天下を背負う者

 織田信秀が六角ろっかく氏との接触を画策していた頃――。


 当の六角弾正少弼だんじょうしょうひつ定頼さだよりは、妻(慈寿院じじゅいん)を伴って奈良を訪れていた。


 蛍見物と春日かすが大社の参詣が旅の名目であると触れ回っていたが、定頼夫婦に付き従う供の数はおよそ千五百人と物々しい。立派な軍隊である。これがただの物見遊山ものみゆさんではないことは明白だった。


 実は、定頼が奈良に来た真の目的は別にあった。

 娘婿である管領かんれい細川ほそかわ晴元はるもとの尻ぬぐいである。


 細川晴元が将軍父子と仲違いして争ったせいで、京の周辺国天下の治安が千々に乱れていたことは前に書いた。


 そもそもの対立の発端は、将軍父子が頼りない晴元を切り捨てるべく、彼と対立していた同族の細川氏綱うじつなと手を結んだことである。そのことに激怒した晴元は、氏綱にくみする遊佐ゆさ長教ながのり(河内国の有力武将)らと激しい抗争状態に陥った。


 この一連の擾乱じょうらんは、定頼の和平交渉によって将軍・足利義藤よしふじ(後の足利義輝よしてる)と晴元が和解し、氏綱も逃走して行方不明になったため、何とか落ち着いた。

 しかし、遊佐長教たち氏綱一派との間にしこりがまだ残っていたため、定頼は彼らと晴元を和睦させるべく奈良におもむいていたのである。




「殿様。晴元様が仕出かしたことの後始末はこれにて一件落着ですか? 私、まだ一度も蛍見物に連れて行ってもらっていないのですが」


「遊佐との談合はいちおう決着がついた。蛍見物は今宵こよい参ろう。……だが、その前に半刻(約一時間)ほど一眠りさせてくれ。わしはちと疲れた」


「でも、ここでじっとしていると、あなたがこの寺にいることを聞きつけた人々がまた問題事をあれこれと持ちこんで来ますよ?」


「…………」


「あら、もう眠っていらっしゃる。それともたぬき寝入り?」


 四月下旬のある日の夜。


 妻に膝枕をさせながら、定頼は寝息を立てていた。


 やや丸みのあるいかつい顔と日焼けした肌は野性味にあふれ、その容貌は一見するとあまり殿様らしくない。

 しかし、真っ直ぐ整った鼻筋は、名門・佐々木氏の嫡流にふさわしい気品を備えているようにも見える。

 また、両目を閉じてうとうとしている今は分からないが、彼のギョロリとしたまなこには凝視する相手を刺すような力強さがあり、怒った定頼に無言で睨まれたら大抵の人間は十数秒以内に顔を背けてしまうに違いなかった。


「あーあ。こんなことなら奈良になんかついて来なければよかったわ。蛍ぐらい近江でも見られるのだもの」


「……そう愚痴を申すな。約束は必ず守る。本当に疲れているのだから寝かせてくれ」


 狸寝入りだったらしく、定頼は苦笑しながら妻にそうささやいた。武骨な顔立ちのわりには、声は存外優しく穏やかである。


 六角定頼は今年で五十四。そろそろ激務が身にこたえる年齢である。疲れているというのは本当だった。


 この数日間、定頼は遊佐長教ら反晴元派の武将たちと面会し、彼らの晴元に対する不満を聞いたりなだめたりなど、かなり多忙であった。


 また、定頼夫妻が奈良のとある寺に逗留とうりゅうしていることを噂に聞いた京の公家や畿内各地の豪族、寺社の神官仏僧たちが毎日のように押し寄せ、定頼にめ事の裁決を求めてきて蛍見物に行くどころではなかったのだった。


 本来ならば、幕府の政治を取り仕切るべき立場にあるのは管領の細川晴元である。しかし、彼は権力闘争に明け暮れて戦場を駆け回っているため、将軍家や京の周辺国天下の人々は、落ち着きがなく軽薄な晴元に失望させられてばかりいた。それゆえ、


 ――陰謀家の晴元などよりも、京都近くの領地でどっしりと構えている南近江の雄・六角定頼のほうが頼りになる。


 という六角家への評価が高まり、定頼は足利将軍家の後ろ盾のような立場になっていたのである。


 定頼は幕府の政治・外交を多岐にわたって補佐し、



 大名同士の和睦の仲介


 大名の家督相続問題の解決


 各地の寺社の揉め事の裁判


 京都の商人たちの紛争の裁判


 明国との貿易に必要な勘合かんごう割符わりふ)の発行



 などなど、天下のまつりごとのほとんどに定頼の意見が反映されていた。本願寺の法主ほっす証如しょうにょは日記で「既に上意(将軍)なども、六角に万事御尋ね候」と、定頼の発言力の大きさをそう評価している。明らかに、一国の守護大名の権限を超越していた。


