とある傭兵の半生~2~

「隊長、そういえば、うちの傭兵隊はなんていいうんだ?」


「名前か、考えたこともなかったな……」


「なんか強そうな名前を付けようぜ!」


「ふむ……、ではお前らが考えろ。俺たちにふさわしい最強の名前をだ」


「うぇ!?」


 ケネスがいやそうな顔をして後ずさる。


「そうだな、この村で信仰されている神は何だ?」


 糸口になりそうな話題を振ってみた。


「ええっと……天狼フェンリルですな」


「ふむ、ならば天狼団を名乗ろうか」


「へ、へえ……」


 ぶん投げといて結局俺が決めてしまった。しかし、手下ども、改め団員たちは大いに喜んでいる。




「大いなる天狼の祝福あれ!」


「フェンリルよ! 我らを守り給え!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおう!!」


 良い感じで盛り上がりだした。単純な連中だと感じ、自然に笑みが浮かぶ。そう、そんな奴らに何やら愛着がわいてきているのも確かだった。


 だが、指揮官としてそんな団員たちに場合によっては「死ね」と命令を下す必要があることは分かっている。


 そんな場合が巡ってこないように、来るとしても可能な限り後がいいと思ってしまったのはある種の現実逃避なんだろう。そうして俺は酔いにまかせて目を閉じた。


 その夜見た夢は、今まで見ることが無かった故郷の夢だった。






 宴から一夜開けた払暁。なじみの行商人が血相を変えて駆け込んできた。




「大変だ! 街道の西の森から……魔物があふれた!」


「確かか?」


 思わず大声が出た。しかし商人の様子を見れば事態は明らかだ。命ともいえる商品を投げ捨て、身一つで転がり込んできている。それに彼らの財産はすなわち信用だ。それがあれば借財もかなうし、商売をやり直すことが出来る。


 魔物の氾濫といった、多くの人にかかわることで偽りを告げるということは商人としての自殺に等しい。


「ケネス! 10人連れていけ! 無駄死には許さん。必ず情報を持ち帰れ!」


「合点だ!」




 ケネスは素早く小隊を編成した。盾持ちを3人。槍持ちが4人。弓兵が二人、そして足が速い身軽な伝令が一人だ。伝令はスリングと短剣しか持たせない。何かあったとき情報を持ち帰るのが仕事だ。




「出発だ!」


 ケネスは槍を掲げると、商人を連れて街道を西へ進んだ。


 かなうならば小規模であってほしい。小規模でも100ではきかないほどの数だろう。今の部隊ならばなんとか撃退はできるだろう。それでも被害は出るだろうし、厳しい戦いになることは間違いない。




「柵を見回れ! 壁が崩れてないか確認しろ! 外に出てる連中を呼び戻すんだ!」


 矢継ぎ早に指示を飛ばす。西の森は街道沿いに進んで半日ほどだ。森から出た魔物が少数なら丸1日、多ければこちらに向かって進んでいるはずで、遭遇すれば即撤退してくるはずだ。


 場合によってはこれから半日が死命を決する可能性が高い。




「おお、団長殿。魔物があふれたとは真か?」


 村長がやってきた。なんだかんだで持ちつ持たれつの関係にある。普段は柔和な表情を浮かべているが、さすがに表情が硬い。




「今探らせてるが、行商人が荷物も持たずに駆け込んできた。可能性は高い」


「……領主さまに救援を要請しよう」


「ああ、頼む。撤退するにしろ防衛するにしろ援軍はいる」


「そうじゃな。だが、すぐに動いてくれるとは限らんのじゃ」


「ああ、それもわかってるって。まずはできることをやろう」




 馬に乗れる村人が村長の手紙を持って走った。一縷の望みを託された少年はこわばった表情で馬にまたがる。


「頼んだぞ」


 村長のまなざしを受け、少年は頷きを返すと馬腹を蹴って駆けだした。




「戦えるものは広場に集まれ!」


 俺の号令に部隊の兵たちは一糸乱れぬ姿で整列する。そしてやや不慣れながら兵たちの隊列の最後尾に村人たちが加わっていく。




「皆、天狼団は我らが村を守るためにこれより死地に赴く。彼らだけに命を懸けさせるのか? 否! 断じて否! 我らも共に立つのじゃ!」


「「うおおおお!」」


 命のやり取りに手足の震えが止まらないものもいる。それでも恐怖を振り払うように声を張り上げ、眦を決する。


 彼らが手に持つものは鍬や手斧に、革を煮固めた鎧だ。鎧というか、山に入る時に着る少し丈夫な服、程度のものだ。




「点呼!」


「一!」


「二!」


「三!」




 今、村にいる戦える者の数は108人。俺を含めてだ。外に出ている者を呼び戻している。間に合うかはわからない。


 時は刻一刻と過ぎて行った。




「矢をかき集めろ! 多少曲がっててもいい!」


「棍棒でもいい、振り回せるもんならなんとかなる!」


「板に取っ手をつけろ。それだけで盾の代わりになる」




 うちの兵たちは村人と共に走り回っている。これまで村で過ごしていてどことなく壁があったが、危機に対面してそんなものはどこかに行ってしまったようだ。




 戸板をはがし盾にする。荷車に石を積み込む。猟師が矢をかき集めてきた。


 右に左に兵たちと村人が走り回る。その手には武器を握り、声を掛け合う。


 俺はそんな光景を広場の真ん中で見守っていた。




「勝てますかのう?」


「さあ、な。わからん」


「ふふ、そこは必ず勝つと言ってくださらんと」


「言うだけで書ければ苦労はしないさ。しかし」


「しかし?」


「負けるつもりはない」


「ほっほっほっ。頼もしいですのう」




 そうして半日が過ぎた。偵察隊はまだ戻らない。内心は焦燥で炙られたかのような心境だが、それを表に出してはならない。




「隊長。少しは休んで下せえ。ずっと気を張ったままだったらいざって時に頭が回りませんぜ?」


「ふん、貴様も言うようになったな。まあ、わかった。少し休む。偵察が戻ったらすぐに呼んでくれ」




 本陣というほど上等なものではないが、一番作りがしっかりしている村長の家に招かれた。


 うちの団は普段は村はずれに間借りしているが、緊急事態ということで村の柵の中にいる感じだ。




「ご苦労」


「はっ!」




 村長の家には護衛の兵を置いていた。


 槍をもって立っている姿はいっぱしの衛兵に見えなくはない。恰好がボロボロの皮鎧とかじゃなけりゃな。


 家に入ると、村長の妻が出迎えてくれた。何度も顔を出し顔見知りとなっていることもあって、客間に案内してくれる。


 お湯の入った桶と手ぬぐいも出してくれた。




「ありがとう」


「いえいえ、いつもお世話になっていますので」


「そこはお互い様だろう」


「そうですね。今回もお世話になります。ですから今はゆっくりと休んでください」




 彼女は不安げな表情も見せずに微笑んでいる。村長から事情を聴いているだろうに、気丈な人だ。




 自分にも不安がないわけではない。ただ、事態が確定する前に下手に神経をすり減らしてはいざという時にそれこそ何かやらかす。


 そう考えて無理やりにでも目を閉じることにしたのだ。

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