第14話 彼方より来たる

 さて、帝都付近の情勢が入ってきた。実に間抜けな状況らしい。第二皇子レオポルトが皇帝を幽閉したらしい。帝都に立て籠もっているそうだ。その兵力は一万。


 そして、皇太子フェルディナント二世は狩猟で帝都を出た際に締め出され、貴族たちに助力を求め、帝都付近に布陣しているらしい。


 これによって皇帝の築き上げてきた中央集権は大きく後退し、皇太子は気前よく貴族たちに褒賞を約束しているらしい。


 レオポルトの方も同様で、帝都付近に布陣している貴族連合軍を撃破した者には褒賞を与えると宣言している。


 それによって小競り合いが勃発し、帝都周辺の治安と物流は急速に悪化しているようだった。




 そして、幽閉されている皇帝だが、死病に侵され余命いくばくもない……らしい。帝都方面から避難してきた商人からの情報だ。


 我らのパトロンたるブラウンシュバイク公は情勢の推移を見守っている。この方もなかなかに油断ならない方で、先日のヌエの騒動をきっちり掴んでやがった。


 空を飛ぶことができる兵は……少数だが存在する。グリフォンやワイバーンを飼いならし、またはテイムスキルで支配下に置くことで、その背に乗ることをかなえた者たちだ。


 俺もその一人になったわけだが、ヌエのままだと異形に過ぎる。知らない相手が見れば味方であっても戦術級魔法が飛んできそうだ。


 そうそう、戦術級魔法といえば、俺も使えるようになった。




「アントニオ。準備はいいか?」


「問題ありません、隊長。俺の全力を込めたストーンウォールです。どうぞ」




 俺は刀に雷をまとわせる。そして鉄球を取り出し、剣から放出される磁場に乗せた。


「雷よ、その力を今解き放たん。螺旋の中心にその先を示さん。来たれ、雷鳴の魔弾……震天雷!」


 左手にまとわせた雷の力で刀の磁場と干渉させ、鉄球を浮かせていた磁場に方向性を与えた。そして磁場同士を一気に重ねる。磁場のローレンツ力が帯電した鉄球を瞬時に加速させ、すさまじい勢いではじき出した。




 シュバッ! ……キュドッ! 


 発射音はむしろ静かだった。帯電し、半ばプラズマ化した鉄球は空気との摩擦で一気に温度が上昇し、それ自体が焼夷効果が望めそうだ。


 アントニオ御自慢の壁は、一撃で砕け、貫通した鉄球は念のため射線に組み込んでおいた湖に着弾し、衝撃に寄り高い水柱と高温で激しく蒸気を上げている。


 見物人は唖然として言葉も出ていない。当のアントニオもポカーンとした間抜け面を晒していた。




「隊長。あれ一撃で城塞落とせるんじゃないですか?」


「かもしれない。我ながらとんでもない威力だ」


「主、なんか落ちて来るぞ」


 女性の姿で俺の横に控えていた神鳴が上空を見上げる。




「あれは……ペガサス?」


「ほほう、珍しいな」


 ペガサスは乗りこなすことが難しく、その背中に乗せることを許すのは心の清らかな乙女のみとか言われている。ユニコーンと混じってないかとか言うツッコミは綺麗にスルーされた。


 どうもさっきの水柱にあおられてバランスを崩したようだ。騎手は何とかバランスを取ろうとしている。そしてそこにやらかしたやつがいた。


「でっかい鳥ニャー!」


 シーマが放った矢は、ペガサスの翼をかすめた。それによって決定的にバランスを崩した騎手はついに振り落とされ、そのまま真っ逆さまに落っこちた。


「ニャニャ!?」


 とりあえずシーマの後ろ頭をシバいておく。




「神鳴!」


「御意!」


 一言で俺の意を察したヌエが、馬の姿に変わる。


 俺はひらりとまたがると、そのまま馬腹を蹴って宙を駆け上がる。


 落下している騎手はどうやら少女のようだった。気を失っているようで、目は閉じられている。またタイミングの悪いことに彼女の落下先は普通の地面だ。


 ペガサスに乗ることができるような人間が一般人のわけがない。何らかの重要人物かそれに連なる者であることは間違いないだろう。




「ハァッ!」


 俺は馬腹を蹴って加速する。そして、なんとか落下地点に入り、少女をキャッチすることに成功した。




 その少女は美しかった。艶やかな黒髪は後ろで束ねられている。その白皙の顔は陶磁器のように艶やかな色だ。整った顔立ちも、意識があればさらに美しく見えることは疑いない。


 着ている乗馬服もかなり上等な下手であることがうかがえる。つまり貴族令嬢であることはほぼ確定的だ。


 俺はそのままゆったりと弧を描いて地面に降り立つように合図した。


「う、ううん……」


 その瞼が震え、その双眸が開いたとき、俺は目を奪われた。その深紅の瞳に。


「えーっと……え? あなたは?」


「俺はアル。傭兵隊長をしている」


 とりあえず当たり障りがないように答えた。というか、日本人っぽい顔立ちで、黒目かと思ったら真っ赤な光彩だ。意表を突かれたこともある。


「え、その顔立ち……蓬莱人?」


 この大陸からはるか東方にあるという国のことらしい。ヨーロッパに対するアジアのことをイメージしたらわかりやすいだろうか。


「そんなところだ。君はペガサスからバランスを崩して落ちたところをを俺が何とか拾い上げた」


「あ、ありがとうございます」


 というあたりで、まだ自分が空中にいることの気づき小さく悲鳴を上げた。ぎゅっと首にしがみついてくる。そのふんわりした香りと、着痩せする感触に俺はとても素晴らしい体験をした。




 地面に降り立ち、体を離したところで改めて問いかけた。


「で、君の名前は?」


「わたくしはフレデリカ。父の名前はフェルディナントといいます。皇女をしておりますのよ?」


 その一言に、注目していた傭兵団のメンバーは声にならない悲鳴を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る