えっと、七重旅館の有馬宗吾です。まず、議題を話す前に皆さんに資料を配らせてください!ほら、美夜」

「あ、分かりました。源さん、手伝ってもらっていいですか」

「まあ良いが……ふむ、湯上の人口増加案についてですか……いいでしょう。手伝います」

美夜は、源さんと協力し、二十人に資料が渡ると、俺は、美夜を連れ、上座に置いてあったホワイトボードに美夜と移動した。

「では、場をお借りいたします。皆さん、まずは、配った資料を読んでもらえるでしょうか……資料と言っても10ページほどのものです」

俺の配った資料、湯上温泉町人口増加のための糸口と書かれた資料には、今の湯上にいる人口から始まり、セールスポイントや、空き家利用の宿泊など、美湖さんや、幸さんにも手伝ってもらった湯上の現状を記したものである。

老人会の人……じゃない、観光協会に集まる自治会員の人たちは、苦い顔をする人や、面白そう読む人など様々だった。

掴みとしては良い方だった。腐っても町の代表たち、目先の飲み会を待ち遠しにしながらもしっかり、資料の内容は、読んでくれていた。

そこから、全員が読み終えるのを俺は、確かめ話し始める。

「さて、皆さん資料に目は通してもらえたかと思います。では、目的をまず初めに言いますとわたしは、湯上温泉町を市に変えたいです。まずは皮切りとして、空き家の再利用をさせていただきたい。そのために知識を貸してほしいです」

「……うむぅ、ちょっといいか?」

手を挙げたのは、ねじり鉢巻きを付けた一番年を取り、ゾンビの様な爺さんだった。

「えっと……」

「宗吾さん、豪紀お爺ちゃんです。一ノ瀬君の曽おじいさんで、湯上の地で初のハーバード主席卒業したお爺さんで、元町長で元参議院議長です」

……うん?

俺の頭に?が浮かぶ。いや待ってくれ、湯上にそんなオーバースペックの存在が眠っていたのか……聞いていないぞ、七重。

「あの……はい、どうぞ豪紀さん」

「では、若造さんえと、しょうじさんでしたっけ」

「宗吾です」

大丈夫か、本当にこの爺さん。

「あぁ、すみません。相乗さん」

ダメだ!この爺さん!ボケていやがる!俺は、心配になってきたのだが……。しかし、そんな不安はすぐに吹き飛んだ。

「まず、空き家の利用についてですが、正直ここまでしっかり形にしているとは思いませんでした。しかし、これをどう広めるのでしょうか?私は、この意見、大変すばらしいものだと思いますが、時間もお金もかかる。この町には、到底、無理なことだが我々のなにぶん老体、できることは少ないし、死になる頃には、きっと私たちは、死んでいるかもしれない。町の利益を考えれば、このままでも、衰退はするが、無くなりはしない。結論から言えば、この意見を詰めるべきではないのだろうか」

……めちゃくちゃしっかり喋るじゃん。しかし、反対派か、味方だったら強いのだが。

それに助長して他の老人も、このままでいいと騒ぎだす。

まさかとは思ったが、この爺さん、ボケたふりして、俺を試しているような気がした。

「そうですね、ですが湯上にも新しい風が必要です。市にする理由もしっかりあります。それは、まずは、合併の問題です。隣の市……泉田市があります。あそこは、多くの町を吸収合併しその勢力を大きくしています。このままでは、確実に泉田市吸収されてしまいます」

最初は、俺もそれを考えたが、七重の目的は、湯上を残し、繁栄させること、吸収されると、どちらにしても契約は、解消できないらしい。それは、俺が、一生死ねないことになってしまう。

七重がいれば、退屈はしないが、俺の目的が達成できない。

「形は、どうあれ、死にはなりますがそれではいけないのです?」

「そうかもしれません。しかし、名前は残らない。吸収されて、まず忘れられるのは地名。そして、長い目で見れば、土地の名前だって変わってしまう。そうなれば、今まで、先祖の守ってきていた人に顔向けできないじゃないですか?」

俺の意見に爺さんたちはざわめく。俺の方に意見が揺らぐのだが……

「しかし、死んだら、私達にそれは関係ないのでは」

曲者だった。爺さんは、将来ではなく、今を見ていた。そして関係ないと切り捨てるが、ジジィどもは、さらに揺れる。

「死ねるならいいかもしれない。しかし、アナタたちは、それでいいのですか、将来子孫に恨まれるかもしれません」

「関係ないと言ったらどうする?それと聞きたいのは、資料に書いてあるPR方法。春に行われる雪解け祭を利用するのが良いと思うが、その祭りだって、今回から中止する予定だった。お金が足りないからな。それを強引にでも実行するのなら、覚悟が聞きたい」

