第44話:乱戦の中で
シヴァンに続いた騎士と兵士。十人ほどが、見る間に薙ぎ倒される。ひと振りで、二人か三人を一遍に。それでいて豆腐でも切り分けるような、すっすっと、おとなしい剣筋。
「貴様、なにを言っている。それは数百年を生きた獣だ。その気になれば、国の一つや二つもすぐに滅ぼせる、化け物だ。貴様の妹などであるはずがない!」
「ああ、あんたにはそう見えるんだろう。俺もさっきまでは、そうだった。でも今は見える。俺の妹は、ソーラはここに居る」
雷禍を指さすシヴァンの手を、マクナスは拳で撥ねのけつつ距離を縮めた。金属板で覆われていない、わき腹を蹴りつける。
「ぅぶっ!」
吐瀉物を散らしながら、シヴァンは飛ぶ。横飛びに、地面を滑らされた。
それを追撃するのかと思えば、マクナスの視線は伯爵に向けられる。直衛の騎士が五人と、大盾を持った兵士が十数人。そこに突っ込むのは、いくらなんでも無謀だろう。
が、しかし。マクナスは構わない。「おおぉっ!」と大きく右足を踏み出し、伯爵に向かって駆け出し――消えた。
いやおそらく、そうではない。カズヤの予想する速度を、遥かに超えていただけだ。見失ったことを戸惑う間に、一人の兵士が大盾ごと弾き飛ばされた。
「むうっ!」
「盾が堅いな。剥がさせてもらう!」
伯爵も同様だったのか、驚愕の様があった。それにもマクナスは余裕を見せることなく、空いた隙間から冷静に、隣の兵士を切り捨てる。
「なにをしているんだい!」
「グラン!」
グランの言葉は、兵士たちとマクナスの、どちらに向けられたのだろう。両者の間へ剣を突き込むように、割って入った。
「おい、当たったらどうする」
「うん? それは君にかい、兵士にかい」
「兵士に決まってるだろう。俺はもう、お前たちの敵だ」
「敵というのは、賛成しかねるけど。まあ兵士も、切り殺されるよりは、切り傷のほうがましだろう?」
妙な二人だ。軽口のように話しながら、互いの隙を窺っている。かたや剣先を常にマクナスへ向け、もう一方は担いだ大剣をそのままに、左腕と両脚で距離を測り続けている。
「一つ聞いていいかな」
「なんだ」
「ソーラ、というのかな。君は雷禍を、妹の仇と思っていたのか?」
「そういうことだ。それがどうかしたか!」
振り下ろした、と思った大剣が途中で軌道を変えた。避けたと思ったグランに、横薙ぎが襲う。
間に合わない。「くぅっ!」グランは身体を捻りつつ、剣を立てる。無理だ、グランの剣では大剣を止められない。一度はそれでかわせても、剣は折れてしまう。
もちろんさっきのグランのセリフ通り、死ぬよりはましだが。
金属同士が無理に擦り合わされる、ノイズだらけの嫌な音が鳴いた。合わさった部分からは火花が散り、それが消えたと同時に、グランは後ろへ飛ばされる。
「…………やっぱり君は、優しい男だと思ってね」
「ふん。勝手に言ってろよ」
痛みを堪えつつも、グランはなにを言っているのかと思った。しかしどうやら、単純にさっきの会話の続きらしいと悟る。
なにがあったのか、妹は雷禍に殺されたと思った。しかし実は、雷禍の中に妹が居た。それで一転、雷禍は守る対象だと。
それは優しいと言うのか? 呆れた妄想だとしか、カズヤには思えない。仮にあの声が本当にその妹の声だとして、あんな姿になったものをどうして守りたいと思う。
「兄さん!」
「ああ、平気だよ。受け流そうとしたんだけどね。まあ剣は折れていないし、まだいけるよ」
シヴァンを助け起こしていたマシェが、今度はグランに駆け寄る。こちらの兄妹は、互いに庇い合うという姿をあまり見ない。
けれどもカズヤに記憶のある家族の姿とも、まるで違う。
「シヴァン! こちらはいい。雷禍を仕留めよ!」
雷禍の背後を攻めていた数百人は、マクナスを囲もうとする。しかし自由に動ける足場は狭くなっているし、一人に対して一度にかかれるのは数人だ。彼はそれを捌きつつ、伯爵の護衛を一人ずつ引き剥がしていく。
伯爵はその人員を、雷禍に向けるよう言った。実質は兵を遊ばせているのだから、それは当然でもあっただろう。だが自身の安全と、雷禍の対処。その優先度を、あらためて明確にした。
「第四分隊、閣下の援護継続! 他は雷禍の息の根を止めよ!」
シヴァンは忠実に指示を下す。蝶の死骸へ群がる蟻のように、雷禍は囲まれた。マクナスはまた一人、盾を潰しつつも「ちぃっ!」と、苛立たしげに声を漏らす。
雷禍を守るのが最重要ならば、離れるべきではないのだ。一人が出来ることは、その大剣が届く範囲にしかない。
それでも少なくとも、俺よりはたくさん出来そうだけどな――。
ふと、カズヤはそう思った。あれほどに、なにかを守ろうとした記憶などない。その逆の立場になったこともない。
そんな相手が居ることを、羨ましいと思った。
「そうかしら。守らなきゃいけないなんて、つけこまれると思うのだけど」
「まあ、な。あんたたちほど強けりゃ、それも心配する必要はなさそうな気がするけど」
アルフィに言われて、自分はなんて恥ずかしいことを考えていたのかと赤面する。彼女もそうと分かって、そこにだけ言ったのだろうか。
「私はね、面白いことが好きなのよ。退屈なのが嫌いなの。だから、あの子は好きになったわ」
見ているのは、マクナスだ。善悪とか、常識とか、そういうものを考えなければ、たしかに面白いのかもしれない。
今も兵士たちを切り刻んで、直線的に雷禍の傍に戻っている。普通は通りやすいところを探したり、ともかく先に戻ったりを考えるものではないか。
――いや待て、と。カズヤの胸に、引っかかるものがあった。自分はそれほど、面白い人間か?
そもそも面白みのあるタイプではない。しかしそうでなく、アルフィの言う面白いというのはどうか。
気持ちとしては、人に阿ることのない、図らずもアルフィ好みであるように思う。だが実際には、目の前に起こったことを、為されるがまま、受け入れてしまっている。
それをきっと、アルフィは面白いと思わない。
「まだ俺に、なにかさせたいことがあるのか……」
「気付いたの? 賢いわね」
にやあ――。
アルフィの表情が崩れ、笑みを通り越した不気味ななにかへと変貌する。油絵の具で描いた顔を、無理に指で笑わせたように。
それが彼女本来の笑いと察して、カズヤは戦慄を禁じ得ない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます