街角調査隊

1.罪人の行先

「こら、おったまげただなあ」


 数日後に来た巡回の兵士は、それだけを言うと街へ戻って行った。自分達では判断出来ないから街で指示をもらうのだそうだ。

 彼らが目にしたのは胸から下が土に埋まった男達。15人。それ以外に死体が3つ。


 場所は村の広場の隅で、そこにあった男達のテントを使って大きな天幕を作ってある。多少の風は防げるが天井は晴天。男達の死にそうな顔とは裏腹によく晴れた空は清々しい。

 男達は襲撃の夜以来、ずっとここに埋められている。首だけじゃなく、胸まで土の上に出ているのは、雨が降っても溺れないようにだ。

 襲撃のときに辺り処が悪く、死んでしまった者達も同じ天幕の中に置いてある。暖かな気温と相まってそろそろ臭い出している。


 この未開惑星には基本的人権というものは確立されていない。

 国には王がいるが、そこで仕切っている法は中央星系のように細部まで規定されているわけでもない。罪人に拷問を禁止する法もなければ、冤罪を避けるための詳細な証拠を揃える規定もない。

 そんな王の目の届く範囲ですらザルな法しか規定されていない中で、領主が納める街、さらにその外にどれだけの拘束力があるというのか。

 結果、暴力は法と紙一重になる。

 法の維持が、違反者への罰則で行われるのは中央星系も同じだが、その罰則は未開惑星では暴力によるものとなるのだ。スリをしました。指を切り落とします。詐欺をしました。絞首刑です。強姦をしました。串刺し刑です。罪の種類ごとに相応な暴力による罰則が施される。中央のような禁固刑というものはない、奉仕労働もない。近いのは盗賊の手下達が送り込まれる鉱山での重労働か、それとも貴族の犯罪者が送られる孤島や山中の幽閉か。もっとも、どちらも終身刑という意味であって年数で解放されるものでもない。


 では、ここで襲撃に失敗した強盗一味はどうなるか。

 慣例通りならば、主犯格は街の広場で見せしめの処刑、手下たちは鉱山送りとなる。最も、周りに農村しかないここに鉱山は存在しない。遠くの鉱山まで連れて行くのが割りに合わないと見なされたら、全員が処刑されるだろう。

 そんな未開惑星であるから、捕らえた者達を地面に埋めていても何も問題はないし、撃退した時に殺してしまっても問題はない。過剰防衛という考え方がないわけでもないが、相手が武器を持って襲い掛かってきた時点で、どちらが生き残るかという問題に入れ替わる。


(何か文句言ってくるんだろうな)


 だから、アリッサが思い浮かべる厄介事も中央の話だ。

 襲撃の結末は結界レベルを上げたことも含めて報告書に書かれる。というか兵士が到着するより前に夜なべして書き上げて送信した。報告書はデータで送る以上は宇宙船の中でしか作れないし、昼間はアメリアにかかり切りなので宇宙船には行けないしで、徹夜するしかなかったのだ。

 「保護官の安全に関する規約」及び「未開惑星活動における例外規定」においてアリッサの行動は正当防衛と規定される。相手が死亡しているのも含めて「現地惑星の慣例に則った」行動として報告書には記載済みだ。アリッサ本人がこの件で罰則を受けることはない。ないが、それでも中央星系のお役人が過剰防衛ではないのか、非殺傷武器の使用申請がされなかったのは殺害を意図したものではないのか、と中央の理論で言い出すことまでは止められない。しばらくの間は中央から届く下らない文句への回答を書き続けることになるだろう。


 土に埋められた姿を見て、慌てて街に戻った兵士同様。アリッサ自身も中央への説明という意味で事件後の対処をしていかなければならない。事件は終わった後のほうが厄介である。


         *


 アリッサの確信とは裏腹に、中央からの文句が届くことなく数日が過ぎた。その間にあった現地司令部との連絡は勇者がまだ取り調べに応じていないという程度の話だ。

 既に中央への移送が完了してから一月以上経っている。取り調べに応じていない以上、ずっと留置所の生活で、保釈もされていないだろう。取り調べも出来ずに証拠隠滅の可能性を否定することは出来ないからだ。

