ユリカを追って

「本当に行かれるのですか」

 まるで、死地に赴く勇者にかけるかのような言葉を、メイドは冷ややかに言った。

「……」

 だって、という言葉すら出てこない。

 というか、旅支度もすませ、今まさに玄関から外に出ようとしているところなのだ。見てわからないのか、と言いたい。

 しょうもないことで腹を立てている。

 それくらい、焦っているのだ。

 いなくなったユリカの消息を掴んだ、と屋敷の主人が告げたのは昨日の夜、夕餉の時間のことだった。

 商売の世界に身を置いていると良いことがいくつかございまして、と彼はにこやかに言った。

「目と耳が増えるということです」

 その情報も、そのうちの一人から得たものだという。

「この村を出て北に向かい、山を迂回したところに城壁がございます」

 あなた様ならそこがどういった場所かおわかりでしょう、と彼は続ける。

 わかるわけないでしょう——と叫びかけた時、ふと頭に地図が浮かんだ。東のあたりにぽつりとそびえる山。そこを迂回した道にある城壁都市。

「……!」

 血の気が引いた。自分でもそれがよくわかった。

「そ、そこって……確か……」

 こくり、と主人が頷く。

「神に背きし街……」

 呆然とその通り名をつぶやいた。

 勇者が行ってはならないと教えられる街のうちの一つ。その中でもかなりの規模を持ち、分厚く魔法で強化された城壁に守られ教会が何度攻めても落とすことができなかったという悪魔の都市。

 なるほど、ユリカが向かったのも無理はない。

 そこは同時に、教会に背いた者が自分の身を守るための場所でもあるという。

 当然、教会に従う者が踏み入れば命はない。好奇心に負けて城壁を越えた勇者が、ばれて殺されたという話は先生から口すっぱく教え込まれた。

 つまり、だ。

 ラーニエは、ユリカを探すことができない。

 目の前が真っ暗になり、椅子にもたれる。

「それでも、向かいますかな?」

 恥ずかしいことに、即答はできなかった。

 だが、諦める、とは口が裂けても言えない。

 悶々としていると、屋敷の主人がフ、と笑った。

「方法がないわけではないですよ」

 思わず顔を上げる。

 彼はもう笑っていなかった。その目はまるで神の言葉を告げる神官のように鋭い。

 汝、この試練を受ける覚悟はありや。

「あなたは前にこう言いましたよね。自分はもう、勇者ではないと」

「……はい」

 言った。確かに、この口で。

 取り消すことはできない。それはしかたがないほど事実だし、なによりそのせいで今の状況があるのだ。

「それについて後悔もしていないと」

 ちらりと、メイドを見る。

 彼女もこちらに目を合わせてきた。それを確認してから、屋敷の主人に向き直る。

「はい」

 メイドには申し訳ないが、これもまた、事実だ。

 自分なりに考え、自分なりに結論を出して、自分なりに正しいと思ったことをしただけ。今でもそう考えている。

「そう思っているのなら、大丈夫でしょう」

 ローゼ、と主人が命じる。

 珍しく、メイドは顔をしかめ、しばらくの間動こうとしなかった。

 だが結局は根負けしたというようにその場を去る。

 返事もしなかったのはせめてもの意思表示、ということなのだろう。

 何をするつもりなのか。そう思いながら息を詰めて待つ。

 やがて、扉の向こうからがちゃがちゃという鉄が擦れる音がする。

「まったく、随分荒々しく持ってきたものだ」

 やれやれ、というように主人はため息をついた。

 持ってきた? 何を?

 がたん、と扉が開く。

 現れたものを見て、目が釘付けになった。

「あ、あれは……」

 愕然としていると、主人が「鎧にございます」と当然のように答える。

 それはわかる。ポールハンガーに掛かったものを見れば。

 そうではない。問題は、そこではない。

 どう見ても主人が自分で着るには小さすぎるし、メイドのものにしては少し大きい。

 この中で一番鎧に合う体格の人間がいるとすれば、それは私だ。

「知り合いの商人から、それなりのものを仕入れさせていただきました。差し上げます」

 まるで目の前の食事の味を話すかのような気軽さで、そんなことを言い出す。

「結構……お高く見えますけど……」

 シャンデリアの明かりを受けて鈍く光る鎧。飾り気はないが、一目でかなりいい鉄を使っているということがわかる。

 そして、鎧に飾りが必要なのは王族や貴族だけで、一旅人にそんなものはいらない。

「それなりのものでございます」

 主人の答えを聞いて、これ以上は何も言うまい、と心に決める。

「それを着ていけば、閉ざされた門が開くこともありましょう。あなたがうまくやれば、ですが」

 そう言われ、改めて鎧に目を向ける。

 その鎧には飾り気がない。神学校の校章も、神を讃える紋章も。

 どこにも所属していない鎧。その属性は、それを着た者にも与えられる。

 神を信じていないふりをしろと、そう言っているのだ。

 できない、できるわけがない。ラーニエは神に忠誠を誓った者だ。これでも誇りはある。

「……やって、みます」

 だが、やらなければユリカを見つけることはできないのだ。

 健闘を祈ります、と主人が言った。

 今のラーニエは、その時の鎧を身につけている。

「オレは行きたくないんだけどにゃー」

 恨めしそうに、ケット・シーがこちらを見上げる。

 それくらい、メイドが作るご飯が美味しかったということだ。

「だったら残ればいいのに」

 昨日の夜にも言った言葉をもう一度言うと、ふん、と鼻を鳴らした。そしてメイドの頭の上にいる白鼬を睨む。

 よくはわからないが、二匹の間で何かがあったらしい。ギギィ、と白鼬も小さな牙を剥いている。

「なんにゃあ、やるにゃ?」

 それを見たケット・シーも毛を逆立て始める。

 収拾がつかなくなりそうなので「どうどう」と頭を撫でてやる。

 ふにゃ……と奇妙な声を上げて尻尾を下げる。

 やれやれ、などと思っていると、メイドがむすりとした表情のまま何かを差し出してくる。

「これを、どうぞ」

 小さな白銀の玉だ。四つもある。

「……これは?」

 彼女に限って危険なものではないとは思うが、単なるお守りにしては見るからに強すぎる魔力がかかっている。

「宝珠です。これを持っている人とテレパシーができます」

 メイドはそう言って、ちらりと自身の腕を見る。

 そこには何かのブレスレットのように、同じものが一つ、光っていた。

 キュッキュッ、と白鼬が笑う。するとメイドは露骨に嫌そうな顔をした。

「べ、別にあなたのためではありません。この子がどうしても渡してやれと言うので」

 それを聞いた白鼬がいよいよ面白いというように大笑いし始めた。

 その様子を見て、なんとなく察する。

「ありがとうございます」

 素直に受け取ると、気持ちの悪い虫でも見たかのように首をすくめた。

 そんな彼女に苦笑して、主人に頭を下げる。

「お世話になりました」

 主人は柔らかく微笑んで「お気をつけて」と答えてくれた。

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