第33話 疑念と宴

 ゴンベーをうつ伏せで恐竜に乗せ、一行は笑顔で村へと戻る。


 台本通りとはいえ、村人たちは行きと比べてあきらかに表情や足取りが軽くなっていたが、メテアだけは若干、足取りが重くなっていた


「メテア様。お体は大丈夫ですか?」


 村長が本気で心配する。

 ここで倒れられては物語の進行に影響があるからだ。


「ハァ~……ハァ~。やっぱり氷を放り投げたのが効いたなぁ~。ハァ~ハァ~こんなに疲れるとは思わなかったよ~」


 ラピスが唇を尖らせながら忠告する。


「ホント貴方はめちゃくちゃだわ。【浮遊】のような運動系の魔法はある程度体力も消耗するのよ。そんなんじゃあっという間に体力も魔力も消耗して倒れちゃうわ」


「ハァ~そんなこと言ったってぇ~。ハァ~俺は転生してから間がないんだぞ~」


「私がいろいろと教えてあげるわ。この世界のことを、そして魔法のこともね。言っておくけどそれなりに厳しいから覚悟しなさい」


「ハァ~お手柔らかに頼むぜ」


「しっかりしなさい。貴方にとって正規兵一人やヴァンパイア・バグ一匹じゃたいしたことなくても、大群ともなればあんな風に脅威になるのよ。今からそんなことではどうするのよ」


「……てかとりあえず休みたいなぁ~」


 そんな二人の会話をゴンベーは恐竜の上で伸びながら、耳をそばだてて聞いていた。


(なるほどねぇ~。主人公さんが弱っているときにあれこれ指示したり導いたりお説教するのか……。確かに最初に出会った時はまだ元気だったから、暴走してあさっての方へ歩き出したりいきなり魔法を唱えたからなぁ……。そういえばやられた悪役の三人はどうしているのかな?)


『ご安心を。アジトの洞窟で皆さんの演技をご覧になっていますよ』


 世界珠の声がゴンベーの脳内へと響く。


(……え? ってことは世界珠さんもそこへ?)


『はい。ロケが始まったら私は姿を消さなければならないのです。それよりもゴンベーさんの演技は素敵でしたよ。普通ならわざとらしく叫んだり暴れたりするんですが、恐怖と痛みで硬直する姿は主人公さんにも恐怖を与えることができましたからね』


(ハハ、ありがとうございます。てかあれはほとんどナチュラルでしたけどね)


『ナチュラルな演技というのがもっとも難しいんですよ。ゴンベーさんにはヴァンパイア・バグの生け贄となって襲われたという大義名分ができましたから、農作業は免除であとのロケ中は思いっきりグータラしてください』


(ハハハ、ありがとうございます)  


 恐竜に揺られながら世界珠と会話するゴンベーであったが、もう一人、歩きながら世界珠と会話している者がいた。


(世界珠よ。質問があります)

『はい。ラピス様』


 世界珠の声はゴンベーの時とは違い、執事のように事務的で冷たいモノだった。


(バンパイア・バグの数、主人公と下見に行ったときより明らかに数が多かったようですが?)


『ワナビー神からの指示でございます。数が多い方が物語がよりえると……』


(それはわかります。ですが、襲われた彼を治療しようとしたとき、私の治癒魔法が効きませんでした。これはどういうことでしょう?)


『こちらもワナビー神からの指示でございます。生け贄役をより苦しませたほうが物語が映え、主人公に恐怖を与えることができると……』


(あの時主人公は彼を顧みず沼を見ながら魔法をかけていました。ならばその演出は不要と判断し、適切な対処をとるのも世界珠あなたの役目でしょ? 彼をすぐ治療したところで、物語の進行の妨げにはならないでしょうに?)


『……』

 しかし、世界珠は沈黙する。


(あのまま放置していれば、彼は……。ワナビー神の台本以上の苦しみをエキストラに与えるのは世界珠の権限を越えています。どんな理由があってそこまでの所行をしたおつもり?)


『……』

 なおも世界珠は沈黙していた。


(答えなさい! さもなくば大御神様より与えられた銀等級以上の特権、

『物語の進行に破綻が見うけられたときは、すぐさま役を降りることができる』

を発動します!)


『……”ある御方”からの指示でございます』

(……その理由は?)


『これ以上は申し上げられません』


(……わかりました。ですが以後、たとえ私や他のエキストラ、そして世界珠が治療するとはいえ、エキストラに台本以上の苦しみを与えることは許しません。下位の等級のエキストラを護るのもわたくしたち高位の者の役目であり義務ですから)


『御意……ですが彼は私が治療したわけではございません。その前にご自分で回復なさったのです』


(……どういうこと? 死の淵をさまようダメージを与えられたのに自分で復活したってこと? 回復スキルや治癒魔法もない石等級のエキストラが?)


