第29話 戦艦 武蔵 1

「陸軍側からの要請はよくわかった。さっき聞いたもう一つ海軍側の要請というのはなんだ?」


「それはわが国の最高級の国家機密になりますので他の8人の日本人も含めて秘密にしていただくことをお約束していただけますか?」


「最高級国家機密・・・それほどまでに守らなければいけない秘密なのか?」


「はいそうです。御理解下さい」


「よしわかった。では8名の仲間にも秘密にすることを誓う」


「ありがとうございます。では早速海軍施設にご案内いたします」


そういって森は国防省事務次官に伴って

港湾軍事施設内のいちばん奥にある天然の洞窟に案内された。


洞窟に蓋をするような縦横50メートルほどの大きな扉が観音開きにゆっくりと開いた。


その奥からひんやりとした空気が流れてきた。


よく目を凝らすと真っ暗な洞窟の中に巨大なドックがあるようであった。


「この場所は極秘中の極秘です。さあ中へどうぞ」


「見たところ、かなり大きな空間のようだけど、この中になにがあるんだ?」


「ミスター森。この化物に見覚えがないですか?オイ!照明をいれろ!」


その言葉に続いて

「バッバッバッ」

と一斉に明かりが付いた。


「こっこれは・・・・まさか・・・・」くわえていたタバコを思わず口から落としながらうめくように森は言った。


「やはり、ご存知のようですね」

秘書のタイタンが微笑みながら尋ねた。


「当たり前だ、日本男児なら誰でも知ってる」


驚く森の目に飛び込んできたものは長さ300メートル高さ50メートルほどの巨大な軍艦であった。


「大和・・・いや大和は九州坊ケ崎沖で沈んだはずだ・・・しかしこの形はまぎれもなく大和」 


「いえ、われわれは『ムサシ』と聞いております」

タイタンが答えた。


「排水量67000トン、全長263メートル、幅38メートル、46センチ主砲9門、15、5センチ副砲6門、12、7センチ高角砲・・・・」

巨大な鉄の塊を見上げながら自然に森は大和型戦艦のスペックをつぶやいた。


「日本男児としてまさか本物の武蔵に出会えるとは・・・噂どおり本当に大きかったんだな」




昭和19年10月

レイテ海戦。


日本の敗北がほぼ確定していたこの時期、大本営はフィリピンの要所レイテに上陸してくるマッカーサーの上陸部隊に対して無謀な作戦をたてた。


帝国海軍の残った艦船全てで上陸部隊を阻止するという、いわゆる「捷一号作戦」である。


太平洋のハルゼー提督の空母を囮艦隊である小沢治三郎中将率いる空母艦隊で引き付けておきながら、本隊は一気にレイテに殴りこもうという、もう作戦とは呼べない決死の艦隊特攻であった。


司令長官は栗田健夫中将で艦隊総数三十九隻からなる艦隊は文字どおり最後の決戦であった。


その時、世界最大の戦艦「大和」「武蔵」も随行していたのであった。


排水量67000トンの武蔵はシブヤン海域に入る前に米軍の格好の標的となった。


朝から合計5波にわたるアメリカ軍の雷爆撃機の攻撃を受け、二十発以上の魚雷と三十発以上の直撃弾をくらい、さすがの浮沈戦艦も夕方7時にはゆっくりと海中へ沈んでいったのであった。


鳥取出身の猪口艦長をして「被害担当艦」という言葉を使ったほど米軍のすべての攻撃を一手に引き受けた形となった。


戦後、連合軍の調査の結果、「大和」はソナーで400メートル海底に確認されていたが、「武蔵」だけは周辺海域をくまなく調べてもその存在は確認されず不明のまま調査が打切りとなっていたのであった。


おそらく武蔵が持つ千以上の防水隔室のため沈んでもなお浮力が残っておりシブヤン海をさまよっているのであろうという憶測であった。


「しかしまたなんで武蔵がここにあるんや・・・・」


「1946年5月の大暴風雨の早朝、武蔵は首都ウラノスからさほど遠くない海岸に漂着し、座礁したのです。漁師の報告を受けた海軍が急ぎ現場の海岸へ行きましたらこの巨大戦艦が海岸に横たわっていました。あの時は国民全員が驚きました」


秘書のタイタンの説明によると終戦の翌年に戦艦武蔵は1000を超える英霊とともにズタズタの艦体のまま海流にのってヒペリオンに流れ付いたのであった。


「艦内にあった兵士の遺体はその時丁重に丘の上の『英霊の墓』に納めました。しかし相当ひどい戦いだったようですね。艦橋の羅針盤に綱で縛られていた遺体がありましたがあれが艦長ですか?すごい敢闘精神ですね」


ドックに入れられ牡蛎がらを落とし、魚雷と爆弾の穴を修復した山のような「武蔵」を前にして森は言いようの興奮と感動を覚えた。


無意識のうちに合掌しながら

「で、これをオレにどうしろというのだ?」


「あなたの腕で武蔵を最新鋭の戦艦に蘇らせて欲しい」


「最新鋭の戦艦にか・・・いとしの娘を整形するような気分だな・・・・」

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