第45話 あんた、それでも教師か?

 個人情報なので、詳しくは話せないと言って、井尻先生は多くを語らなかった。ただ、彼の口ぶりから察するに語れなかったといった方が正しいかもしれない。


 つまり、井尻先生自身も事態を把握できていないのだ。いや、事態を把握する気がないのか。


 彼の口にする断片情報から察するに、白殿は今、以下のような状態らしい。


 白殿零しらとのれいは一週間、学校に来ていない。

 白殿家からは家庭の事情と報告されている。

 白殿零とは直接連絡できていない。


 この状況を踏まえて、井尻先生は、白殿零は不登校であると告げた。言われてみれば、ここしばらく白殿は、僕の家を訪れていない。平和だなと思っていたが、学校にも通っていなかったとは。


「いやぁ、困った」

「いや、もっと焦りましょうよ、先生」

「あぁ、まぁ、そうなんだが、うちのクラスにはもうがいるからな。今更感が半端ない」

「おい」


 言わんとすることはわかるし、僕が反論する立場にないことはわかるけれど、もう少しがんばれ。


「まぁ、俺も気をかけているが、家庭にこもられると手出しができない。教師だから、特にな」

「それ、教師を理由にサボってるようにしか聞こえませんけど」

「何とでも言え。とにかく、教師である俺には白殿と連絡を取ることもできない。だから、今日、ここに来たわけだ」

「なるほど、白殿の不登校の原因が僕なのではないかと思ったわけですか」


 時系列を追えば、そう予想するのも突飛でない。最近の白殿の変化として主なものは、髪染めとクラス代表の辞退未遂。そのどちらも、不本意ではあるが、僕の家に来訪したことがきっかけであっただろう。


 とすれば、白殿の不登校の原因も僕にあると考えるのは自然だ。


「あぁ、それもあるが、俺がここに来た一番の理由はそれじゃない」

「ん?」


 あれ?

 違うのか。

 したらば、いったい何しに来たのか。


「改めて言えば、白殿がどうして不登校なのか、俺にはさっぱりわからない。だから、俺は堂環の家に来たわけだ」

「え? あぁ、すいません。何言っているのかわからないんですけど」

「つまり、白殿の不登校の現状を、堂環に調べてくれないかと頼みにきたんだ」


 ……。

 何言ってんの、こいつ?


「あのぉ、まさかとは思いますけど、それって白殿の不登校案件を、僕にしようとしてますか?」

「何言っているんだ、そんなわけないだろ」

「そ、そうですよね。いや、そう聞こえたんで」

「手伝ってくれと言っているんだ。俺だって協力する。ただ、俺は教師だから、できることは何もないと思うが」

「それを丸投げって言うんだよ!」


 本当に何言ってんだ!?


「先生、自分が何を言っているのかわかっていますか? そもそも4月の頭に不登校の僕の案件を白殿に丸投げしておいて、今、白殿の不登校案件を僕に丸投げしようとしているんですよ?」

「俺なりに考えた結果だ。同じ不登校の堂環は不登校の気持ちがよくわかるだろうし、それに白殿と仲がいいみたいだしな」

「いろいろ言いたいことはありますけど、どんなに理由をつけようと、それは先生の仕事でしょう」

「はぁ、誰が決めたんだよ、そんなこと。おまえ、意外と頭固いんだな」


 こいつ、マジでぶっとばしたい。


「いいだろ、手伝ってくれたって。俺は、おまえの不登校を許してやっているんだぞ」

「それは僕の自由でしょ」

「そうはいかないんだよ。クラスに不登校がいると、俺の評価が下がるんだからな」

「結局、自分のことですか」

「当たり前だろ。教師だって仕事でやっているんだ。慈善事業でも何でもない」

「さっき不登校の1人も2人も一緒って言ってませんでしたか?」

「それが違うんだよ。1人だったら、そいつの責任だが、2人となると俺が原因だと思われかねない」

「だったら、なおさら、先生ががんばるべきでは?」

「ごもっともだが、まぁ、費用対効果というやつだな。評価が下がるのはごめんだが、だからといって、人様のくそ面倒くさい家庭事情に首を突っ込んでまで対策しようとは思わない」

「それが、教師の仕事だと思うんですけど」

「だから、誰が決めたんだよ、そんなこと。教師の仕事は勉強を教えることだろ。不登校児の面倒を見るのはカウンセラーの仕事だ」

「僕はカウンセラーじゃありませんけど」


 少なくとも生徒の任務ではない。


「カウンセラーではないが、ではある。クラスメイトは助け合うもんだ」

「そんなとってつけたみたいに綺麗言きれいごとを言われても」

「はぁ、冷たい奴だな」


 腐っている奴に言われたくない。


「はぁ、これ以上の説得は無駄のようだな」

「そうですね、残念ながら」

「まぁ、いい。だめもとで来ただけだからな。堂環にそこまで期待はしていない」

「そりゃ、どうも」


 井尻先生は、さほど躊躇ためらわずに立ち上がった。


「正直に言うと、俺はどっちでもよかったんだ。まぁ、俺の評価について話したが、どうせ出世に興味なんてないからな、どうにでもなる。堂環が動かないのであれば、俺は俺の仕事を淡々とこなすだけだ。白殿にはわるいがな」


 それは、白殿家を訪問するというには、いささかニュアンスを異にしており、なんというか、もっと別の行動を意味していそうな気がして、僕はつい尋ねた。


「それって、どういう意味ですか?」

「ん? なぁに、教師の一番大事な仕事をするだけだよ。っていうな」

「……まさか」

「まぁ、内申書といってもおまえらはまだ2年生だから申し送り書みたいなものだが。おいおい、何を怖い顔をしているんだよ。おかしな話じゃないだろ。そもそも白殿の不可解な連続欠席は記録に残る。担任として説明は必要だ」

「そうかもしれませんが」

「まぁ、俺も人間だからな。面倒事を起こされれば腹も立つ。仕方がないだろ」


 悪びれる様子のない井尻先生の所作に、僕は、ゾッとせざるをえなかった。この男、自分から事態を改善しようなんて考えもしていない。他力に頼り、それでだめなら、他人事と諦める。


 生徒のことなんて1ミリも考えていない。

 

 いや、井尻先生の言うこともすべてが間違いだと糾弾できない。聖職者などと言われるが、教師とて、単に1人の職業従事者。生徒などは他人に過ぎない。自らの利益を追う行動も自然。


 しかし、それでも言わざるをえない。


「あんた、それでも教師か?」

「教師もいろいろだ」


 井尻先生は、僕の反応を見ると、ふふ、と愉快そうに笑った。


「何だ? 堂環には関係ないんだろ? それとも白殿がかわいそうだと思っているのか? だったら、いいんだぜ。俺に協力してくれても」


 くずもきわまれりといった言葉を惜しげもなく発する井尻先生を見ていると、本当に教職界が心配になるものだけれど、まぁ、そいつは置いておくとして、とりあえず、ここまで言われたからには、僕はこの目の前の凄まじいくずに言ってやらなければならない。


 一度息を吐いて、それから、僕はきっぱりと応えておいた。


「いえ、全然なんとも思わないので、つつしんで遠慮えんりょします。どうぞお引き取りください」

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