『ラピス様がご覧になったことが起こった次第でございます。これ以上は申し上げられません』


(……わかりました。とりあえずこのまま役を続けます)

『ありがとうございます。ラピス様』


 会話の終わったラピスはその視線をわずかながらゴンベーへと向けていた。


 その夜。

 ヴァンパイア・バグからの脅威がなくなった村人達は、ささやかながら宴を開いた。


 昼間と同じように真ん中にメテア、左右にラピス、そして村長が大木を背に座り、村人たちは半円状にたき火を囲みながらゴザの上に腰を下ろしていた。


 メテアとゴンベーを讃える村長の挨拶が終わると宴が始まり、村人たちは一人一人歌ったり踊ったりと騒ぎ始める


 そして時には踊るというよりミルに体を振り回されるジルを見て、村人たちは大笑いしていた。


 そんな宴の様子を、ゴンベーは村長の横で疲れた顔をしながら座椅子に体を預けて、その横では薄い皮の鎧を纏った帝国軍の女性衛生兵の姿をしたゴーレムが横座りをしていた。


 女性衛生兵は時折りゴンベーの口に向かって食べ物を差し出し、それをゴンベーは”あ~ん”して食べていた。


『申し訳ありませんゴンさん。主人公さんに気取られないようにまだお体をだるくしておりますので、もうしばらくご辛抱ください』


(ああ、大丈夫ですよ。私は歌や踊りは皆に見せるほどではないので、むしろこの方がありがたいです)


「えっと、ゴンさんだっけ? 大丈夫? 派手に刺されたみたいだけど?」


 突然主人公に話しかけられたゴンベーは、むせそうになるのを何とかこらえて答える。


「で、でぇじょうぶだ。ラ、ラピス様が……治して下さっただ」


 ラピスがすかさず助け船を出す。


「ゴンさんのヴァンパイア・バグの毒は私が治療したけど、吸われた血が戻るまでまだ時間がかかるわ。休ませてあげなさい」


「ああ、ごめんごめん。病み上がりみたいなモノかぁ~。”……”のように瞬時に回復ってわけにはいかないんだな~お大事にね」


 メテアのある単語はラピスには理解できなかったがイニシアチブをとるため、ラピスは話を進めた。


「私の未熟な治癒魔法では、すぐに全快にはならないのよ。高位の魔法使いや神官なら瞬時に回復できるけど……そうだ! 貴方にも回復魔法を教えなくてはね」


「ええぇ〜てかラピスはこの世界のことを教えてくれるって言ってたけど、俺についてきていいのかよ? エルフの里には家族がいるんだろ?」


「長老様より託されたの

『もし転生者がポコペン大魔王を倒すお方なら、できる限り力になるように』

って。私も外の世界に興味があったし」


「じゃあさ、俺、あいつらを油断されるためにポコペン大魔王の部下になりたいって言ったけど、もしあのままあいつらについて行ったら?」


 ラピスはメテアの眼を見つめながら妖しく微笑んだ。


「あらぁ、今からでもそうしてみるぅ?」


 体を寄せるラピスの妖艶な仕草にメテアの顔は真っ赤になり、“ゴクリ!”と生唾を飲み込んだ。


 その様子をゴンベーは村長の体の影からチラ見していた。


(すげえぜ。仕草一つであんなに艶っぽいなんて。主人公さんもタジタジだぜ。……てか俺も)


 血を吸われ体がだるい“設定”の今のゴンベーであったが、“ある部分”には逆に血が集まっていった。


(そういえばロケに入ってから”抜いて”ねえな。こんな長期のロケは初めてだし、なによりここにはティッシュがねぇし……)


 役作りのためショッピングエリアでファンタジーもののビデオディスクを買ったゴンベーであったが、マネージャーが


『ねぇ、こっちのは買わなくていいの?』


とアダルトものを薦めてきた。


『な、何でそれを?』

『濡れ場の参考資料よ。この前みたいにぎこちなかったら相手に失礼でしょ? それにぃ……』


 マネージャーは妖しい笑みを浮かべた。


『な、なんだよ』

『俳優の心身を”管理”するのもマネージャーの仕事ですからね。この前みたいに溜まりに溜まって女性姿のゴーレムを襲ったりしたら他のエキストラに笑われるでしょう?』


 結局ゴンベーはそれを買い、濡れ場の役作りと自身の管理のため“使用”したのであった。

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異世界えきすとら ―異世界がハリボテなのを知らないのは主人公だけ― 宇枝一夫 @kazuoueda

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