 細川晴元は、貿易の商売敵である大内氏に勘合の許可が下りるように定頼が取り計らったことに怒って抗議したことがあったが、定頼にしてみれば「だったら、管領である婿殿がちゃんとまつりごとをしてみせろよ」と文句を言いたかったことだろう。


(我が父・高頼たかよりは、何度も幕府軍の討伐対象となるほど天下様(将軍)に嫌われて苦労したが……。儂は逆に天下様に頼られすぎて苦労している。好かれようが嫌われようが、天下人と関わることは命がけだということじゃ。

 ……しかし、室町幕府の庇護者になれたと思ってゆめゆめ油断するでないぞ、六角定頼。

 将軍家の厄介なところは、我が身を守る矢盾を頻繁に替えることじゃ。生き残るために、使い物にならなくなった古い盾をあっさりと捨て、頼れる新しい盾を……幕府の次の庇護者となる大名を探すのが力無き天下人の世渡り術だ。将軍や全国の武士たちに頼みとされる強き大名であり続けなければ、あっと言う間に、逆賊扱いされていた時代の六角家に逆戻りすることであろう……)


 定頼は薄っすらと目を開きながら、心の中でそう呟き、おのれを戒めていた。


 自らが天下の諸侍しょざむらいを従える武力を持たぬ足利将軍家は、幕府権威の庇護者となる強い大名を必要とする。しかし、その庇護者の大名が力を失って倒れたら、将軍家まで共倒れしてしまう危険性があった。


 だから、将軍家は、伝統的な生存戦略として、第二、第三の「幕府の庇護者候補の大名」を常に探している。


 あてにならない管領の細川晴元を見限って細川氏綱を取りこもうとしたのも、近江の雄である定頼に新将軍・義藤の烏帽子親えぼしおや役をさせたことも、そういった生き残り戦略の一環だった。

 後年、最後の将軍・足利義昭よしあきが朝倉義景・織田信長・武田信玄・毛利輝元と次々とおのれの庇護者を変えて天下の趨勢すうせいをかき乱したのも、「幕府の庇護者候補の大名たち」を天秤てんびんにかけ続けた結果である。


 ――幕府の今の庇護者は、力が衰えてきた。もう将軍家の盾として使えぬ。


 そう判断したら、足利将軍はこれまで自分を守ってきてくれた大名を切り捨てるのである。


 今の将軍父子が細川晴元から細川氏綱にくら替えしようとしたことといい、(将来の話だが)足利義昭が信長とたもとを分かって信玄に上洛を促したことといい……。いつ何時、盾となってお守りしていた将軍様に後ろから斬りつけられるか分からない。天下人の補佐役になるということは、まことに命がけの仕事であった。


 信長の父である信秀は、「上洛して室町将軍の天下のまつりごとを助ける英雄となる」という志を抱いているが、信秀が志すその領域に足を踏み入れてしまっている定頼からしてみたら、そんな信秀の「志」は子供の無邪気な夢想に過ぎない。


 天下を背負った英雄を待ち受けている運命は――乱れた世を静謐せいひつにしなければならないという重責。第二、第三の「幕府の庇護者候補」たちとの権力闘争。そして、大名たちを天秤にかける将軍家との心理合戦……。辛く終わりの無い戦いの日々だった。


 織田信秀はこの事実を知ることなく死に、息子の信長が遥か後年に足利義昭を推戴すいたいし、定頼が通った「天下を背負う者」の修羅の道を歩むことになるのである。


「……天下様という荷を背に負って行く道は遠く険しい。いい加減、肩が凝ってきたわい」


 定頼はそう言いい、ムクリと身を起こす。欠伸あくびをしながら障子しょうじをガラリと開けると、一匹の蛍がさ迷い入って来た。その淡くはかない光の筋を見た定頼の妻は「まあ、綺麗」と喜ぶ。


 定頼は、部屋の中を心細そうにうろうろ飛んでいる蛍には目をくれず、月下の庭先にたたずむ二つの影に視線をやる。そこにいたのは、忍び装束を着た二人の伊賀者だった。


藤林ふじばやし長門守ながとのかみ伊賀崎いがのさき道順どうじゅんか。いかがいたした」


「織田信秀の正室がわずかな供を連れ、多賀たが大社参りと称して尾張の古渡ふるわたり城を発ちました。途中で伊勢桑名の港に寄り道した後、数日内に南近江の領国内に入ると思われます。また、供の侍の中に、信秀の嫡男である三郎信長が紛れ込んでいるようです」


 伊賀の中忍ちゅうにんである伊賀崎道順が畏まってひざまずき、静かにそう報告する。


 この男は、「伊賀崎入れば落ちにけるかな」と後々詠まれるほど忍びの術を使った城攻めが得意で、伊賀でも指折りの凄腕忍者である。また、信長を鉄砲で狙撃したという伝説もある。


