第3話

 そして僕は、病院のベッドで目を覚ます。

 またあの時の夢を見ていたのか。

 木下先輩に告白されたあの日。

 あとなんか、去年絢と一緒に未来予測システムで占いをもらった時の夢も見ていた気がする。

 ほとんど死にかけのような状態で入院しているからか、やたらと過去のことばかり思い出す。

 まだ18歳の誕生日は迎えていないはずだけど。

「……あーーー。17歳、もう終わっちゃうなあ」

 結局、僕は木下先輩の告白に答えを出せなかった。

 それを正直に伝えて、気持ちが整理できるまで待ってほしいと伝えたのだ。

 だから、占いはまだ成立していない。

 僕はもはや視力も相当低くなっている。

 リクライニングベッドじゃなきゃ、おそらく上半身も起こせない。

 友達の見舞いの品は一つのテーブルに収まりきらず、看護師さんが臨時で置いてくれた机に載っけられている。

 なだらかに横並びしている様を見るとまるで小さな山岳のようだった。

 両親などが時々山を崩してくれるが、あまり稜線に変化は見られない。

 山の高さはそのまま病気の深刻さを示すようだった。

 学校の成績上位者にすら名前を掲載されたことのない僕が、全国紙で「国内では初の症例となる」だなんて書かれてたのだからさすがに肝が冷える。

 よせばいいのに驚きついでに厚生労働省のホームページから難病指定リストを確認してしみたが、診断を受けた時には見つけられなかったので「みんなで僕を騙してるんじゃないか」なんて冗談半分に考えていたが、夏の手前ぐらいに再訪したら最新版にきっちりと僕の病名が載っていた。勘弁してくれ。

 新聞記事には「いまのところ有効な治療方法は見つかっていないが、新技術を試用できれば治療に取り組める可能性があり、そのため法令の改訂を急いでいる」なんて続けて書いてあった。でも要するに、現状では「救えない」ってことだ。

 それに、ここまで悪化してしまったものを治せるようにも思えない。

 よっぽど技術が進歩しない限り無理だ。

 状況は最悪。

 だけど、ある程度までは落ち着いてきている。

 周囲があまりにも深刻になってると、逆に落ち着いてしまう時もあるわけだ。

 そういえば絢は、最近あまり見舞いに来てない。

 絢のお母さんが「あの子ったら帰ってお風呂でそのまま寝てたりするのよ」と言っていたので今度絢に会ったら「巨乳でもないのに風呂で寝たら浮き具がないから死ぬよ」と警告しておこうと思った。

 幸か不幸か機会は一向に訪れない。

 きっと言ったら殴られて死ぬだろうから、自分の寿命が延びているのをひしひしと感じた。

 絢はバスケ部だ。

 高校に入ってから始めたにしては伸び代があったらしく、二年のいつごろからかレギュラーとしての席を獲得し続けている。そんな風に自分の時間のほとんどをそそぎこんだ部活の終わりが近づいているのだから、入れ込むのも当然かもしれない。

 腐れ縁だからこそ、絢は相当心配してくれていた。

 なんか「絶対にトロフィーを持って帰るね」だなんて、よくわからない決意表明をもらった。

 全国大会の優勝なんてうちの学校からすると奇跡みたいなものらしいんだけど、その奇跡を成し遂げたら僕の病気にも奇跡が起きると信じているらしかった。

 ――あの日みたいに、またブザービーターを決めたりしてるかもしれない。

「……ああ、くそ、めまいが」

 視界がぐるぐると回る。

 僕はいつまで生きられるのだろうか。

 死ぬのがどういうことかまったくわからない。

 だけど、今までの全部が消えるのだ。

 幸せとか楽しいとかが一切無いどこかに行くのかと最初は思ったが、きっとそれも違うのだろう。

 僕はただ、消えるのだ。

 僕の意識状態は日に日に濁っていくようだった。

 だからこそ、なのか、僕はやっと自分の気持ちに気付くことができたのだ。

 絢に会ったら、伝えたいことがある。

 いいかげんに木下先輩にも返事をしなきゃいけない。

 ――だけど、今は、少し眠ろう。

 なんとなく、この眠りは深いような気がしたけど、でも眠いのだ。

 戻ってこられないかも、と思った。

 だけど、だけど、意識の手綱を握っていられない。

 僕はたぶん、すぐ眠りに就いた。

 そしておそらく、夢を見ていた。

 絢の大会を観に行ったあの日のこと。

 すでに試合の終了を告げるブザーが鳴った。

 それなのに、宙を舞ったボールがゴールに入り、逆転の一投となったあの日。

 プレイエリア外に落ちかけたボールを絢がなんとか拾い上げて投げ、そのまま客席にいた僕に飛び込んできたのだあの瞬間。

 彼女を受け止めて、彼女を見つめて、「あれ? 変わったまつげだな。目尻の方がクルンと巻いてる。今まで気付かなかったな」なんて場違いな感想を抱いていた、あの刹那。

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