第15話 戦国時代の中条流

 甲斐家・朝倉家と中条流


 第5話 室町時代で書いた通り、応仁の乱の30年ほど前の京都には中条実伝源秀という兵法の師がいました。実伝の弟子、甲斐豊前守(法名祐智)が後に中条流に繋がる人物です。

 山崎正美「平法中条流総論 その伝系について」によると、甲斐豊前守は管領斯波氏の筆頭守護代の甲斐氏一族ではないか、としていますが確定は出来ていないそうです。法名が一致する人物として、甲斐八郎常治(~1459)がおり、年代的にこの人物ではないか?と思います。甲斐常治は斯波氏の守護代でしたが、斯波氏と対立しており、長禄合戦で斯波氏側に勝っています。この時に活躍したのが後に越前守護となる朝倉孝景です。



 この甲斐豊前守の弟子としては、「山崎軍功記」(※1)には三名の名前があります。

・越前守護の朝倉孝景あさくらたかかげ(応永35年(1428)~文明13年(1481))

・子息、甲斐八郎左衛門(1458年、田上の乱で討ち死に)

そして、大橋勘解由左衛門かげゆざえもんです。


※1 山崎軍功記 越前朝倉家時代から中條流を伝承していた中條流三家(山崎、冨田、印牧かねまき)の一つ、山崎家に伝わった古文書で中條流の伝承者について書かれています。


 大橋はどのような人物かわかっていませんが、師の甲斐豊前守かいぶぜんのかみ、弟子の山崎右京亮やまざきうきょうのすけともに越前の人物であるので、おそらく甲斐氏か朝倉氏と関係のある人物だと思われます。大橋の弟子、山崎右京亮やまざきうきょうのすけは越前の国人衆で朝倉家に協力していました。この山崎右京亮やまざきうきょうのすけのところにいたのが、出身不明の牢人、冨田九郎左衛門長家とだくろうざえもんながいえです。有名な冨田勢源とだせいげんの祖父にあたる人物です。


「山崎軍功記」によると、冨田九郎左衛門とだくろうざえもんは50歳になった頃から山崎右京亮から中条流を学び、59歳で印可となった、とあるので相当遅咲きの武芸者ということになります。右京亮が1471年に甲斐氏と朝倉氏の合戦で亡くなったあとに大橋勘解由左衛門おおはしかげゆざえもんより印可を得ているため、伝系上に山崎右京亮があらわれない、とされています。

 ただ50歳から学び始めた、というのはどうも怪しい気はします。実際のところはどうだったのでしょうか。


 それはともかく、冨田九郎左衛門とだくろうざえもんの逸話が「山崎軍功記」に載っています。


 あるとき、武芸自慢の某と九郎左衛門が勝負する事になりました。その勝負で某は筋金の入れた大太刀の木刀を構え、拂の技で大きく払ってきました。九郎左衛門はかまわず小太刀で某の頭を打ちます。また払うのを同じように頭を打ちました。この勝負で九郎左衛門の小太刀は名高くなった、そうです。


 またあるとき、九郎左衛門の屋敷の近くで敵討ちがありました。魚売りが探していた敵に出会い、大脇指で討ち果たしたのです。九郎左衛門は屋敷近くの事なので、出て行って見れば、魚売りが九郎左衛門に深々と礼をしました。九郎左衛門は

「私はそなたを知らないが、なぜ礼をする?」

 と尋ねると、魚売りは

「私は冨田さまの屋敷へ魚を納めております。たびたび屋敷に入る際に先生の平法へいほうの稽古を見ておりました。その際に見覚えた燕廻えんかいの手でこの度敵を討つことが出来ました。仇を討てたのは先生のお陰です」

 と語りました。

 その後、九郎左衛門は稽古場に幕を張ることとし、前六まえむっつ(※2)の技も人に見せないようになったそうです。


※2 冨田流小太刀の基本の技の事。切先返きっさきかえし命車めいしゃ遊雲ゆううん浦波うらのなみ燕廻えんかい突太刀つきたちの六本。


 冨田九郎左衛門は山崎右京亮の子息二人、自分の息子の冨田治部左衛門景家とだじぶざえもんかげいえ印牧助右衛門かねまきすけえもんという弟子を育て、永正えいしょう6年(1509)に没します。



 印牧弥二郎かねまきやじろう朝倉太夫あさくらたゆう

 山崎軍功記には、九郎左衛門の弟子、印牧助右衛門吉広かねまきすけえもんよしひろとその二人の息子、 弥次郎やじろう弥三郎やさぶろうの逸話も載っています。カネマキというと、一刀流の祖、伊藤一刀斎いとういっとうさいの師匠、鐘巻自斎かねまきじさいを思い出されるかもしれません。その話は最後に少し書きます。

 この逸話は印牧助右衛門かねまきすけえもんが兵法指南をしていた朝倉太夫(朝倉義景あさくらよしかげの事だそうです)が印牧助右衛門の子、弥次郎を成敗しようと考え、弥次郎を呼び出したところからはじまります。この時、弥次郎を討とうとした理由は書いていないので不明です。なんなのでしょうね?