 アリッサの認識では、話すことは全部話して証拠隠滅の恐れなしという状況さえ得れば、あとは保釈金の支払いで一時的にせよ自由になれるはずだ。それをしないのは弁護士との相談がまとまってないのか、余罪だらけで保釈の可能性がないのか。


(そういや弁護人の選定にも時間が掛かってたか)


 そんなことを思い出しはしても既に管轄は中央だ。取り調べは中央の仕事であってアリッサの仕事ではない。ただ、アメリアがどこから連れて来られたのか、勇者が取り調べに応じるまでは分からないのが問題ではある。アメリアの面倒を見るのは嫌ではないが、親元に返してあげたいと、そう考えてはいる。


 それはそれとして、今は現地である未開惑星の対応が先だ。

 街へ報告に行った二人の兵士は四人で戻ってきた。増えたのは鎧を着た騎士が一人と、兵士が一人。あと荷車が一台。

 どうみても15人を連行するには数が足りない。それはつまり、そういうことなのだろう。どの道、街まで連れて行かれたとしても見せしめの処刑か、死ぬまでの間の重労働。どうころんでも先行きのない者達だ。


 少し前まで騎士は改めて確認を取りたいと、村に居るの一人ひとりから事情を聴いていた。見た目の幼いアリッサとアメリアは村人としてエリックやクロエと一緒の聴取だった。特に個別に聞いて裏取りをすることはしないらしい。増えたもう一人の兵士は文官を兼ねているのか、騎士が聞き出す後ろに控えて、ひたすら紙に書き込みをしていた。

 騎士も特に偉ぶったところもなく、丁寧に確認をしていく。


 それはそうだ。街の外には街の外の仕来たりがある。それでなくとも暴力は法と紙一重の世界だ。村においても街の法が無視されるわけではないが、かと言って、街の法だけを拠り所に無茶が出来る場所でもない。魔物がいる世界は隠蔽には事欠かない。その辺りに捨てておくだけで「魔物に殺された死体」が出来上がるのだから。だからこそ巡回の兵士には村出身の者達が当てられる。

 騎士と文官は村出身には見えないが、巡回の兵士と一緒の仕事には慣れているようだ。


 事情の確認にも、人の呼び出しや場所の借り出しは巡回の兵士に任せ、事情聴取にだけ専念していた。こちらとしても顔見知りの相手からちょっと場所を貸してくれと言われれば断り難い。もちろん、騎士が直接聞いて来たとしても断ることはないだろうが、円滑なやり取りのためには顔見知りのほうがやりやすい。

 大体のビジネスマナーなんて言われているものは、よく知らない相手を怒らせずに済むための方法論だ。もしかしたら何々にうるさいかも知れない・・・・・、もしかしたらこういうのが嫌いかも知れない・・・・・、そんなものを集めて、縄で縛り上げたものがそれで、顔見知りと話をする分には必要もないことばかりだ。


 村に滞在していた探索者も、事情聴取を受けていた。

 今はそれも終わり、騎士たちはエリックに案内されて外の天幕へ移動していった。保護官のリーダーとしてアリッサが行ってもよかったが、ここでは保護官の肩書は隠している。それにアメリアにわざわざ見せる意味もない。魔物の死体は見慣れていたとしてもだ。

 結局、主犯格として数名を街で見せしめに、残りはその場で処理したそうだ。

 天幕に使ったものを含めて、男達の持ち物は勝手に処分して構わないということで、実質的にはそれが報奨金代わりになるのだろう。テントに使える厚い布、衣服、武器、それらは安いものではない。


 夕食の席では、最後の処理を見物に行っていた探索者が楽しそうにその光景を話していた。なんでも死体をまとめて燃やすのにエリックが魔法の炎で焼いたら、騎士たちが呆然としていたのだそうだ。農村に囲まれた田舎の街では魔法は珍しいものらしい。

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