「もちろんです」

覚悟はとっくにできていた。もう、俺の様な死にたがり、失うものはない。しかし、爺さんは、俺の覚悟を見透かしたかのように話し出す。

「足りんのう。主の覚悟は、自暴自棄、それでは人は、動かない」

「そ、そんなことは……」

俺は、窮地に立たされているのではないか。

このままでは、この話自体お流れになってしまう。それだけは避けないといけない。

反論しようとしたが、周りの声が聞こえる。

「まあ、関係ないのは確かだ」

「お金だって足りない」

完全に流れは、爺さんに持ってかれた。これは、実に不味い。そうして爺さんの追撃。

「利益を出すなら、むしろ合併でもいい気がするのう。それが嫌なら、覚悟見せてもらわないと」

何も言えなかった。

美夜に頼んだセリフ。『うるさい、私は、この町を復興するためにここにいる。ごたごた言わないで、ついてこい。それが、お前らの生き残る道だ』も使えない。

生き残るのなら、合併もいいという考えが広まってしまえば、この発言すら意味がない。

ここまでしっかりと話を聞いて返せる人間がいるなんてとんだ誤算だった。勢いで、思考力をそげる相手でもなくなってしまい、完全に手詰まりかと思った。

しかし、美夜いきなりホワイトボードを乱暴にドン叩いて、立ちあがる。

俺の教えたキレ芸の動きではあったが、その目は、座っていて、)演技には見えないものであった。

「覚悟?関係ない?本気で言っていますか豪紀お爺ちゃん?本気なら失望しました!」

「み、美夜ちゃん?」

あまりの迫力に爺さんも一歩引いてしまう。

「合併してもいい?私は、嫌です。私は、この町が大好きなのです!人に覚悟を問うたくせして、自分らは、諦めて、妥協して、きっと、この町が合併されてもしょうがないとかほざきやがるのでしょうね!そんなあなたたちを私は、みじめに思います!お金がないから、祭りはしない?違います!胡坐をかいて仕事をしていたから、そんなことが言えるのです!ろくな覚悟も無いから、そんな無責任なことが言えるのです!けど私は、諦めませんし、妥協だってしたくないです。自信をもって生きたいから、こうやって人前に立って、意見を言っているのです。楽な道は、無いです。地獄を見ないといけません!私はその覚悟ができています。覚悟もできないアンタら糞野郎じゃない。だから、しっかり答えてやりましょう!私は覚悟ができている!この土地をもっと栄えさせるための覚悟です!ジャマはさせません!」

……普通に怒っていた。この町が大好きと美夜は、先週言っていた。だからこそ、町の安泰は関係がないといった爺さんが気に入らないのだろう。

普段ならこんなこと、人前で言えるような性格でない美夜の本気を見て、爺さんは、愉快そうに笑ってのけた。

「あはははは!」

なんだ、ボケたか?そう思ったが、爺さんは、笑っていた。

「良いじゃないか。美夜ちゃん。ワシは、宗吾君の独りよがりな計画とばかり思っていたけど、そう言う訳ではないんだね。なら、私も、宗吾君の意見に賛成だ。いやまさか、期待しないで試したつもりが期待以上の答えが返ってくるなんてのう」

爺さんは、先ほどのとぼけた態度から代わり、俺達の意見に賛同してくれた。俺は驚いていたが、それは、俺達だけでなく、話を聞いていただけの人たちも同じだった。

「ご……豪紀さん、しかし、お金の問題は、必ず出てきます!宗吾君通りやってうまくいけば採算も取れるかもしれませんが、失敗したらそれこそ大損害じゃ!」

「源さん、上手くいけば採算は取れるのだろ?」

「そ、そうですが……」

「最初から、無理などと言わずにやってみようじゃないか、バカ者のよそ者は、湯上の地に新しい風を吹かせてくれるかもしれぬ!」

爺さんは、源さんの意見をつぶしにかかると、源さんは黙ってしまった。

これを確認すると、源さんは、みんなに問いかける。

「では、ここで意見を聞こうと思う。……宗吾君に賛成し、空き家利用、加えて祭でのPRに賛同するものは、手を挙げてくれ、これは、意見が一つにはまとまらぬかもしれん。故に多数決で決める」

源さんは、俺のセリフを完全に奪うと、会議に参加していた人に問いただすと、20人中、15人が手を挙げた。

「よし、では、結果として、宗吾君の意見は、可決と言うことで話を進めていこうじゃないか」

「じ、爺さん……」

俺は、爺さんにセリフを全部取られたが、結果として俺の意見は、通ることになり、これから、空き家の所有者への間貸し交渉や、管理側の人間を募る所から話は、進んでいくことになったが、最後に爺さんは、俺に笑いかけて話してくれた。

「宗吾君、今は試したがこれからは、本気でかかるからのう。中途半端なことはしないように……期待しているからのう」

「き、期待には応えて見せます」

こうして、湯上温泉町総出での空き家利用計画が始まることになった。成功かどうかは、来年の春に行われる雪解け祭、時間としたら約半年。

俺は気合を入れて、意気揚々と観光協会に後にしたのだが、約一名、心に深い傷を負った人がいた。

「……やってしまいました。あ、あはは、……恥ずかしいです。死にたい」

うん、美夜には悪いことをしたのかもしれん。帰りに何かおごってあげよう。

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