第一章 彦星

  橘修一様


  有川株式会社採用担当の宮里です。

  この度は弊社にご応募頂きまして、誠にありがとうございました。

  厳正なる選考を行いましたところ、 今回はご縁がなかったことをお伝えいたします。

  大変恐縮ではございますが、何卒ご了承いただければ幸いです。

  橘様の今後のご活躍をお祈り申し上げます。


 喫茶店でスマートフォンのメールボックスを開くと、内定不採用通知が届いていた。これで十七社落ちたのか、と僕は他人事のように思った。傷つきはしなかった。秋から半年間の就職活動で、お祈りメールにはもう慣れていた。

 ──残念ながら、あなたはこの世界には必要ない人間なんですよ

 そう遠回しに言われ続け、いつの間にか自己肯定感は地に落ちていた。どうやら僕には存在価値がないらしかった。どこの会社のどこの担当者も異口同音にそう言うので、事実そうなのだろう。

 ブラックコーヒーを飲み干し、木肌色のテーブルの端に退け、メモ帳アプリを起動して〈有川 ×〉と打鍵し、溜め息をついた。傷つきはしなかったが、展望のなさは相変わらずだった。

 午後五時を告げる市街チャイム『遠き山に日は落ちて』が流れ始め、そろそろ喫茶店を出ようとスマートフォンを掴もうとした時だった。

 ポップアップ通知が表示された。


  新着メッセージがあります。


 大学の同級生、岡崎義信からの飲みの誘いだった。岡崎も僕と同じ〈祈られ組〉の一人だった。



 僕と岡崎は近場の居酒屋の二人席で管を巻いた。彼は焼き鳥を肴に生ビールを早々に飲み干すと、タッチパネルでコークハイを押してから僕に訊いた。

 「橘は?」

 「二杯目もウイスキーで」

 「はいはい」岡崎はワイシャツの腕を捲ってから息子を思いやる父親のように笑った。漆黒の卓に肌色のコントラストが映えた。「でもさ橘、そんなに気にすることもないんじゃないか?」

 「慰めはいいよ。余計惨めになる」

 「いや、ふと気づいたことがある」

 「ついに悟りを開いたか。岡崎も三十回は祈られてるし」

 「そうだけど、そうじゃない」

 「コネでも見つかったのか?」

 「俺らは現実がうまくいかないことで、逆に正しいレールを進めてるのかもしれない」

 僕は運ばれてきたハイボールを飲み、話の続きを待った。

 「橘、想像してみろよ。もし内定が決まったとしてさ、俺らは定年まで四十年ぐらい働き続けるんだぜ?それって馬鹿みたいだと思わないか?」

 「ただの奴隷だとは思うよ」

 「俺らがすべきなのはさ、就活じゃなくて終活なのかもな」

 終わりの方のか、と僕は脳内で変換した。

 終わり、ね。

 その瞬間、僕の中で何かが変わった。

 岡崎は何の気なしに言ったのだろう。でもそれは僕にとって確かな啓示だった。まるでぼやけたレンズのピントが合ったような気がした。

 「それだ」僕は無意識に卓に手を突き、立ち上がって言っていた。

 「急にどうしたんだよ」岡崎は苦笑した。「お前も悟り開いてるじゃねえか」

 「ありがとう。僕に足りないのはそれだったんだよ」

 「まさか死ぬんじゃねえよな」

 「むしろ逆だよ。生きる目的が見つかった」

 「やっておきたいことがあるのか?」

 「誰かに必要とされてみたかった」

 「恋の話か?」

 「恋の話だよ」

 「似合わないな」

 「お互い様だよ」

 「気になる相手でもいるのか?」

 僕はうなずいた。

 「誰?教育学部の青山?」

 「顔も知らない女子高生」



 僕と柊のやり取りが始まったのは、大学四年の初夏のことだった。

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