「ようやくか。『来るらしい』という情報を儂がそなたたちから聞いて、十日以上経つな。即断即決が信条の織田信秀らしくもなく、ずいぶんともたもたしておったものよ。病弱な妻を旅に行かせることを躊躇ためらっていたのだろうが、こうと決めたことは他国の間者に気取けどられる前に迅速に実行するのが常道であろうに……。

 恐らく、美濃のまむしも信秀の動きには勘付いておるであろうな。斎藤さいとう利政としまさ道三どうさん)は猜疑心さいぎしんかたまりのような男だ。神社参りが目的だと称していようが、儂に近づかせぬため、刺客を放って問答無用で信秀の妻を殺そうとするに違いない。

 ……道順よ。蝮の刺客から織田家の一行を守るように手はずをいたせ」


「ハッ」


 定頼が指示を下すと、道順はパッと姿を消した。


 伊賀の上忍・藤林長門守は、道順の気配が完全に感じ取れなくなったのを確認すると、「……定頼様は織田家と手を結ぶおつもりですか」と問うた。


 読者は覚えているだろうか。この藤林長門守は、今川家の寿桂尼じゅけいにが企てた竹千代たけちよ誘拐事件に関わったあの忍者である。

 彼は、勝手に任務を放棄して今川家を出奔した後、二、三か月ほど弟子である山本やまもと勘助かんすけ(武田家の軍師)の元に身を寄せていたが、最近になって故郷の伊賀の里に戻って来ていた。


 そんな長門守が今、六角家は織田と親交を結ぶのか、と定頼にたずねている。

 忍びごときが雇い主である大名の外交方針に口を挟む権限など無いはずだが、この誰にでも傲岸不遜ごうがんふそんな忍者は身分をわきまえない悪癖があった。


 定頼は、長門守のような一癖も二癖もある伊賀忍者や甲賀忍者を数多あまた従えているため、こういった人種との付き合い方には慣れている。長門守の無礼に特に怒った素振りも見せず、「化け物退治は早くやったほうが、天下のためになるからな」と答えた。


「儂は天下を背負う者だ。室町幕府を助け、天下静謐せいひつの実現のために働いている。

 そんな儂にとって最も憎むべき敵は、天道の罰を恐れることもなく天下の秩序を乱す下剋上の鬼どもだ。奴らを野放しにしておけば、ただでさえガタガタな室町幕府の支配体制が完全に崩壊しかねぬ。

 そんな下剋上の鬼たちの中でも、斎藤利政は我が妻の兄である美濃守護殿(土岐とき頼芸よりのり)を傀儡にして国を乗っ取り、美濃の人々に塗炭とたんの苦しみを味わわせている大悪人……。美濃の蝮を退治するという義挙のためならば、儂は信秀に手を貸す所存だ」


「……そうですか。天の道に逆らう者があなた様の敵ということですか。

 されど、信秀の嫡男の信長という少年にだけはお気を付けくだされ。信長には底知れない力があります。

 ご存知の通り、拙者には刃を交えただけで相手の器量を図ることができる不思議な力がありますが、奴と戦った際に伊賀の里を焼き滅ぼされる幻覚を見ました。末恐ろしき武将に化ける危険性がありまする」


「ほう……。他者を見下しがちなおぬしがそこまで言うのは珍しいな。そんなふうに脅されると、逆にその少年に会うのが楽しみになってきたわい」


 定頼はニヤリと笑い、熊のようにのっそりと立ち上がる。年のせいか少し腰が痛むらしい。


「妻よ。今から蛍見物に参ろう。こんな迷子の蛍一匹を見ていても寂しいだけだ」


「え? 今から? よろしいのですか?」


「ああ。明日の早朝、奈良を発つゆえ今宵のうちに旅の目的は済ませておこう。儂が奈良にいることも知らずに近江に来ようとしている呑気のんきな客人たちのために、急いで領地に戻らねばならぬ」








<おすすめの六角氏の書籍物について>

昨年、ミネルヴァ日本評伝選シリーズで『六角定頼 武門の棟梁、天下を平定す』(村井祐樹著 ミネルヴァ書房刊)が発売されました。

この本は三好長慶・織田信長に先んじた天下人として六角定頼の生涯が詳細に紹介せており、高頼(定頼の父)・承禎(定頼の子。義賢)・義弼(定頼の孫)の事績も含めた六角氏の興亡が一冊にまとまった良書となっています。

六角氏に関する伝記物はこれまでほとんど無かったので、とても助かります。六角氏をテーマにした小説を書きたいと思っている方にはおススメです(*^^*)

さりげなく、文中にガンダムネタがところどころ仕込まれていますが……(笑)

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