 朝倉太夫は弥次郎を討つために謀り、懐中に小刀(小脇差こわきざし)を隠し持ち、弥次郎を平法へいほうの稽古の相手として呼び出します。

 呼び出されて参上した弥次郎へ太夫は

「弥次郎、平法の稽古の相手をせよ」

 と命じました。


 太夫は大太刀の木刀(※3)を手に取り

「私が打太刀うちだち(※4)となるので仕太刀しだちをせよ」

 といい、大木刀で弥次郎に打ちかかります。弥次郎は切先返きっさきかえしの技(※5)で太夫の腹を打ったところ、固いものにあたったので退き

「太夫、御懐に小刀がございます」

 と言いました。


※3 打太刀は全長四尺四寸の大木刀を使う

※4 形で負ける師匠役

※5 切先返し 前六まえむっつの最初の技で、敵の太刀を小太刀で受け止め、左手で敵の柄を取り、小太刀で敵の手や首などを打つ技。


 朝倉太夫は謀が失敗したと思い、小刀を抜き捨て

「これは失念していた。さあ稽古を続けよう」

 と言ったところ、弥次郎は太夫が自分を討とうとしていることを察して

「本日は失礼します」

 と立ち去った。十二月の頃の話です。


 弥次郎は身の危険を感じたので、朝倉家に暇を請う事としました。しかし年末の事でもあるので、年が明け正月の出仕の際に挨拶して去ることとします。


 年が明け、弟の弥三郎と共に屋敷に太夫に挨拶をしに行ったところ、太夫は病で二階で寝ているので上がって参れ、といっています。


 弥次郎が階段を上がって行ったところ、突然太夫が二階より太刀を持ってあらわれ、弥次郎を清眼せいがんの二つ目の技「つくり物※6」を使い、切り付けた。弥次郎は階段で避けることが出来ず切られてしまい、階段から下へ落ちて行った。太夫は「逃すな!」と言って階段を下りて行った。


※6 清眼は中条流の極意で十二種類あります。つくり物は清眼の一つで、左手で物を投げつけると同時に間合いを詰める技。


 弟の弥三郎はこの音を聞き、広間を飛び出して階段に向かいます。しかし太夫は念のため控えさせていた力自慢の武士に

「弥三郎が来たら後ろから抱き着いて捕まえよ」

 と命じていました。予定通り武士は背後から弥三郎に抱き着きましたが、弥三郎は中條流の技で抱き着きを外し、太夫に一太刀切り付けます。


 太夫は弥三郎に切られながらも辛くも逃れて二階に上り、戸を閉じて立てこもり

「者ども、弥三郎を切れ」

 と命じました。

 弥三郎は太夫が立てこもってしまったので、太夫を切る事が出来ません。弥三郎は周りより続々と集まって来た朝倉家の武士たちと切り合い、数十人は切りましたが、最後は弓で射られ、槍で突かれて絶命してしまいます。


 その後、太夫は兄弟の父親で朝倉家の剣術師範である印牧助右衛門を討てと命じます。朝倉家の武士たちが印牧の屋敷を大勢で取り囲みます。

 屋敷を囲まれた助右衛門は武士たちに向かって

「只今より助右衛門が長太刀ながだちを以て切出る!覚悟せよ」

 と叫んだため、有名な平法の達人助右衛門を武士たちは恐れ、誰も屋敷に踏み込む事が出来ませんでした。


 しかし、助右衛門は屋敷から出てきません。

 武士たちは踏み込むのも恐ろしいため、仕方ないので焼き討ちにすることにし、屋敷に火をかけます。

 しかし屋敷の焼け跡からは助右衛門は見つからず、武士たちはどうやって抜け出したのか不審に思ったそうです。

 このとき助右衛門は隠形の技を使い屋敷を抜け出したそうです。


 山崎軍功記は、この逸話のあとにこう書いています。

「この物語は平法の大事な口伝がある。一つは切先返で切るところ、一つは助右衛門が屋敷により抜け出た隠形の技についてである。また、弥三郎が背後から抱き着かれた時に抜け出た技も心得ておくべきである。」

 こうやって、逸話にあわせて武術の技の使いどころや大切さを伝えていたのでしょうか。


 印牧かねまき氏は助右衛門の他にも居たようで、信長が朝倉を攻めた際に捕らわれた鉢伏城主は印牧弥六左衛門で、彼は主である朝倉氏について「日々恨みが深く重なっている」と述べているそうです。これは同族(弥次郎、弥三郎)を討たれたからでは無いかと山崎正美先生は書かれています。


 また、中條流の系図には前田家へ冨田氏や山崎氏が移ったあとにも印牧氏が中條流の伝承者として登場しています。朝倉家滅亡後、中条流関係者の多くは前田家に仕え、さらにそのまま加賀藩に移ったものが多いようです。


 さて、印牧助右衛門の息子たちは弥次郎と弥三郎でした。伊藤一刀斎はもともと前原弥五郎まえはらやごろうと言ったとされていますが、カネマキ氏の弥○郎と同じで興味深いですね。ただこの前原弥五郎という名前がどこのいつの記録にあるのかというのが勉強不足で知らないので、この名前に信憑性があるのかわかりません。



参考文献:

「山崎軍功記」金沢市立図書館蔵

山崎正美「平法中条流総論 その伝系について」

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