ボクと狐ちゃんとテニスサークル4

声をかけてくれたのは、井上さんとは別の先輩であった。かなりガタイがよくて、若干ゴリラみたいな先輩だ。威圧感がすごい。


「4年の工藤だ。今日はよろしく頼む」

「よろしくお願いします!! 先輩!!」

「鈴木さんは元気がいいな」


体育会系に一時聞いたせいか、こういう時の挨拶の大事さは身についている。ひとまず大声であいさつすれば、大体評価されるのだ。ひとまずボクは大声であいさつをすることにした。

クーちゃんはいきなりの挨拶にびっくりしておどおどしながらボクの背中に引っ付いた。亀の子のようである。

他の人たちも、体育会系出身の人が多いのだろう。みな大きな声であいさつをしていた。チャラ男(仮)はしていなかった。大した奴ではやはりなさそうだ。

工藤さんはそのままボクたち新入生を呼び集めた


「よし、新入生。まずは軽く準備運動だ。各自柔軟運動しておくように」


そういって工藤さんは自分の準備運動として伸脚を始めた。特に指示はなく黙々と準備体操をしている。

慣れている人たちは、おのおの好き勝手に準備体操をしていく。あまり一斉にやるみたいなことは、ここはしないようだ。ボクはボクでやり方がないわけでもないし、勝手にやってもいいのだが、おそらくクーちゃんはろくに体を動かせないだろう。放置しておろおろするのを眺めるのもかわいい気がするが、あのチャラ男(仮)に絡まれると面倒だ。


「ほら、クーちゃん。工藤先輩の真似しましょ」

「お、おー!」


いそいそと工藤さんの前に二人して陣取って伸脚を始める。先輩の真似っ子である。これなら失敗はないし、いちいち運動音痴のクーちゃんにこうしろああしろという必要もない。ほかにもいた何人かおろおろしていた人たち、主に女性陣だったが、もボクたちと同じく工藤さんの真似をし始めた。


伸脚、屈伸、ふくらはぎを伸ばしたら、片足で立ってつま先で手を持ち、太ももの前を伸ばし始めた。慣れないとふらつくのだが、クーちゃんはなぜかすごく安定していた。なんでだろうとみていると、尻尾の先のほうが地面についていて、尻尾全体がプルプルと震えていた。ずるだった。


「ほら、クーちゃん、息止めちゃだめだよ。ほら、すってー、はいてー」

「ひっひっふー」

「なんか生まれるの?」

「生まれないけどなんとなく」

「ほら、動きは止めない。息も止めない。動き遅れているよ」

「ショウちゃんスパルタだ!!」

「これくらい序の口だよ。ほら、動き遅れているよ」

「ひー」


クーちゃんもスローモーションながら頑張って工藤さんの動きについていく。といってもこれ、普通の準備体操なんだけどなぁ。普通の準備運動レベルですら、クーちゃんにとっては全力が必要なようである。

ほかの人を見ていても、さすがにクーちゃんほど運動ができない人はいなさそうであった。クーちゃんの先が思いやられた。






「それじゃあまず少しだけ体力測定だ。シャトルランをやってもらう」


一通り準備運動が終わったボクたちに、工藤さんは言った。クーちゃんだけは準備運動だけだったはずなのにもう息も絶え絶えで満身創痍である。大丈夫だろうか。


「クーちゃん大丈夫?」

「ぜー、だいじょう、ぜー、ぶ、ぜー」

「ま、まあ無理しないでね?」

「ぜー、はー、ぜー、はー」


いろいろ心配になってくる。

両手を膝において、呼吸を必死に整えているクーちゃんの背中をさすりながら、工藤さんの話を聞く。


「この二つのひもの間を往復するだけだ。紐をまたいで、ラケットを振る、これで1回だ。1往復で2回になる。音楽を流すから、その音楽に間に合わなくなったら終わりだからな」


大体10mぐらいの幅で紐が置いてあった。ここを往復するらしい。

ひとまずクーちゃんの後ろにボクは陣取る。うしろはチャラ男(仮)だった。絡まれたくないなぁ、と思った。

ドレミの音階が流れ始める。距離は大体10m程度だし、そんなに速く走らなくても十分間に合う。長距離走だし、セーブして走りながら、紐をまたいでラケットを振る。振り方なんてよくわからないが適当である。クーちゃんはボクがラケットを振ってもまだ紐のところにたどり着いていなかった。ぎりぎりでたどり着いてラケットを振る。尻尾も一緒にぶおん、と振れていた。かわいい。

折り返して2回目。まだまだ皆余裕だが、クーちゃんだけはすでに限界ギリギリだった。これ、徐々に早くなるはずだが、クーちゃんすぐに限界になってしまうんじゃ…… そんな心配をしながら又折り返した。

大体4往復ぐらいしたところで速度が少し上がった。上がったといってもまだ全然余裕だったのだが……


「ぜはー、ぜはー」


クーちゃんが限界を迎えた。そのままふらふらーっと紐の外に外れていって、そのままぽてっと横に倒れた。なんというか漫画のような倒れ方だった。

横で見ていた女性の先輩と、ボクの後ろにいたチャラ男(仮)がクーちゃんに駆け寄る。ボクはまあ、普通に続けていた。別に死にはしないでしょう。チャラ男(仮)はクーちゃんにからもうとして、先輩に怒られていた。






結局クーちゃんの記録は8回、ボクは無事100回までたどり着けた。

水を飲みながらベンチで休憩していたクーちゃんも、どうにか立ち直ったようで終わるころには普通に元気になっていた。

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