4.二人の街角
街の朝は、まあ、そこそこ早い。
街で暮らし、働いている人にとっては早い。夜明けと共に動き出し、朝食の準備に取り掛かる。野菜を切り、麦をこね、薪に火を付ける。全自動のフードプロセッサーどころか、卓上コンロですら
旅人であるアリッサとアメリアの朝はそれよりも少し遅い。
日が昇った後で身繕いをして宿を出る。選んだ宿は素泊まりだから食事は出ない。中央でよくある朝食バイキングなんてものはどこを探しても存在しない。宿を出てから屋台で朝食を取るのだが、あまり早く出かけたところで、屋台の準備が終わっていない。だから、少し遅い。
旅の間と同じ荷物を持って宿を出る。
この宿には今日も泊まるが、荷物は持って出るのが鉄則だ。宿の鍵は単純なものだし、監視カメラもなければ、指紋採取のような科学調査は欠片もない。取られたらそれまでの未開惑星で荷物を放置して出歩くのはリスクが高い。荷物を置いたままの人がまったく居ないわけではない。大きくて邪魔になったり、安物で取られる可能性が低い物を置いて出掛ける人もいる。ただ、アリッサの価値観だと、この宿のように防犯がまったくダメな場所に置いて歩く気がしないだけだ。
たしかこっちのほうだと、アリッサは思い出しながら歩く。目指しているのは屋台のある通りだ。時間帯は今で間違いないが、道に迷っている間に売り切れたり、火が落とされてしまってはやるせない。火が薪を燃料にしているからしょうがないとは言え、食事一つも時間を合わせて出かけなければいけないのは、なかなかに面倒だ。せめて電子レンジでもあれば好きな時に温められるのに、と思うも電子レンジだってここでは
無事に屋台通りに辿り着く。ざっと店を眺めてから一件の屋台に近づく。アリッサにしてみれば、アメリアにも何が食べたいか聞きたいところだが、アメリアはまだ言葉を話さない。だからアリッサが独断で決めるしかない。
決めたのは麺料理の屋台。麦を麺にして煮込んだそれを見て、エリックはパンばかりで麺料理を作らないなと思い出したのだ。せっかく街に来たのだから普段食べれないものが食べたい。それが麺料理を選んだ理由だ。
「おっちゃん、これいくら?」
「3銅貨」
「じゃあ2杯くれよ」
お金と一緒にお椀を二つ差し出す。ここでは食器は自分持ちだ。旅の間にも使うから、アリッサとアメリア二人分の食器は持ち歩いている。
「ほらよ」
屋台の親父からお椀を受け取り、店の前を離れてアメリアと二人で食べる。
立ったまま食べるのに慣れてないのか、麺料理に慣れてないからか、アメリアは一口一口おっかなびっくり食べている。フォークの端から短い麺が滑り落ちていくのを目を丸くして見ている。アリッサが椀を見えるように差し出して、フォークをくるっと回して麺を絡ませて見せると、それを真似してなんとか食べれるようになったようだ。
「いらっしゃいませー」
食事を終えた二人は金物屋に来ていた。少年と言って良い年の若い店員が客のほうを見もせずにおざなりな声を掛ける。彼の手元では売り物なのだろう、鍋が布巾で磨かれている。
高価な金属を扱っているこの店は建物の中にある。多くの店が屋台の形を取っていることを考えれば、それだけ金属は値が張るのだろう。屋台の店と言っても、常設でどこかに移動するわけでもない、ただ壁も扉もないだけだ。だが、だからこそ高価な物を扱うには向かない。
(よくわかんねえな)
店内をざっと見渡してからアリッサが思う。それはそうだ。アリッサにはどういうものがあって、何に使うのかが分からない。
「なあ、ちょっといいか」
「はいいっ!?」
何に驚いたのか顔を上げるなりびっくりした声で返答する店員。
ひょっとして客が来たのに気づいてなかったのかと思うも、挨拶はしていたよなとアリッサはそれ以上考えるのをやめる。
「調理器具はなにかあるか?」
エリックの所でメニューにハンバーグが増え、コロッケも増えた。アリッサとアメリアの手伝い前提だが。そのときに言われた「便利な調理器具はほとんどない」という話が気になっていたのだ。それは人手を増やして対応している料理も、調理器具次第では手伝わずにもっと手軽に食べれるのではないか、調理器具次第ではもっとメニューが増えるのではないか、と思ったのだ。
店員はしばしキョトンとした顔をした後で商人らしい笑顔に変わる。
「じゃあ、この鍋なんかいかがですか。鉄の鍋は土鍋よりも軽くて、持ち運びも便利ですし、野営の時にも暖かい食事が出来るのは明日への活力にも……」
いきなりまくしたてる店員に、今度はアリッサがキョトンとした顔をする。
「いや、そういうのじゃなくてな」
手で店員の言葉を遮ると、今度は棚に並んだナイフはどうかと言ってくる。
「そういうのじゃなくてな」
もう一度話を止めてから説明を始める。
「うちの村の宿でな。ちょっと料理の種類を増やそうって話があるんだわ。それで新しい調理器具があったらどうかって話でな」
もちろんそんな話はない。アリッサが食べたいだけである。
だが、要望は一応伝わったらしく、あまり一般的ではない調理器具は何かあるのかと探し始める。だが、店員にも思いつくような物はない。ここで扱っている物では精々鍋の種類とか、ナイフの種類が増える程度で、そもそも調理器具自体はここでは少ないのだ。
それでも何かないかとアリッサは要望を伝える。
「麺を作るのは」
「麺棒なら木製なので、うちでは扱ってないですね」
「香草をすりつぶすのは」
「すり鉢なら石細工か、大きなものなら陶器ですね」
「…………」
「あ、鉄製の小瓶なんてどうですか。陶器と違って落としても割れませんし、調味料を入れておくのにお勧めです」
結局、アリッサは鉄の小瓶を数本買って店を出た。
「なんだぁ? 客が来てたのか?」
奥から現れた親方が、売れなかった品物を棚に戻す店員の姿を見て言う。
「あ、親方。かわいい子が二人で来て鉄瓶を買っていきました」
「子供が二人だぁ? 子供だけとはなんだ。ちゃんと金は払っていったんだろうな」
「ええ、ちゃんと頂きました。値切りもしませんでしたよ」
「どっかいいとこの嬢ちゃんかね」
「多分。世間知らずっぽかったですから。服の裾もヒラヒラしてましたし、すっごく可愛くて……」
金物屋を出たアリッサとアメリアは、屋台を物色して麺棒を手に入れた。
何か気に入らないことでもあったのか、アメリアに手を伸ばした誰かが吹き飛ばされて路地裏に消えていったが、特筆すべき事件は何もおこらない平和な一日であった。
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